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 レオン様は王都に行って、必要な分のお金をおろしてくると、私に丁寧にお礼を言った。 そして私が通帳と印鑑を返してと言うと、レオン様は私を気遣うような優しい笑みを浮かべた。


「そんなこと、気にしなくていいんだよ、リリア。難しいお金の管理なんて、君が考えることじゃない。僕が代わりにやってあげるから、ね? 君はただ穏やかに過ごしていればいいんだ。可愛い顔が曇ると、僕は悲しくなる。そういう煩雑なことは、全部僕に任せておいて」


(そういえば、お母様もお金のことにはあまり関わっていなかった。アルマード男爵家には執事が何人もいたし、お金のことは、数字に強いお父様がすべて把握していたわね……)


 だから、レオン様の言葉に、特に違和感は感じなかった。

  ――それがどれほど愚かなことだったのかを、私は少しずつ思い知っていく。


 それからというもの、エレナが頻繁に屋敷へ通うようになった。

 レイカもアーヤもエレナを歓迎する。レオン様の家族みんながエレナを好きなようだった。



 そしていつものように エレナがやってきて、大食堂で夕食の時間が始まる。けれど、あの日の夕食の空気は、どこか違っていた。

 大食堂に集まった誰もが、私の方をちらりと見ては、

 意味ありげに唇の端を吊り上げていた。


「幼い頃を思い出すわ。レオンとエレナは結婚するはずだったのにね」

  レイカが、以前にも口にしていた言葉を、わざとらしく繰り返した。

「だって、私の家だって没落寸前なのですもの。レオン様たちを救えるはずがないでしょう? そこは――お金持ちのお嬢様でないと」

 エレナが肩をすくめながら、笑みを浮かべる。


「まあ、そうよね。お兄様は顔がいいから、王都で大金持ちの娘をお嫁さんに連れてくればいい――お父様の案は見事だったわね」

 アーヤが、唇の端をつり上げ、レオン様のお母様も楽しそうに笑った。レオン様の祖父母も小さく頷く。

「 そうだろう?  これで、うちは安泰だ。アーヤは王都の学園に通えるし、庭も整備して離れもできるし、家具も新品になったことだし、 通帳と印鑑はレオンが持っている……そろそろ本来の部屋へ、リリアさんには移ってもらおうかな」

 狡猾な笑みを浮かべたのは、レオン様のお父様だった。


 何を言われているのかわからず、私が思わず首を傾げると、レオン様はさも愉快そうに笑い始めた。

「本当にお嬢様育ちの、何もわかっていない女なんだね。今の会話でまだ気づかない? 金持ちの甘やかされたお嬢様は、男を見る目がないっていうのは本当なんだな。僕がリリアを本気で愛してると思った? 僕が愛してるのは、君じゃない。君のお金なんだよ」

 言葉を言い切ったあと、レオン様はまるで何かから解き放たれたように、爽やかな笑顔を浮かべた。銀髪に翡翠色の瞳は、こんな残酷なことを言う時でも、美しく見えた。


 ◆◇◆


 そして今、私はこの部屋に閉じ込められている。

 私のお金で庭園は見違えるほど整えられ、敷地の奥には立派な離れが建った。そこにはレオン様が住み、頻繁に泊まりに来るエレナもそこに泊まる。まるでそこは彼らの新居になったかのように。


 レオン様の家族とエレナは、お父様が私へと残してくれた遺産で贅沢三昧だ。さぞかし気分がいいことだろう。私のような世間知らずな女を捕まえることができて……都合がいいことに両親はすでに亡く、私自身も社会とのつながりを絶ち、自らこの屋敷に来てしまった――彼らにとって、これほど“扱いやすい獲物”はなかっただろう。


 最初はただ「カイルに助けて」と心で願っていただけだった。けれど、だんだんと私の意識は変わっていく。

(ただ、助けを待っているだけでは……だめよ)

 ここから抜け出すには、自分で道を切り開くしかない。


  感謝祭――その日が、唯一の好機。


 そして迎えた感謝祭の夜。

 家族と食卓を囲み、神に感謝を捧げ、笑い合う時間――誰もが羽目を外す瞬間だ。

 使用人たちは浮き足立っており、仕事を終えた者から順に屋敷を抜け出す。恋人や家族のもとへと向かうのだ。残った数人も、酒を手に休憩室で小さな宴を開くつもりらしい。


 一方、レオン様たちは離れでパーティーを開いていた。

 私のお金で建てられた離れは、本邸よりも広く、眩しいほどに立派だ。

 悔しい気持ち、腹立たしい気持ちはあるけれど、今は我慢だ。


(ここを抜けだしたら、レオン様には……いいえ、レオンにはきっと思い知らせてやるわ!)


 みんなが酔い潰れて寝てしまうのを待つ。

 そして夜が更け――逃げるなら、今!

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