第34話招待されたお茶会4

まあ、確かに、ゼットがオデッセイ様の望むように、言いなりに動くとは思えないし、想像すらできない。

「その後は、私の思った通り、ゼットはすぐに貴女に動き出した。それは、それでよろしいのです。一度きりの人生、好きにすればよいでしょう。ですが、問題はカレン、貴女です」

赤い瞳が、鋭く光を放ち、私の心臓を鷲掴みにする。

「わ、私ですか?」

「そうです。安易な気持ちで近づくのはやめて欲しい。あの男は、貴女が自分を選ばなくとも、決して貴女を裏切ることはない。つまりカレン、貴女はゼットにとって足枷としかならない。邪魔な存在ですわ!」

冗談ではなく、心底からの嫌悪があからさまな声音と表情に込められて、容赦なくぶつけられる。喉が針を刺されたように痛み、息が掠れた。

全身に稲妻が走る。

理解した。

なぜ、オデッセイ様が私をお茶会に招いたのか。

ゼットの言う

「私を心配して」

ではない。

私を排除するため。

ゼットから、私を完膚なきまでに引き離すためだったのだ。

「貴女の存在意義は、いずれ王妃となる女、ただそれだ。愚息に惚れ込み、結果としてゴミのように捨てられたのは、貴女の見る目がなかったゆえの当然の帰結。確かに、その事実に気づき一皮むけた様子を、酒の肴に聞く分には興味深かったわ。ですが、その後はどうです?王妃となる最後の砦を失った今、貴女にはどのような存在意義がございますか?ゴミのように捨てられ、大した立場もない石ころ同然の低級貴族令嬢に、何の価値があるとお思いです?」

鋭い言葉が、何一つ包み隠さず直球で投げつけられる。

息を呑み、声すら出せなかった。

「愚息が貴女に骨抜きにされたのとは違い、ゼットには王となる器が備わっております。私は伴侶という立場ではなく、彼の地盤を固めるためであれば、一滴の躊躇も戸惑いも抱きません。自国を護り繁栄させる、それこそが貴族のあるべき姿。己が認める君主のためならば、私はどんな犠牲も厭わない。それが私の矜持。その位置を得た今、私の前に暗雲のように立ち塞がる貴女こそ、邪魔なのです!!」

戦場に立つ将のような猛々しい迫力と、真っ直ぐな赤い瞳。

その圧に押し潰されそうになった。

怒りに満ち、排除すべき存在として断罪するような視線に、胸の奥で何かが拒絶を叫ぶ。

ゼットから排除され、二度と会えなくなる。

不思議にその言葉が重たく脳裏を掠める。

ぎゅっと膝の上で拳を握りしめ、必死に力を込める。

「ゼットは、何の価値も持たぬ貴女に、貴女自身に価値を見出している。ですが、人間の存在意義とその良し悪しは、決して比例するものではございません!」

その通りだ、と胸の奥で思う。

良い人間と、有能な人間は決して同義ではない。

「私にとって、貴女は既に価値のない人間となりました。けれどもゼットは……貴女を価値ある人間と認め、伴侶にしたいと望んでいる」

深々とつかれたため息に、どれほどオデッセイ様が国の未来を憂えているかが窺える。

そして同時に、ゼットがどれだけ私を想っているのか、痛感させられる。

「……カレン。貴女、ゼットのことが嫌いですか?」

真っ直ぐに射抜く赤い瞳。

苛立ちを孕んだ声音。

心を抉る問いかけ。

様々な感情が渦巻くオデッセイ様の気迫に、曖昧な自分が愚かに思える。

これほど真摯に叩きつけられた感情に、嘘はつけない。

「嫌いではありません。ですが……好きかと問われれば、答えに困ります」

「当たり前でございましょう!本当に好きであれば、ゼットを婚約者と呼んだことに、後悔などしないはず。くだらぬことを口にするものではございません!!」

「も、申し訳ありません。仰る通りです」

そうだった。

オデッセイ様は曖昧な答えを何より嫌う方だった。

「ふん。なら、無駄に隣にいても邪魔だとは思わないのかしら?苛立ちは覚えないの?」

あの、と心で思う。

苛立っていたのは、むしろオデッセイ様の方ではありませんか?

とは、もちろん言えない。

隣に座るフリード様は、何事もなかったように優雅にお茶を口にしている。

まるで私など眼中にないかのように。けれどその姿を見て、得心した。

全てはオデッセイ様のため。空気を読み、彼女のために動き続ける。誰かを助けるためではなく、全身全霊を捧げる。

それこそが、オデッセイ様の言う「存在意義」なのだ。

「無駄などと思ったことはございません。そばにいて邪魔だと感じたこともありません」

「ふん。では、あいつと共にいても苦痛ではないのですね?」

「はい、そうですね」

「では、我らのように一度、付き合ってみれば」

「付き、合う、ですか?」

「低級貴族の貴女が王族との縁があったばかりに、政略結婚という鎖に繋がれた。本来であれば、それ相応の令息と知り合い、付き合いを重ね、最終的に婚約へ、それが理想的な筋書きだったはずでしょう?」

その言葉に、今さらながら痛感した。確かにその通りだ、と。

「私たち、ということは、その、お二人もお付き合いを?」

「ええ、継続中でございます。何もなければ、私たちはオデッセイ様がおっしゃる通り、婚儀を挙げるつもりです」

フリード様は幸せそうに穏やかに答える。

「ゼットと婚約を解消した後、私は事業に有利な相手を探していたわ。だが、この男が『ひと月だけでも』としつこく迫るので、付き合ってみることにしてあげたのよ。すると、よく働き、よく言うことを聞く。なんとも理想的で、楽な男だった」

口角を上げて愉快そうに言い放つオデッセイ様。確かに、この方らしい。

「付き合ってみて、男として見られるのなら婚約すればいい。そうでなければ、二度と私やゼットの前に現れるな。心配なさらずとも、貴女にはもったいないほどの令息を紹介して差し上げますわ。自国から遠く離れた令息を。そうすれば『ゼットと婚約している』という愚かな噂もいずれ消え、二度と我々の前に姿を現すこともなくなる。ゼットも安心するでしょう。おわかりですか!?王となるゼットには、それに相応しい令嬢がいくらでもいるのです!!」

赤い瞳に睨まれ、異物を見るかのように告げられる。

これこそが、私がお茶会に招かれた理由。

ゼットの言う「心配」などではなかった。

国とゼットのために、私を釘刺し、排除するため。

オデッセイ様の言う通り、何一つ間違ってはいない。

私は上級貴族ではない。資産も権力も持たぬ。

理解している。

今ここでゼットを切り離せばいい。

そうすれば全てが丸く収まり、私は穏やかな生活を手に入れられるだろう。アルファードやシルビアとも、二度と顔を合わせずに済むかもしれない。ゼットは有力な令嬢を妻に迎えれば、安泰だ。

頭では理解しているのに、

胸が、苦しくなる。

楽ではある。けれど、私は違うことをしたい。

正直、ゼットと付き合うこと自体は嫌ではない。だが、そこまでしてよいのだろうか。

嫌いではない。だが、伴侶として共に歩むことは、あり得るのか?

と問われれば、

答えは「ない」と思ってしまう。

けれど、

「……付き合います。そうして、私の価値を見てください」

ゼットではなく、オデッセイ様にこそ私の価値を見せたい。

「よろしい。そこまでゼットのことを気にしているのなら、貴女の価値を見せていただきましょう」

「いえ、ゼットは、今はとりあえずよろしいのです。それより、こちらに書類を持ってきてください」

立ち上がり、控えていた召使いに声を掛け、書類の入った鞄を受け取って机に広げた。

「私なりに、オデッセイ様の事業について調べてみました。もちろん浅いことしか調べられませんでしたが、少しでもお役に立てればと思い、準備いたしました」

「貴女……それはそれでよろしいのですか?ゼットは、どうでもよいのですか?」

呆れ顔された。

「いいえ、そんなことはございません。嫌いではありませんし、とても楽なのです。今、オデッセイ様も仰いましたよね?ひとまず付き合って考えればよいと。ゼットは、私にとって最も楽な男性です。ここから新しい相手を探すのも面倒で、今は興味もありません。ですから紹介していただくというのは、今は嫌なのです」

すっと書類をオデッセイ様の前に差し出す。

「私の努力を、見てほしいのです」

「ふん。わかりましたわ」

視線が交わる。

オデッセイ様は背筋を凛と伸ばし、書類を手に取った。

その所作があまりにも自然で、気高く、美しかった。

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