第33話招待されたお茶会3
いつもの、高圧的で燃えるような瞳が、私を鷲掴みにする。射抜かれるような眼差しは、まるで女王様が臣下を見下ろす時のように冷ややかで、鋭い。
「お気づきでしたでしょう? 私は貴女のことが嫌いなのです。からくり人形令嬢、この呼び名をつけた意味、理解していらして?」
まるで私の存在価値を否定するかのような声音。
柔らかさの裏に潜む刃のような冷酷さが、私の耳を切り裂いた。
「……それは、オデッセイ様が常に仰っていたこと。自分の感情を持たず、ただ操られるように動く令嬢にしか見えなかったから、でしょう?」
「見えた、ではございませんわ。実際にそうなのです。貴女は自分で決めて動いているつもりかもしれません。けれどそこに、真に貴女自身の感情など存在してはおりませんでした」
その言葉に、胸の奥で何かが砕け散る。
アルファードのこととなれば、いつも即座に反論してきた。
あの頃の私なら、違うと叫んでいたはずだった。
けれど今は、否定できない。
私は、私の気持ちで動いていたと信じていた。けれどそれは、ただそう思い込んでいただけなのだ。
全ては、大好きなアルファードのため。
彼を支え、
尽くすことが私の存在価値だと錯覚し、
己を犠牲にしてまでも彼の傍にいようとした。
努力して努力して、笑われようとも必死でしがみついてきた。
だがそれは、私の気持ちではなく、アルファードの気持ちを代弁しているに過ぎなかったのだ。
その歪な重なりを、私は幸せだと錯覚していた。
愛だと信じていた。
気づけば私は、自分自身を押し潰し、空洞のような存在に成り果てていたのだ。
結果、この、ザマだ。
「……返す言葉など、ございません。仰る通りです。私が自分の感情だと思っていたものは、全てアルファードの望みをなぞっただけ。私の意思など無く、彼の意思を、ただ私が代わりに形にしていただけでした」
自らを苛むその言葉が、皮肉にも心地よく胸に響く。
愚かさを認めたことで、初めて肩の荷が降りたように、少しだけ呼吸が楽になった気がした。
オデッセイ様は、そんな私を冷たくも楽しげに見つめる。
「私はね、貴女のことが嫌いで、いつも苛立たしかったのです。けれどゼットが貴女に好意を抱いているのを知っていましたから、無下に扱うことも出来なかったのです」
思いがけぬ言葉に目を瞬かせる。
「……ゼットが、嫌いではないのですか?」
「婚約者としては到底受け入れられませんでしたわ。ですが、一人の人間としては嫌ってなどおりません。確かに、ここぞという時に動けず、気の利いた言葉ひとつ出せない。けれど彼は、真面目さゆえにそうなのです。そういうところに頭が回らないだけなのですよ」
確かに、そうだ。ゼットは不器用すぎるほど真面目だ。だからこそ、言葉が出ないのだ。
「好きかと問われれば、ええ、もしかすると、好きなのかもしれませんわね」
「え!?」
驚きの声をあげる私を遮るように、フリード様が嫉妬を隠しきれぬまま睨みつける。
「オデッセイ様、誤解を招くような物言いはおやめください」
「別に、そういう意味ではありませんわ」
オデッセイ様はわざとらしく肩をすくめて微笑む。
「分かりやすく申せば、友人として好ましく思う、ということです。けれど伴侶となれば話は別。行き着く先は生涯を共にする相手。その座に、あの男がふさわしいですって? 死んでも、ありえませんわ!」
その声音は鋭く、吐き捨てるように。まるで机を蹴り飛ばすかのような勢いで腕を組む姿は、まさしく女王の苛立ちだった。
フリード様は穏やかに微笑み、まるで自らを売り込むように言葉を添える。
「オデッセイ様は感情豊かで自由な方ですから、穏やかな殿方がよろしいのです」
「その通りですわ。伴侶とは、私の言葉を素直に受け止め、文句ひとつ漏らさず、常に私を最優先にすべき存在。そう、お前のように、下僕のようでなくてはなりませんの」
「それこそが、愛なのです」
フリード様は揺るぎない瞳で言い切った。
呆気にとられる私。
下僕と愛を結びつけるなど、常識ではあり得ない。
その、こう言っては何だが、
アルファードとシルビアの言葉の通じない世界で生きているおかしな二人と、違う意味で似ている、と思ってしまった。
けれど、オデッセイ様の性格を思えば、本当に下僕として扱うだろう。
それを承知で「愛」だと言い切ったフリード様。
不思議と嫌悪感はなく、むしろ温かく笑ってしまう自分がいた。
「ふん、当然ですわね。だからこそ、私はお前を選んだのです」
「光栄に存じます」
フリード様は静かに微笑み、優雅にカップとソーサーを取り上げ、オデッセイ様に差し出す。その仕草は自然で、気負いなく、まるで呼吸のようだった。
オデッセイ様もそれを当然のように受け取る。
お似合いだ。
心の奥で、素直にそう思った。
「貴女が婚約を解消した直後、私もすぐに婚約を解消いたしました。それはゼットのためではなく、自らのため。あの男は、必ず動くと分かっていましたから。これまでを見ていれば明らかですもの。ならば、私も同じ。やっと、やっとあの男から解放される! 煩わしいこの枷から、自由になれる!」
憎悪すら滲む声音で叫んだ後、苦虫を噛み潰したような表情で一口お茶を含む。
あまりの憎悪に、私は言葉を失った。
本気で嫌われていたのね、ゼット、と心の中で呟きながら。
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