第34話 12-2
「心眼殿!申し訳ない」
伊賀衆の百地正永、正西親子の一党に守られて心眼とお菊は守山宿に向かっていた。伊賀衆の舞が石部城下の浄土真宗の寺で騒ぎを起こしたのを聞きつけ百地親子が対応したのである。
「気にする事などない。いずれこうなっただろう。俺もちょっとやり過ぎたが」
心眼は百地親子に自省を兼ねて返した。
「舞も間違っていないですよ」
お菊も大きくうなずいた。
舞は今回の騒ぎの責を取らされて伊賀に後退させられたのである。
これは心眼ではなく顕如らの考えでもあったのだが杉浦玄任や六角義賢らが信長への抵抗を主張したのと違い顕如は門徒衆には信長に恭順しつつ本願寺にも密かに従うよう主張したがこの主張は今回ここに来ていた門徒衆には受け入れられなかったのである。
そのため杉浦と義賢の報復、門徒衆同士の諍いを避けるため石部城を去ったのである。
心眼だが正永に紹介された伊賀衆、百地親子に友好的な守山にある宿に向かっていたのである。
一行だが守山に向かう道中だが織田の軍が西に向かっているのを何度か見たのである。
「織田の軍ですがどうも円城寺(滋賀県大津市三井寺)に向かっているようです。円城寺は信長公の本陣となるようです」
正永が言うと
「やはり目標は延暦寺か」
心眼は予想通りと返した。
円城寺は大津にある刹那で延暦寺と同じ天台宗であるが古来より宗派の違いで延暦寺とは不仲であった。円城寺は延暦寺との抗争で20回以上も延暦寺に焼き討ちされていたため同じ天台宗だが円城寺は延暦寺には味方せず信長に味方し信長と友好的な関係を築いたのである。今回の信長の本陣も円城寺である。
「織田兵が多いので万が一もあるので京まで送りますが?」
「私は守山宿までで良い。お菊をすまないが大阪まで送ってくれないか?」
「あたしも心眼殿とご一緒させてください。明智殿に会えたら何かの役に立つと思います」
心眼は正永に頼んでお菊を石山本願寺に送り返そうとしたがお菊は心眼に同行したいと言ったのである。
「お菊さん。そう簡単に明智殿には会えませんよ。彼は織田の高官だし信長公のお気に入りだ」
「本願寺は延暦寺とは元々不仲だし今回、顕如様が延暦寺に援軍を送らないと言っている以上は深入りされない方が良いです。雑兵は欲と女に飢えています。戦場でなくても何するか分からないので奴らの周りや戦場には近寄らないのが一番です」
正永、正西親子は返した。
正永、正西親子の言ってる事はその通りであったが
「じゃあ心眼殿は近江に残って何をする気なんですか?」
お菊が心眼に聞くと
「信長公は延暦寺や坂本を地理的に手に入れたいだけだ。延暦寺に旧知の者が居る。説得して放棄退散するように話をしに行く。そうすれば悲劇は防げる」
信長の本拠地の尾張美濃と信長が実行支配する南近江と京の間にある比叡山延暦寺は信長が支援する室町将軍足利義昭の居る京との間にある信長からすればただの障害、邪魔であった。
信長はだから延暦寺に自分に従って大人しく出て行くよう迫ったのである。出て行かなければ焼き払う。信長の理論から言えばそれだけであった。
近江の一向宗も彼らはあまり信長を信用していなかったが自分に大人しく従えば信長は何もする気はなかったのである。自分に従わなければ撫で斬りするだけである。すべて信長の理論である。
「でもいくらなんでも本気で延暦寺を焼く気なんでしょうか?脅しじゃ?」
お菊が心眼に聞くと
「分からん」
心眼は短く返したのである。
「確かに今でも延暦寺は焼き討ちにあっておりますが。まぁ、やったのは普通じゃない人ばかりですがね」
正永が小声で言った。
延暦寺だが信長以前に2度だが規模は小さいが焼き討ちされている。
室町将軍足利義教だが当時の室町幕府内の権力抗争起因で1435年根本中堂を焼き討ち(厳密に言えば僧たちが義教への抗議の焼身自殺)をしている。義教だが元は僧であったが慈悲に疎く恐怖政治を行い日ノ本で最初に公に家臣に暗殺された将軍になり室町幕府失墜のきっかけを作っている。
そして1499年には室町幕府の管領の細川政元にも延暦寺は焼き討ちされている。これも室町幕府内の権力抗争起因であったがこの政元も幕府の管領として将軍を上回る力を持ちながら 修験道 に凝って教えに従い妻を持たなかったため子がおらず最期は後継者の養子に裏切られて殺されている。
正永が普通じゃないと言ったのはそう言う意味である。
「因果な最期を迎えてるんですね。じゃあ信長公もそれをやったらそうなるかもしれませんね」
お菊が言うと
「まぁそれでも本願寺や長島願証寺とは既に実際に戦っているから何とも思っていないかもしれませんが」
正西が小声で言うと
「そうだな。相手を僧と思ってないんだろう。仏とは違うのにでも仕えているとでも思ってるのだろう」
心眼も小声で言った。お菊はなんとなく納得したがまだやはり政治がよく分らなかったが。
心眼だが守山の宿に入ると休憩もそこそこに単独で比叡山延暦寺の裾にある坂本に向かおうとしたのである。百地正永、正西親子は心眼に警護の者の同行を申し込んだが心眼は坂本の独特の事情、外の武士を嫌う風潮を知っていたので丁重に断り単身で行動しようとしたのである。
心眼が百地正永、正西親子にお菊を石山本願寺まで届けて欲しいと再度言おうとした矢先
「あたしやっぱり心眼殿に同行させてください。伝統ある延暦寺を見たい」
お菊だがやはり心眼に付いて行くと言い出したのである。
「物見じゃないぞ。大阪へ帰れ」
心眼は断ったが
「明智殿って延暦寺に居た事があるって聞きました。心眼殿も延暦寺に居たんですよね?何で明智殿はそれでも延暦寺を焼けるのかなと。心眼殿は焼かないように努力してるのに。延暦寺に行ってそれを感じたい、いや、知りたいんです」
「!」
心眼は返せなかったのであるが
「心眼殿!坂本に行くのであれば守山の港から船ですぐに行けます。陸路で行くよりは安全で速いです。良いのでは?」
正永がお菊の気持ちを察して言うと
「分かった。来ても良いが延暦寺を見たらすぐに大阪へ帰るよう」
心眼も妥協しお菊は延暦寺に行く事になったのである。
琵琶湖の水運は堅田衆と言う船乗りの集団が仕切っていた。守山の港からは延暦寺の琵琶湖の入口の坂本まではすぐであった。
船の上でお菊は語ったのである。
「明智殿が延暦寺に居たのは舞から聞きました。舞のお父さんは若い頃、室町幕府の傭兵でそこで奉公衆(将軍の家臣)だった明智殿と一緒だったって。将軍義輝様が三好三人衆と松永久秀に殺されると(将軍足利義輝暗殺事件、永禄の変、久秀の関与は諸説あり)幕府は力が無かったから明智殿らは延暦寺と組んで新しい将軍、義昭様の擁立に全力を尽くしたけど信長公が義昭様を擁立すると明智殿、信長公と延暦寺が仲違いを始めて全て終わってしまったって聞いたけど」
「そうだな」
心眼は無表情に返した。
「明智殿があたしの住んでいた野田福島城下の光福寺の町にやって来た時、信長公から遣わされて松永への目付で偉くなってたけど喋った感じは普通の人だった。彼は阿弥陀如来様を信じて昔、寺で修行したと言ってたけどまさか延暦寺とは思わなかったけど。自分が修行した寺を焼けるんだろうか?ところでなんで心眼殿は延暦寺に居たのですか?」
お菊が聞くと
「俺は宗派が違うから争うのではなく阿弥陀如来様に仕える者同士交流しようしたのだ。だから延暦寺に行って修行した。そこでたまたま明智殿と会った。彼は三好三人衆と争い義昭様を将軍に擁立しようとした。幕府の部隊に俺も参加して彼とは一緒に戦った。延暦寺も義昭様に味方した。尾張の信長公も義昭様擁立に協力し義昭様は将軍になれた。しかし幕府内で信長公のやり口に不満を持つ者が出て延暦寺と信長公は相容れなくなって争い始めた」
心眼は再度無感情に返した。
「明智殿はあたしの町の頑強僧正と仲良くしてたけど本願寺が突然蜂起したから彼は信長公の命であたしの町を撫で斬りしたけど。なんで本願寺が突然蜂起したのか分からないけど」
お菊が琵琶湖を見ながら言うと
「政治は難しい。俺にもいまだに分からない事が多い。去年から始まった信長公と本願寺の戦いもだ。俺は最初から信長公と争うのは反対だったが信長公を気に入らない輩が本願寺には多かったのだろう。延暦寺からの救援依頼をどうするかも篠原殿や三好三人衆は救援を主張したが本願寺の偉い高僧は以前本願寺が延暦寺と争ったから援軍を出さない事にした。そして今に至ってるだけだ」
「心眼殿でも分からないんだ」
「そうだ。で、明智殿を倒すのが君の目標か?」
「最初はそうだったけど今は悩んでる。倒すべきは彼ではなくて信長公なのかもしれないけど信長公って誰かも知らないし」
「俺は延暦寺には信長公に従って和睦して欲しいと思った。何度も頼んでみた。良い返事はなかったが。今回が最期の頼みになるかもしれないがそれでもやるのだ。後悔したくないからな」
「そうなんだ」
「政治は難しい」
心眼は自分に言い聞かせるように言った。
「お菊。これから上陸する坂本はお菊の思っている門前町と違うだろう。でもそれが現実だ。大阪にも同じ物はある。お菊が知らないだけで。それを学ぶのも悪くない。お菊が大人になればいずれ分かる。信長公は延暦寺を僧のくせに修行もせずに煩悩丸出しの分際でと非難してる。その意味もだ」
「?」
お菊は心眼が何を言ってるのか分からなかったが。
船は順調に進み坂本の港に入ったのである。
「これが門前町?」
お菊は坂本に入ると衝撃を受けた。心眼が言った通りだったが僧兵や傭兵がたむろし酒屋だけでなく肉食の店や遊女の店もあったのである。
そしてみんな楽しそうに騒いでいた。
「信長公が批判しているのにも一理あるのだ。もちろん真面目に修行している者もいるが」
心眼は険しい顔で言った。信長の発したと言う言葉、修行もせずに煩悩丸出しの分際をお菊は思い出したが。
「これが大阪にもある?」
「ある。お菊が知らないだけだ」
「……」
お菊は少し衝撃を受けたのである。真面目そうな僧が多い本願寺のある大阪にもこれと同じものがどこかにあると。
「この騒がしい町を抜けて知り合いの門跡に行くぞ」
心眼はお菊の動揺を素知らぬ振りをして坂本の奥にある門跡に向かったのである。
(何だろう?何かを感じる)
お菊はよく分らなかったが門跡に近付くにつれて突如、胸騒ぎを感じたのである。
(明智殿が怒った時に似てるようで全然違うけど)
お菊は一人何かを感じていたのである。
門跡に着くと
「お菊はそこの茶室で待っててくれ」
心眼はそう言うと奥の坊に入って行った。
お菊は茶室で静かに待っていた。胸騒ぎは続いたが嫌な感じではなかったが。静かでお香が焚かれて花壇も綺麗に整備されていた。
(誰かあたしを見てる?あたしを感じてる?あたしと似てる?ここの人は女の人?女の子?)
お菊はよく分らない何かを感じ続けた。
30分程すると心眼は女子3名と茶室に戻って来たのである。がっかりした顔をしていた。
「女中を脱出させてやってくれだとさ」
「ここの人って女の人なんですか?」
「そうだ。我々の思っていたよりもかなり早いが織田の総攻撃はすぐに始まるようだ。延暦寺には行けない。すぐにここを去った方が良さそうだ」
「なんでそれでも降伏しないのですか?」
「比叡山は遅まきながら降伏の使者を信長に送ったそうだ。が、信長の怒りは凄まじく全員撫で斬りにしてやるから大人しく待ってろと回答したそうだ」
「!」
お菊は撫で斬りを平然と口にする信長の怖しさを感じたのである。
「みんな逃げないんですか?」
「逃げれる者は逃げる。が、ここでしか生きる術を知らない者はここに最期まで残ると言う意味だ。この世の楽園を手放すなら極楽浄土に行く。そう思えば良いかな。信長公の非難ももっともかもな」
心眼が吐き捨てるように言った。
「?」
お菊は心眼の言ってる意味がこの時は分からなかったが。
「すぐに守山宿へ戻ろう」
預かった女子を含めた一行は急いで坂本の港に戻り乗って来た船に飛び乗ったのである。
「徒労に終わったな。仕方ない。大阪へ帰ろう」
心眼は終始無念そうな顔をしていた。
坂本の港を出ると坂本での感覚は消えた。
(何だったんだろう?誰なんだろう?)
お菊は終始不思議な感覚に囚われていた。
船は順調に進んでいたが琵琶湖の上で問題が起きていたようであった。
「お坊様。坂本の沖合だけでなく堅田の沖合でも織田が船の検閲を始めている。危ない感じや。悪いが(堅田の対岸にある)守山には行けん。遠いが瀬田か草津の辺りでも構わんか?」
確かに坂本の沖合には織田の軍船が検閲のためかなり展開していた。
「承知した」
堅田衆の船頭に心眼は返した。
船頭は織田の軍船を巧みにかわしながら30分程度で船は瀬田か草津の琵琶湖の湖岸に到着したのである。
しかし下船してすぐ、心眼は異変に気付いたのである。
船を降りると待ち構えていたと言わんばかりに集まって来た織田側の兵に囲まれたのである。
「しまった!」
心眼は急いで船に戻ろうとしたが船は一行を降ろすとさっさと出て行ってしまったのである。
「謀られたか!もしかしたらここは大津か?く!」
それでも心眼は冷静に対応したのである。
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