第20話 7-4

 しかし

「渡辺様!助太刀します!」

 茶店に居た若侍だが目の前にお菊と小次郎が飛んできたので思わず太刀を抜いてしまったのである。これは渡辺も予想外だった。若侍は戦の才能が無かった。

 お菊はすぐに反応し難なくこれを薙ぎ払ったので若侍は太刀をどこかに飛ばされて丸腰になってしまったのである。

「あわわ」

 若侍は震えながら腰を抜かした。

 渡辺はそれを見ると

「しまった!いかん!やめろ!」

 渡辺は血相を変えてお菊に叫んだのである。

「お菊!ダメよ!」

 ただ弥生も止めたのである。

 お菊だが薙刀をこのまま振り下ろせばこの若侍を充分に討てた。でも渡辺と弥生の声もあったがお菊もためらって動きを止めてしまったのである。

(ダメだ!抵抗しない相手は殺せないよ!この人は人だよ!獣じゃないし!)

 渡辺はお菊のためらいを見ると

「見事!良い計らい!」

 逆にお菊に突っ込んで来たのである。ただお菊の体はあえて狙わず足元に鎌槍を突き刺したのである。お菊はそれをひょいと軽く跳んで避けたのである。

「若様!ご無事で!足軽衆!若様をお守りしろ!」

 渡辺は若侍の傍に着くと若侍の護衛を味方に任せるとお菊と再度対峙したのである。

(しかしこのお菊とやら!何と早い!)

 渡辺はお菊の予想外の身軽さに驚きつつ二回目は高めに、ただ直撃しないよう脇腹を狙ったのである。が、お菊はそれも再度宙を舞うようにひらりと飛び上がり避けるとそのまま渡辺の鎌槍の上に乗っかったのである。

「何だと!おっとっと!」

 鎌槍の上に乗っかるなど予想外で渡辺は仰天である。お菊の重さで渡辺は体制を少し崩したが更に驚いた事にお菊は鎌槍に乗ったまま渡辺に向かって来たのである。  

 渡辺はすぐに体制を立て直し思いっきり鎌槍を上に振り上げるとお菊はそのまま再度鎌槍の上から飛び上がり重力に逆らったまま茶屋の軒天に着地。そして天地を逆にして渡辺に向かって小走り向かってきたのである。

「バカな!」

 驚く渡辺にお菊は薙刀を振り降ろしたのである。薙刀は渡辺の兜の真横に直撃、さすがの渡辺も横に少し飛び尻持ちを付いたのである。

 お菊も一回転しながら重力に従って地面に着地すると

「やああ!」

 と再度渡辺に斬りつけたのである。

「む!」

 渡辺は左肩の袖甲冑でそれを跳ね返したのである。

(兜がなければ危なかった!斬れない薙刀で助かった!しかしこのお菊とやら何者だ!)

 渡辺はただ仰天していた。

「はぁ!はぁ!」

 お菊は息を荒げながら再度薙刀を構え直した。

「お菊!すごい!」

 弥生も驚いたが

「お菊!お見事!ワシをここまで本気にさせるとはな!」

 渡辺だが再度立ち上がったのである。

 弥生もお菊の横に薙刀を持って並んだのである。

「弥生さん!どうする?」

「小次郎を何とかしたいけど」

「小次郎伸びたままだ。捕まっちゃうよ!」

 お菊と弥生の会話を聞いてか

「小僧の件は気にせんで良い。2人で全力で掛かって来なさい」

 渡辺はそう言うと構えたのである。


 その時であった。突如鉄砲の音が響いたのである。

「何事だ!」

 渡辺が驚いたが

「柴田様と明智様だ!殿もいるぞ!みんな控えろ!」

 徳川の足軽は騒めき始めてみんな平伏した。

 柴田勝家と明智光秀、そして徳川家康が騎馬でやって来たのである。


「戦をやめい!これから六角義治殿と和睦交渉じゃ!」

 柴田勝家が野太い声で怒鳴った。

「和睦交渉?義治殿と?」

 弥生が驚いて言うと

「だから六角兵に手加減したので。気付いて欲しかったな。弥生殿」

「!」

 渡辺が言うと弥生は黙ったのである。


「本願寺のみなさん。お疲れ様でした。今からあなたたちが支援する六角殿と和睦交渉を行うので浄蓮寺に来てください。あ、渡辺殿に極楽浄土に送られなくて良かった。義治殿はもう入っています。義賢殿はこれから来るのかな?」

 明智光秀がにこやかに弥生とお菊に話かけたのである。ただお菊は厳しい顔で

「明智殿!あなたは!(あなたは私の敵だ!)」

 と言おうとしたが光秀は突如厳しい顔になると

「君とは本当にとんでもない因果だね。まさかここで会うとはね。まぁ良い」

 そう言うと先に浄蓮寺に向かって行ったのである。


「弥生殿。そういう訳だ。小次郎を起こして連れて行ってくれ。浄蓮寺での和睦の交渉に我々も立ち会おう」

 渡辺もそう言うと浄蓮寺に向かって行ったのである。


 弥生とお菊も伸びていた小次郎を起こすと一緒に浄蓮寺に向かったのである。浄蓮寺の講堂の中央の交渉場には六角方はおそらく義賢の子の義治と思われる若い男が来ていた。隣にはお菊らの知らない中年の男が居た。織田方の主交渉担当はまだ誰も居なかったが。

 この交渉に立ち会おうと双方の後方には各々の家臣衆が集まっていた。織田徳川方はかなり人で埋まっていたが六角方はこちらもがらがらであったが。

 しばらくして義賢が息を切らしながら杉浦玄任と護衛の心眼、阿形、吽形、マリア、金閣銀閣や配下衆らとやって来た。

「息子よ!これはどうしたもんじゃ!」

「父上!黙っていて申し訳ありません!父上を喜ばせたく密かに織田方と交渉を行っていました」

 若者、義治は父の義賢に答えた。

「何じゃと!」 

「殿。お久振りでございます。若様の心意気、ご理解くだされ。まず手始めに石部城は殿の元に帰ってきます」

「おお!(蒲生)賢秀か!久々じゃな!そうか!貴公も義治と一緒に動いてくれたのか!でかしたぞ!」

 菩提寺城を拠点としていた義治だが義賢が石部城を失うと義賢の元重臣で信長に降りた蒲生賢秀に仲介してもらい信長との和睦の道を探ったのである。

 信長だが滋賀の陣で大津で比叡山に籠る朝倉義景、延暦寺と対峙、決戦を求めていたがそれは叶わず時間ばかりが過ぎていた。摂津(大阪)方面は篠原長房、三好三人衆、石山本願寺に勢力を回復され信長も渋々であるが和睦しかなかったのである。

 朝廷や室町将軍足利義昭の介入の名分を得てようやく和睦となったのである。


 しばらくして織田方の責任者の柴田勝家と明智光秀、そして徳川家康も入ってきた。

「朝廷からの勅命であります。上様(足利義昭)、我が殿(信長)の花押もあります」

 光秀が爽やかに言うと朝廷からの書状を義賢、義治親子に渡したのである。朝廷も幕府も実力はなかったが威光は十分健在で信長はうまく利用したのである。

「石部城、菩提寺城界隈は六角領として間違いなく認めます」

「(六角家の拠点だった)観音寺城も帰るのか?」

 義賢はそわそわしながら聞くと

「もちろん前向きに検討いたしましょう」

 勝家だがさっきの強面とは打って変わってにこやかに返したのである。

「おお!是非そこは配慮頂きたく!これで近江に平和が来る!」

 義賢が言うと歓喜のどよめきが織田方からも起きたのである。

 ただお菊は何か大人たちのわざとらしさも感じたが。

「友好の証で一杯如何かな?みな!今日を祝おうぞ!」

 勝家だが酒を持って来させたのである。勝家が言うと織田方は再度盛り上がったのである。義賢、義治親子もまんざらではないようであった。

「何だろうね。素直になれないね」

 ただお菊が小声で小次郎に言うと小次郎もうなずいた。


 その時だが織田方から誰かが外に出て行くのが見えたのである。渡辺守綱であった。お菊と小次郎は酒が飲めないのもあったが渡辺の後を追い掛けたのである。


「渡辺殿!めでたい席なのになんで参加しないんですかい?」

 小次郎が聞くと

「めでたい?めでたい訳ない。信長は朝倉や延暦寺を潰せなかったので仕方なく和睦したんだ。それを見抜けないようじゃ終わりだ。明日の都合だけで動く奴など明日はない。信長はほとぼり冷めたらまた戦をする。今度こそ朝倉、浅井、延暦寺、六角を潰しに来るぞ」

「そうすか?」

「そうなの?」

 ただ子供の小次郎やお菊はよく分らなかったが。


 3人は茶屋に入ったのである。渡辺だがお菊と小次郎に茶をおごると黙って空を見ていた。お菊と小次郎も黙っていたが。

「弥生殿!」

「弥生さん!」

 いつの間にか弥生も来ていたのである。

「茶番はお嫌いのようですね?」

「フッ。嫌いだな」

 弥生の問いに渡辺は苦笑いしながら返したが。

「まぁ、茶でも」

 そう言うと渡辺は弥生にもおごったのである。

 しかし険しい顔のまま

「石山本願寺にはがっかりした」

 正直に言ったのである。

 弥生は黙っていた。


「三河で一向宗門徒衆の大規模な一揆が起きて(三河一向一揆)一向宗が三河では表向きは禁教になったのになぜ大阪の本願寺はそれに目を背ける?」

「……」

 弥生は黙っていた。

「しかもこんな子供たちまで巻き込むとはな。あの子たちが極楽浄土に行けたとワシは信じてるが」

 まだ政治に疎いお菊と小次郎はぽかんとしてたが。

「進むは極楽。退くは地獄ですから」

 弥生は無表情に返したが

「信長は本願寺を絶対に潰しに行く。我が殿(徳川家康)みたいに適当でなく(表向きは禁教、実態は個人任せ)徹底するはずだ。それでも戦うかだな」

「進むも地獄。退くも地獄、かしらね?」

「それを変えてもらわねばな。門徒衆同士で手を掛け合うのは勘弁してほしいな」

 渡辺は一気に茶を飲み干した。弥生は黙っていたが。


 しばらくすると

「渡辺殿!」

 あの若侍がやって来たのである。

「和睦の宴には参加されなかったので?」

 渡辺が聞くと

「欺瞞溢れる雰囲気が苦手でして」

 渡辺は苦笑いしてしまった。

「ご立派ですね」

「三河の名門の方さ。錦の旗は大事だ。間違った教義よりもマシだ」

 渡辺は弥生に言いたいことを言うと立ち上がり

「さらばだ。三河にワシらは帰るのでな。お菊とやら。良い腕だった。褒めよう。弥生殿も素晴らしかった。小僧。お前はもっと修行しろ」

「がくっ!」

 小次郎は予想外の評に肩を落としていたが。

 渡辺は若侍と茶店を出て行ったのである。


「とにかくみんな無事で何よりよ。私たちも帰りましょう。あなたたちは先に行ってて」

「?」

 お菊と小次郎が弥生に不思議そうな顔をすると

「門徒衆同士、いえ、大人として私が渡辺様に礼を申してきますので」

「はい?」

「?」

 小次郎とお菊は弥生の意味がよく分らなかったが。


 弥生は小走りで渡辺に追いつくと

「渡辺殿,少しお話したく」

「構わんが?若様は先に本陣に戻られてくだされ。そこの兵!若様をお守りしろ!」


「何か?」

 渡辺が不思議そうに聞くと

「奈阿に手を出さなかった事に六花仙としてお礼申したく」

 弥生は渡辺に頭を下げたのである。

「本願寺の女だけの戦う六花仙の噂は聞いていたが本当に居たとは思わんかったよ。しかもまさかあなたのような方とは驚いた。奈阿とやらはさすがだった。あの雑兵じゃ相手にならんだろう。だから奈阿に任せたのさ。手出し無用とな」

「もしそのまま奈阿が逃げ延びたらどうされました?」

「奈阿の勝ちだ。逃げれば良い。あんな下衆な雑兵は三河武士に要らん。ウチの殿は面倒事が嫌いだから知らん顔さ」

 渡辺が笑いながら言うと弥生も笑ってしまったのである。

「もし今宵お時間あれば茶でも如何ですか?」

「!」

 渡辺は少し顔を赤らめた後、

「あなたのような美しい方にお呼び頂くのは嬉しいが寝首を掛かれるのは困るのでな。またいずこでお互い生きていたら会いましょう。いや、会わない方が本当は良いのだろうが。弥生殿。さらば」

 渡辺はそう言うとにこりと笑って若侍を追いかけたのである。弥生は再度深々と去る渡辺に頭を下げたのである。


「どうしたの?」

 お菊と小次郎は離れた所で弥生を待っていたのである。

「大丈夫よ。大人の話よ。帰りましょう」

 弥生は小次郎お菊の腰に手を当てると3人で笑顔で三雲城に戻ったのである。

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