元拷問官の最強治癒師 ~拷問のついでに会得した治癒術で不死身です~

笹塔五郎

第1話 元拷問官

 少女――ルーフェ・トリジアンは冒険者ギルドの近くにいた。

 十六歳になったばかりの彼女は今日、冒険者への道を進もうとしていた。

 しかし、ギルドに入る前に数人の男達に絡まれてしまい、今は裏通りにいる。


「あの……どういったご用件でしょうか?」

「なぁに、簡単な話さ。冒険者になるのは初めてなんだろ? なら、冒険者になれるように口利きしてやろうってんだ」

「……口利き? えっと、登録すればいいのではなくて?」

「ただ登録なんてできねえよ。試験があるのさ、試験。けど、嬢ちゃんみたいなのはまず通らないだろうぜ。そこで、俺達ベテランが裏で話をつけてやるから、礼をよこせって話をしてんのよ」


 どうやら、初めて冒険者になる人に声をかけて、裏口で冒険者になれるように斡旋している者達のようだ。

 ギルドが正式にこんなやり方を認めているとは思えないが、こうして話しかけてきたところを見ると、ギルド側に通じている人間もいるのだろう。


「……そういう話なら、遠慮しておきます」

「おいおい、待てって。そんなに絞り取ろうってわけじゃないんだぜ? それに、金が払えないなら……身体でもいいんだからよ」


 男達の一人が、そう言ってルーフェの身体に手を伸ばす――だが、男の身体がルーフェに触れることはなかった。

 ボキリッ、と鈍い音は鳴り響き、


「ぎゃああああああっ! う、う、腕、俺の腕が……っ!」


 男が大きな悲鳴を上げる。

 ルーフェが懐から取り出したのは、小型のハンマーだった。


「! てめえ、俺達の仲間を!」

「あ、す、すみません。つい癖で殴ってしまって……すぐに治しますね」


 ルーフェはそう言うと、男の腕に手をかざし、


「『治癒ヒーリング』」


 淡い緑色の魔力を帯びて、みるみるうちに男の腕が治っていく。


「な、折れた腕がこんなに早く――」

「えいっ」


 そして、再びルーフェは男の腕をハンマーでへし折った。


「ぎああああああっ! いでええええっ!」

「な、なんだこいつ!?」

「やべえ女だ……!」

「あ、また……すみません、治癒術を使ったらどうしても殴りたくなってしまって……!」

「謝りながらとんでもねえこと口走ってやがる……!」

「おい、さすがにこんなに騒ぐと人が集まってくる! 逃げるぞ!」

「あ、その点は心配ないですよ。『沈黙領域サイレントゾーン』」――この周辺の声は漏れないようになっているので」


 淡々とした口調で、慌てる男達に向かってルーフェは言った。

 恐怖に満ちた表情で、男達はルーフェを見る。


「な、なんなんだよ、お前……! お、俺達はただ善意で……」

「善意? それはちょっと違いますよね」


 再びへし折った腕の治療を終えたルーフェは、今度は男の後頭部を思い切りハンマーで殴った後に、ゆっくりと立ち上がる。

 ポタポタと、ハンマーから鮮血が垂れ流しになっていた。


「人の身体に触ろうとしてましたし、聞いた感じですと……あなた達のやっていることは冒険者ギルドの正規の加入手順ではないですよね?」

「そ、それはそうだが……嬢ちゃんみたいな奴は足切りされちまうから、よ……?」

「決めるのはギルドの人ですから。あなた達みたいな人を見ると、ついやりたくなってしまって……」

「な、なにを……?」

「見てわかりませんか?」


 ルーフェは自身が羽織っている服を広げた――そこには、普段目にするようなことのない『器具』がズラリと並んでいる。

 だが、何をするのかは、容易に想像ができてしまうものだ。


「ひ、ひぃ……!」

「拷問ですよ、ご・う・も・ん。私、元拷問官の家柄に生まれていまして」

「ま、待ってくれ……」

「でも、拷問制度も廃止になった国を追い出されることになって、それで追われる身にもなったんです。ただ、その時に手に入れた『治癒術』の才能――何かに生かせないかと思って」


 怯える男達に向かって、ルーフェは無視して語り続ける。

 やがて、優しげに微笑みを浮かべた彼女は、


「それで、冒険者になろうと思ったんです。今度は真っ当に生きようって。あ、なんでこんな話をしているか、分かります?」

「な、なんでだ……」

「腕折ったりしたの、黙っててほしくて……脅しをかけています」

「わ、分かった。誰にも言わないから……っ」


 すでに男達に戦意はない。

 彼らから見れば、ルーフェはすでに異常な人間だ。


「口約束じゃちょっと信用ならないので……ちょっと殴ったり斬ったりしてから、もう一度確認しますね?」

「う、あ、だ、誰か助けてくれぇ!」

「叫んでも意味ないですよ。それに、この空間からだって逃げられないし……逃がしませんから」


 この日以来、冒険者ギルドへの裏口入会を斡旋していた者達は、その活動の一切を取りやめた。

 協力していた職員が理由を聞いても、誰一人として口にしようとする者はおらず、真相は不明なままになっている。

 ――そして、かつて拷問官であった少女は冒険者となったのだった。

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