6-2. 外に出る
生きるとは呼吸することではない。
行動することだ。
哲学者 ジャン=ジャック・ルソー
四十二番は前と同じように本を読んでいた。ケイシーたちが独房にやってくると、その本を丁寧に閉じて、立ち上がった。
「皆さんおそろいで。お待ちしていました」
ケイシーがクーニーたちに対するのとは違った種類の、慇懃さ。その笑顔のおかげで、暗い独房に白い歯が浮かんでいるようだ。老紳士のような柔らかい所作で扉を開け、ケイシーたちを招き入れようとする。
「おう、その必要はないぜ。外でやろう」
「おや。読み書きを教えてくれるのではないのですか」
「ここだと暗いだろ。それに、筆記用具とかがねえから、地面に書くのがいい」
四十二番には、野球をするとはまだ言っていない。こういうもっともらしい理由がないと、あまり外に出たがらないだろうことは想像がついたのだ。
「ええ、それならよろしいですが……」
それでも返事の歯切れが悪いのは、やはり外に出るのを躊躇しているのだろう。それは出不精なんかではなく、人種的な懸念のためだ。はっきり言って、白人たち、それも犯罪者の白人たちで構成された刑務所社会にのうのうと出て行くのは、彼にとってリスクが高い。もちろん、彼の落ち度は何一つない。
それに比べてケイシーは、これまで何人もの人間を殺してきた。初めて撃ったのは、マウンド上の黒人だった。結局のところ、白人だろうが黒人だろうが、一人の弱い人間であることには変わりがない。そして、最も弱い人間は、自らを守るために他者を犠牲にしてきた、ケイシー自身なのであった。
これを自覚しているケイシー、そしておそらくクーニーとフリンは、どうしても四十二番に対して負い目があった。特にケイシーは移民だ。四十二番が抱いているだろう、アメリカ社会に対する失望は、少年ケイシーに蟠っていたものであった。そして、こんなアメリカを作ってしまっている、社会の偏った構造の中に、自分も積極的に加担してしまったのではないか、と思われた。もはや、仕方がなかったでは済ませないのだ。
「大丈夫だよ。俺たちがいるから」
ケイシーは、かつは四十二番のため、かつは自分の責任感のために、努めて優しい声音を出した。クーニーとフリンが頷く。あとはジョーだけだ。
「そうでしょうか……、最悪の場合、皆さんにもご迷惑を……」
「そんなことない。俺はお前に助けられた。第一、俺はもう皆におかしなやつだと思われてるからな」
そう笑って見せた。
「な、ジョー」
ケイシーが、賭けにも近いパスを出した。ジョーなら応えてくれるはずだ。
「……ああ、俺たちみんな囚人だぜ。気後れしなくていい」
ジョーは大げさに肩をすくめた。その動作はぎこちなかったが、今はこれで十分だろう。その証拠に、四十二番がほほ笑んだ。
「ありがとうございます、皆さん」
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