第14話 執行猶予と、揺れる馬車の中の密室
「……で? アリア様の『奥』までほぐした、とはどういう意味ですか?」
「ですから! 指圧の深さの話です! 筋肉の深層部のことです!」
王宮の一室。
僕は、後ろ手に縛られ、床に正座させられていた。
目の前には、鬼の形相をしたメイド長マーガレットさん。
彼女は、僕の弁明を一言一句逃すまいと、尋問官のような冷徹さで詰問を続けていた。
「ふん。口が上手いこと。……本来なら、その不埒な舌を引き抜いて処刑するところですが」
マーガレットさんが眼鏡の位置を直す。キラリとレンズが光った。
「アリア様が、泣いて貴様の助命を嘆願されました。『カイトがいなくなったら、私の身体(の凝り)はどうなるの!?』と」
「(言い方! アリア様、言い方!)」
「よって、貴様の処刑は一時『保留』とします」
「ほ、本当ですか……!」
助かった。首の皮一枚繋がった。
「ただし」
マーガレットさんが、懐から一枚の書状を取り出した。
「汚名返上の機会を与えます。この任務を完遂できれば、今回の件は不問にしましょう。失敗すれば……分かっていますね?」
彼女は、愛用の投げナイフで空を切る仕草をした。
「や、やります! 何でもやります!」
渡された書状に目を通す。
任務内容はこうだ。
『王都北部の避暑地・ルナリア湖にて、原因不明の「魔力異常」が発生。聖女アリアによる現地調査と浄化を行い、その護衛を務めること』
「ルナリア湖……?」
「王家御用達の保養地です。本来なら優雅な静養地ですが、現在は濃霧に包まれ、魔物が出没するという報告もあります。……アリア様をお守りしなさい。命に代えても」
「了解しました!(命はかけたくないけど!)」
***
翌朝。
僕たちは、王家の紋章が入った豪華な馬車に揺られていた。
メンバーは、聖女アリア様、御者、護衛の騎士数名(外)、そして僕(中)。
なぜかマーガレットさんは「王宮での執務があるため」とお留守番だ。(監視役がいなくてラッキー……なのか?)
「うふふ。カイトと旅行なんて、デートみたいね」
対面の席に座るアリア様が、上機嫌で窓の外を眺めている。
昨夜の騒動など、どこ吹く風だ。
「任務です、アリア様。それに、僕はまだ処刑保留の身なんですから」
「大丈夫よ。いざとなったら、私がカイトを連れて『駆け落ち』してあげるわ」
「国の至宝が何を言ってるんですか!」
アリア様は楽しそうにクスクスと笑うと、ふと真顔になり、
「……ねえ、カイト。隣に来て?」
と言って、自分の隣の席をポンポンと叩いた。
「え? いえ、僕は『荷物持ち』ですし、対面で十分……」
「馬車が揺れるの。……気分が悪くなりそうで」
アリア様が、弱々しげに眉を寄せる。
「聖女の力を使っていると、三半規管が弱くなるのよ(嘘)。……お願い、支えて?」
そんな潤んだ瞳で見つめられて、断れる男がいるだろうか。(いや、いない)
僕はため息をつきつつ、アリア様の隣に移動した。
「失礼します……」
ドスン、と腰を下ろした瞬間。
ふわり、と甘い香りが僕を包み込んだ。
「ん……♡」
アリア様が、待ってましたとばかりに僕の肩に頭を預けてくる。
柔らかい身体が、僕の左腕に密着する。
「あ、アリア様? 距離が……」
「揺れるから仕方ないでしょう? ほら、もっとしっかり支えて」
アリア様は、僕の左腕を両手で抱え込み、さらに自分の豊かな胸元へと押し当てた。
二の腕に伝わる、圧倒的な弾力と温もり。
馬車がガタンと揺れるたびに、その感触が形を変えて僕の理性を攻撃してくる。
(これ、わざとやってますよね!? 絶対に楽しんでますよね!?)
「カイトの腕、たくましい……。やっぱり、ただの荷物持ちじゃないわね」
アリア様が、うっとりとした声で囁く。
「このまま、ルナリア湖までずっとこうしていましょうか……」
「い、いえ! もうすぐ休憩地点ですし!」
僕は必死に腕を引き抜こうとするが、聖女様のホールド力(というより密着度)が凄まじく、下手に動けば余計に接触面積が増えてしまう。
「……カイト」
「は、はい?」
アリア様が、僕の耳元に唇を寄せた。
「昨日の続き……今夜の宿で、期待してもいいのかしら?」
昨日の続き。
あの、中断された「前側」のマッサージのことか。
それとも、もっと深い意味なのか。
僕は、馬車の窓から見える遠くの山々を見つめながら、
「今回の任務、魔物よりアリア様の方が危険かもしれない」
と、心の中で深く悟ったのだった。
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