勇者暗殺編
第13話逆恨み
最近、リゼットが隣の屋敷に通うことが多くなった。
最初はあんなにレノヴァを嫌っていたのに今じゃまるで親友同士だ。
まぁ、仲良くしてくれるならそれでいい。
リゼットがあの王女女の話を真剣に聞いているのを見ていると、なんというか――平和だなって思う。
「ただいま戻りましたぁ〜」
扉の向こうからの声に、俺は手を止めた。
「おかえり。今日も屋敷か?」
「えっ!? あっ、い、いえ、その……! なんでもありませんっ!」
びくっと肩を跳ねさせるリゼット。挙動が怪しい。
視線を逸らしながら、手にしている本をぎゅっと抱えた。
「それ、何読んでるんだ?」
「ふぇっ!? あ、あのこれは、その……勉強用の資料ですっ!」
慌てて隠そうとするけど、表紙がちらりと見えた。
『薔薇族、男たちの愛』――おそらくファンタジー小説だろう。
うん、タイトルはちょっとよく分からないけど。
「へぇ、読書もするんだな。偉いぞ。」
「……っ!? は、はいっ! そ、そうですよねっ! 偉い! ですよねっ!」
耳まで真っ赤にしながらリゼットは逃げるように二階へ駆けていった。
……まぁ、いいか。仲良くしてるなら。
俺は机の上の診療記録を開く。レノヴァの再診結果は順調だった。
体の異常はなく、むしろ以前より魔力の循環が良くなっている。
試しにドラゴンの力を少しだけ使ってもらったら――木が炭になった。
あれはもう、兵器の域だ。
「……まぁ、本人が元気ならいいか」
そう呟いたときだった。
窓の外で黒い影が一瞬、横切った気がした。
風の音か? いや、気のせいだろう。
最近は、妙に不安な夢を見るせいで過敏になってるだけだ。
***
一方その頃――帝都北区、
勇者リースは酒瓶を乱暴にテーブルに叩きつけた。
酒が飛び散る。
「くそ……! なんで俺がこんな目に……!」
隣では、元仲間の戦士や魔導士たちが沈んだ表情で酒をあおっている。
リースの目の下には深い隈。手元の金袋は、もうほとんど空だ。
「探索も上手くいかねぇ。報酬も減る一方だ……」
「代わりに雇った回復術師も使えねぇんだよ。“疲労回復もデバフ解除もできない”とか言いやがって」
「そんなの聞いてねぇ!」
愚痴は、やがてどす黒い憎しみに変わっていく。
「全部、あのカイルのせいだ」
リースの声には、酔いを飛ばすほどの怒気がこもっていた。
「あいつが“勇者”なんてなるから、俺たちは見限られた。貴族も俺を見捨てやがって。」
「……カイル。あいつが勇者になったせいで」
勇者は一人でいい。
いや、“一人でなければならない”。
神に選ばれた唯一の象徴。国民の希望。貴族の庇護。すべてはその「唯一性」に価値がある。
だが、二人目の勇者が現れた瞬間、すべてが崩れた。
貴族たちは言った――
「どちらが本物の勇者なのか」
「より功績を上げた方が本物だ」
そう言ってリースへの援助を打ち切り、次々とカイルのもとへ鞍替えした。
「……勇者が二人? はっ、笑わせる。勇者は一人で十分だろう」
拳を握りしめ、木のカウンターを叩く。
鈍い音が響き、隣の客が怯えたように席を離れた。
だがリースは気にも留めない。
心の奥底に、かすかに灯る“閃き”を感じていた。
「勇者が二人いるのが問題なら……」
グラスの中で揺れる琥珀色の液体が、歪んだ笑みを映す。
「――一人に戻せばいい」
それは、狂気にも似た結論だった。
英雄の名誉も、信仰も、富も、すべてを取り戻す方法。
それは一つしかない。
――勇者カイルを殺すこと。
リースはゆっくりと立ち上がった。
腰の剣を確かめる。刃はまだ鈍っていない。
かつてドラゴンをを斬った剣が、いま再び血を求めている。
その刃の先にいるのが魔物ではなく、かつての仲間であろうと、もう関係はなかった。
「勇者カイルお前を殺す……」
薄暗い酒場の扉を押し開ける。
夜風がリースのマントを揺らした。
その瞳には、かつて“勇者”と呼ばれた男の面影など、もうどこにもなかった。
この度は『ただ回』をご愛読いただき、心より感謝申し上げます!
【自撮り少女と風景写真】も公開中です!高校生のカメラについてのお話で楽しめる、美しいと醜いをテーマにした物語です。ぜひ私のユーザーページから、次の物語も覗いていただけると嬉しいです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます