第3話決別
村の朝は早い。
鶏の鳴き声とともに目を覚まし、薬草を刻む音が診療所に響く。
受付に座るリゼットが、楽しげに声をかけてきた。
「カイル様、今日の晩ご飯は村の人が分けてくれた野菜だよ。このお芋、すっごく美味しそう!」
そう言いながら、彼女は俺の腕に抱きついてくる。
呪いが解けてからというもの、彼女の美貌は村でも評判だ。
金色の髪が陽の光に透け、明るく笑う姿はまるで春の妖精のようだった。
診療所では、薬草の調合と簡易な治癒が中心。
だが、その効果は確かで、いつの間にか評判が村中に広がっていた。
おかげで、朝から晩まで患者が途絶えない。
「先生、これ、うちの畑の余りです。食べてくださいな」
「おお、ありがとう。ちょうど食材が切れかけてたんだ」
籠に入った野菜を受け取りながら、俺は穏やかに笑う。
誰からも邪魔されない、静かで温かな日常。
――あぁ、これこそ俺が望んでいた平穏だ。
「カイル様、そのおばあちゃん、なんでカイル様のところに来てるの?病気が治ったなら、もう話さなくていいのに」
患者を見送る俺に、リゼットが頬をぷくりと膨らませて言う。
どうやら嫉妬しているらしい。
その様子が少し可笑しくて、俺は小さく笑った。
「嫉妬してるのか?」
「ち、違いますっ!ただ……カイル様優しすぎるから」
「そういうところ、直らないんだよな」
嫉妬も拗ね顔も、今の俺には心地よい。
こんな穏やかな時間が、ずっと続けばいい。
そう思っていた――その時だった。
⸻
診療所の隅に置かれた小さな魔導水晶が、突如として激しく光を放った。
……なんだ?
これは勇者パーティーで使っていた、遠隔通信用の高価な水晶だ。
もう二度と使うことはないと思い、売るつもりだったのに。
恐る恐る水晶を手に取ると、そこに映ったのは――
見るも無残な、変わり果てた勇者リースの姿だった。
「た、頼む、カイル……! お前の“呪いを解く力”が必要なんだ……!」
皮膚はひび割れ、顔はやつれ、まるで死人のように生気がない。
あの誇り高い勇者の面影は、どこにもなかった。
「どういうことだ? まさか俺抜きでダンジョンに潜ったのか?」
リースはそれを金の催促だと思い、悲鳴のような声で言った
「くそっ……金貨が五十枚ある! これで十分だろう? さっさと王都に戻ってこい!」
絶望的な状況にも関わらず、相変わらず傲慢な態度を崩さない。
だが――過去の仲間だ。見捨てることはできない。
「わかった、向かう。だが、王都までは最低でも三日はかかる。それまで命を繋げればいいが……」
リゼットが服の袖を握り、潤んだ瞳で見上げた。
「カイル様……行かないで。せっかく穏やかに暮らせてるのに……」
俺はその手を優しく外し、微笑む。
「大丈夫だ。すぐ戻る。……晩ご飯、楽しみにしてるぞ」
彼女は何か言いかけて、唇を噛みしめた。
その視線を背に、俺は再び、王都へ向かうことを決意した。
⸻
三日後、王都の治療院に着いた俺の目に映ったのは――
骸骨のように痩せ細った勇者リースだった。
聖女エステル、重戦士マルコも全身に黒い斑点が浮かび、意識を失っている。
……やはり、呪いの影響か。
俺は迷わず魔法を発動させた。
【完全回帰】――対象を“最も健康で完全な状態”に上書きする、唯一の魔法。
白い光がリースを包み、黒い瘴気が溶けていく。
まるで古いデータが消去されるように、肉体が全盛期の理想形へと書き換わっていった。
他の仲間たちにも魔法を施し、数時間後――全員が息を吹き返した。
リースは薄く笑い、金貨袋を俺に投げつけた。
「チッ……お前は金にがめついからな。来ると思ったぜ。さっさと受け取れ」
俺は足元の金貨を見下ろし、冷たく言い放つ。
「……これは受け取れない。俺がいないと、お前たちがどうなるか、身に染みただろう?」
「なんだと!」
リースが怒声を上げるが、俺はそのまま言葉を重ねた。
「これは俺からの“餞別”だ。受け取れ」
そう言って、金貨袋を蹴り返す。
鈍い音が治療院に響いた。
その時、エステルが吐き捨てるように言った。
「ふざけるな! あんたがお金が大好きだから、私たちが金庫番を任せていたんじゃない!」
俺は振り返らずに答えた。
「金が好き? ふざけるな。お前たちの浪費が酷すぎて、俺が管理しなきゃ破産してたんだ。……でも、もう関係ない」
ドアの前で立ち止まり、最後に言い放つ。
「お前たちが挑んでいたダンジョンの呪い。あれを解除できるのは、俺の【完全回帰】だけだった。
――もうこのパーティーは最深部には辿り着けない。地位も、名声も、失うだろう」
静寂の中、扉を押し開ける。
振り返ることなく、俺は歩き出した。
「だが、俺には関係ない。俺は村に戻って――リゼットと、誰にも邪魔されない平穏なスローライフを送るんだ。」
この度は『ただ回』をご愛読いただき、心より感謝申し上げます!【 AK転生】も公開中です!学園ミステリーで楽しめる、あのAK 47を作った人物が異世界転生した物語です。ぜひ私のユーザーページから、次の物語も覗いていただけると嬉しいです!
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