「ただの回復魔法じゃねえか。役立たず」と追放されたけど、その【完全回帰】は世界最強の呪いを『なかったこと』にするチートでした。

藤野シン

追放編

俺を、追放した勇者パーティーはまだ「役立たず」だと思っている。

ここは『闇ノ王』が潜むダンジョンの最深部。


激戦の直後、満身創痍で血を流しながら立っている俺――カイル・リヴァンは、聖女エステルに突き放された。


「ただの回復魔法すら満足に扱えないのね、役立たず!」


エステルは顔を歪め、吐き捨てるというより、汚物を扱うように言った。


その隣では、勇者パーティーの重戦士マルコが、俺の治癒魔法のせいで強化薬の効果が切れてしまったと憤慨している。


「重要な戦いで俺の回復が遅れたせいで、彼は大怪我を負ったんだ。他の治癒士なら瞬時に治せた傷だぞ!

そもそも、お前がパーティーにいなければ、俺はもっと強力な治癒士を雇えたんだ!」

と勇者リースが罵る

 カイルの治癒魔法【完全回帰】は、対象を『最も健康で完全な状態』に上書きする。

故に普通の怪我の治癒に時間がかかる。

そして、強化魔法や薬は、その「完全な状態」を歪める『ノイズ』と見なされ、全てリセットされてしまうのだ。


カイルは反論しなかった。理解されないと分かっていた。


だが、頭の中で声が響く。


――知っている。

だが、お前たちが触れることすら嫌がった呪いの残滓を、誰が毎晩消していた?

この命を懸けて、お前たちを守ってきたのに……。


「もういい。出ていけ。君のような中途半端な治癒士は、このパーティーには不要だ。

今日、手に入れた報酬も受け取らずに、今すぐこのダンジョンから消えなさい。二度と王都に顔を見せるな。」


エステルは、カイルの顔に向かって、報酬だった金貨数枚を投げつけた。

金貨は、カイルの足元にできた血だまりに落ち、泥にまみれる。


「これは餞別だ。運が良ければ、野垂れ死にせずに済むだろう。」

勇者リースが吐き捨てるように言った

カイルは静かにその場を後にした。


報酬には手を伸ばさず、彼の荷物は、小さなカバン一つだけだった。


帰還魔法でダンジョンから出る

ダンジョンから王都へ戻る道中、カイルはただ歩き続けた。


数年――このメンバーと世界を救うために必死にやってきた。

自分の魔法がいつか役に立つと信じて、罵倒も無視も耐えてきた。

だが、すべては無意味だった。


『役立たず』。その一言が、身体の奥底まで染み込む。


「俺の理想化の治癒は、本当にただのノイズだったのか?」


自問自答を繰り返す旅路だった。

王都に戻る気にはなれず、あてもなく地方へ地方へと向かった。



こうして数週間後、疲弊した俺――カイルが辿り着いたのは、王都から遠く離れた、古い文献にしか載っていない辺境の村だった。


村は荒れ、人々の目には警戒と疲労の色が濃い。

俺のような見慣れない旅人に対し、誰も関わろうとしない。


しかし、村の端にある、ひときわ古びた小屋の前で、カイルの足は止まった。


その小屋から、異様な気配が漏れ出していた。

これまでに感じたことのない、生命力の奔流が無理やり歪められたような、巨大な『ノイズ』だ。


しばらく見つめていると、小屋の扉がわずかに開き、一人の子供が現れた。

彼女の顔は酷く歪んでいた。肌は爛れ、見るに堪えない。

年齢すら判別できないその姿は、ひどく痩せ細っていた。


その姿を見た瞬間、カイルの心臓が強く脈打った。


――なんて酷い……!

こんな呪いにかかったまま、どれほどの時間、苦しんできたんだ。


王都で追放されたとき、カイルは自分の魔法が「ノイズ」だと罵倒された。

だが、目の前の少女こそ、全身が「ノイズ」で覆われた存在だ。


カイルの目には、その「醜さ」ではなく、膨大な魔力が彼女の『生命の設計図』をねじ曲げ、今にも破綻させようとしている様子が映った。


きっと普通の治癒魔法では、この呪いは解けない。

なぜなら、これは生命の根幹に関わる部分を魔力が犯している状態だからだ。


だが、俺ならできるかもしれない。

俺の魔法で、この子を直せるかも



カイルは意を決し、小屋へと足を踏み出した。

扉の陰で身を潜めようとした子供に、カイルは静かに語りかけた。


「大丈夫だ。君を、楽にしてあげたいんだ。」


少女は驚愕に目を見開いた。


「俺は、君の身体にかかっている、その『ねじれ』を元に戻すことができるかもしれない。

だから、お願いだ。少しだけ、君に触れさせてほしい。」


子供は恐る恐る頷いた。

カイルはその爛れた肌にそっと触れた。


「俺の魔法は、君の身体を『全盛期の理想形』に強制的に上書きする。

少し、苦しいかもしれない。だが、大丈夫だ、すぐに終わる。」


カイルが静かに【完全回帰(フル・リターン)】を発動すると、少女の全身が激しい白い光に包まれた。


「あっ……!」


光の中で、少女の肉体が激しく脈動する。

周囲の空間が、彼女の身体から溢れ出すおぞましい黒い靄によって歪み始めた。


これこそが、彼女の身体を蝕んでいた呪いであり、生命力の設計図を捻じ曲げる巨大なノイズだ。


その黒い靄は、カイルの白い光に触れた瞬間、「なかったこと」にされていく。

まるで、まっさらな初期設定へと書き換えられるかのように。


見るみるうちに、少女の顔の歪みは消え、爛れた肌は陶器のように滑らかで透き通ったものへと戻っていく。

骨格が整い、白髪の髪は艶やかに輝き、光が収束したとき、そこには、誰もが息をのむ絶世の美少女が立っていた。


彼女はまず、自分の手を見つめ、恐る恐るその顔に触れた。


「あ……私?」


何年も、呪いと歪みに蝕まれていた皮膚が、滑らかで柔らかい感触を返してくる。

まるで夢を見ているかのような驚愕に、彼女は思わずその場にしゃがみ込んだ。


そして、信じられない思いで、恐る恐るカイルを見上げた。

その瞳は、透き通った青い湖のようだった。


「あ、あ……」


彼女は、自分の声にも驚いた様子で、しかし強い、絶対的な気持ちを込めてカイルに伝えた。


「ありが、とう」


その一言に、カイルは何も返せなかった。

ただ、微笑む。


彼の手の中には、わずかに残った白い光の粒が、静かに消えていった。


「……君の名前を、聞いてもいいか?」


少女は小さく息を吸い、震える声で答えた。


「リゼ。リゼット・ノワール……」


カイルはその名を心の奥で繰り返した。

それは、彼の魔法が初めて“誰かを救った”証となる言葉だった。



この度は『ただ回』をご愛読いただき、心より感謝申し上げます!【節約貴族】も公開中です!悪役令嬢もので楽しめる、節約をテーマにした物語です。ぜひ私のユーザーページから、次の物語も覗いていただけると嬉しいです!

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