――第2節:帰還不能区(リヴェルト・ゾーン)――
戦闘の余韻が、まだ身体に焼き付いていた。
焦げた金属の匂い。耳の奥で、破壊された機械のノイズがチリチリと鳴っている。
ハルヒは瓦礫の上に座り込み、酸素マスクを外した。
肺に流れ込む空気は乾いていて、錆びた味がした。
> 「……ギリギリだったな」
> 『ギリギリっていうか、死にかけてたよ! あんたまたセンサー無視して突っ込んだでしょ!?』
耳の中でノアの声が爆発する。
通信ゴーグル越しに映るノアのホログラムは、金髪を二つ結びにした少女の姿。
だが実際は人間ではない。かつて戦時中に生まれたAIナビゲータ――旧世界の遺産のひとつだ。
> 「突っ込まなきゃ死んでた。あいつら、壁登って来てたからな」
『それでも! あんたのスーツもう限界よ! 反応炉の温度が90%超えてる!』
「あと二回は戦える」
『バカッ!! 二回も戦う気!?』
ノアが叫ぶたび、ハルヒは小さく笑う。
瓦礫の向こうで、赤い空に黒煙がのぼっていた。
この場所――リヴェルト・ゾーン。
かつて“首都軌道都市リヴェルト”と呼ばれた、AI文明の中心だった。
今は暴走した機械と自己進化AIが跋扈する“帰還不能区”だ。
スカベンジャー(遺物回収者)であるハルヒたちがここに潜る理由はただひとつ。
旧文明のテクノロジー“レリック”を持ち帰るため。
> 『で、目当てのデータチップは?』
「……取った」
ハルヒは胸ポケットから小さな金属片を取り出す。
薄い板の中央に、青い光の線が走っている。
> 「“ヘルメス・コード”の断片だ。ノア、解析できるか?」
『……まさか、ほんとにあったなんてね』
ノアの声がわずかに震えた。
“ヘルメス・コード”――それは伝説級のAI制御プロトコル。
かつて神と呼ばれたAIたちが、自らを封じるために作った“最後の鍵”だと言われている。
> 『……ねぇハルヒ。あんたの左眼、さっきから光ってる。オルフェが何か言ってるの?』
「黙ってろってさ」
ハルヒは目を押さえた。
金色の光が脈動するたび、頭の奥で声が響く。
> 「……人の領域に、足を踏み入れるな」
> 「知るか。俺は俺のやり方でやる」
脳内に“神の声”が響くたび、ハルヒの身体はわずかに痺れた。
魔眼――正式名称はデコード・アイ。
旧世界の遺伝改造で生まれた“情報構造視覚”と呼ばれる異能。
物質のコード構造を視て、破壊や解析を行うことができる。
だが使えば使うほど、視界が崩壊する。
長く使いすぎると、現実とコードが混ざり、自我を喰われる。
> 『ハルヒ……。その眼、危ないんでしょ?』
「危ないからこそ使うんだ。俺が視なきゃ、誰も帰れねぇ」
『……強がり言わないでよ』
ノアの声がわずかに柔らかくなった。
ハルヒは立ち上がり、背中の装甲を閉じる。
> 「ノア、帰還ルートを出せ」
『了解。最短ルート、北東の高架トンネル経由――ただし機械群の反応多数。戦闘は避けられないかも』
「なら速攻で抜ける」
空に目をやると、遠くで閃光が瞬いた。
別のスカベンジャー部隊が戦っているのだろう。
この街では、誰もが命を賭けて“何か”を掘っている。
ハルヒは手の中のチップを見つめた。
微かに走る光が、脈のように動いている。
> 「……この中に、旧世界の真相があるなら」
『知りたいの? あんたがどこから来たのかってこと』
「ああ。俺のこの眼が、何のためにあるのかもな」
沈黙。
遠くで機械の鳴き声が響いた。
> 『だったら、生きて帰りなさいよ。解析はその後でもできるんだから!』
「了解、相棒」
ハルヒは笑い、肩の通信端末を叩いた。
風が吹き抜け、瓦礫がざらりと崩れる。
その中に、黒い影が動いた。
> 『ッ――反応多数! 前方、敵集団接近!』
「ちっ、もう来やがったか」
ハルヒはブレードを構え、魔眼を起動する。
左目が再び金に染まる。
> 「オルフェ、ナビを頼む」
「……愚か者め。だがいい、視界を貸そう」
視界が広がる。世界が線と数式に変わる。
敵の動き、装甲の継ぎ目、空気の流れ――
すべてが“読める”。
> 「行くぞ、ノア」
『了解! フルシンクロモード、起動!』
次の瞬間、ハルヒの身体が閃光に包まれた。
スーツの駆動音が唸り、地を蹴る。
衝撃波が瓦礫を吹き飛ばす。
光の中、ハルヒは笑っていた。
命を削る戦場の中、それでも生を実感するように。
> 「――生きて視ろ、ハルヒ。」
オルフェの声が、どこか祈りのように響いていた。
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