第20話 三木探索

 異国の正月の面影が過ぎ去るころ、三木は土色の大地を移動していた。

「この辺もステップ気候のはずなんだが、あまり草が生えていないな」

 遊牧民は羊などの草食動物を飼っている関係で常に草の生えている場所に移動する。

「思ってたより気楽でええな」

 三木は小隊長とはいえ部下が戦死したためおらず、借りてきた貨物魔動車1台と兵士3人の旅である。

 魔動歩兵の中は、歩行するたびに酷い振動が足から伝わり、移動中の睡眠などほぼ無理である。

 後ろから付いてくる魔動車に目をやる。

 運転席の屋根の上には魔銃が備え付けられており、そこにいる少年と言っていい位の年齢の兵が初めて使う双眼鏡なのだろう、とてもワクワクしながらグルングルンと周囲を見回している。

 旅は海の上の小さな島を探しているようなもの、いや移動式の住居であるゲルはそれ以上であろう、見つかるかどうかも未知数である。

「メリアンは凄いなぁ」

 荷台には数か月分のメリアンから届けられた物資が乗っているどころか魔動車がメリアンの物である。

「今日は、ここまでにしようや」

 荷台からテントを下ろし皆で設置する。

 カンカンと金づちで杭を打つ音が響く。

「空気抜けたら寒いから、抜けんように頼むわ。僕は火を起こす」

「隊長、了解いたしました」

 三木の指示に二十歳そこそこの長髪の兵が応じる。

「ああ、そこ何か重石でも乗っけといてくれ」

「はい」

 三木の方も地面に新聞紙を置き、飛ばないように薪を上に置いて火の魔法を唱えた。

「あれっ」

 上手く指の先から立ち上がらない。

 指がかじかんでいることもあり、数回唱えるも中々炎が出ない。

 手を擦り息を吹きかけ、指の感覚がしっかりとしてくると何だか今度は上手くいくような気になった。

「よし」

 指から少しばかりほとばしった炎は新聞紙を掠めてチロチロと炎を呼び起こした。

「消えたらマズい」

 外からの風を防ぐように手で炎を覆って、軽く息を吹きかけることにより酸素を送る。

「うわっ」

 育った炎が三木の手をつつくと、熱さで思わずのけ反る。

「ははっ」

 テントの設置を終えた兵たちが三木の元に集まる。

「火起こしありがとうございます」

「いや、気にせんといて。それよりもほらメシはよう準備しようや」

「そうですね」

 炎を纏った薪の上に置かれた金属の板の上に、薬缶や飯ごうを置くと香ばしい匂いと共に温かさが伝わってきた。

「今日は、まあ初めてやしこのスパムって缶開けようや」

 板にスパムを乗せるとジュ―という音と共に肉の焼ける匂いが充満する。

「メリアンはすげぇなあ」

 少年兵が驚きながら口にする。

「ああ、こんな肉の塊を缶詰に詰めちまう」

 三木と同じくらいの年齢のガタイのどっしりとした兵が嬉しそうに反応する。

「我が国の缶詰言うと、ミカンやらいなり寿司がせいぜいやな」

「そうですね」

 ちなみにそのミカンやいなり寿司の缶詰も持ってきていた。

「隊長」

 長髪の兵が声をかける。

「なんや?」

「モキタルの遊牧民族は何処にいるのですか?」

「んーわからん。なんせ彼らは動物のエサを求めて移動する」

 三木は首を捻る。

「遊牧の民と言うのはどのような生活を行っているのですか」

「詳しくは分からんのやが、雲のように自由に生きている人たちみたいやな」

「自由ですか」

「ああ、羨ましいこっちゃ」

 まるで何かを想像しているように三木は夜空を見上げる。

 吐き出した白い息が空気に溶け込まれていった。


 その日以降遊牧民を探す旅が続けられた。

 

 それから10日ばかり過ぎたある日。

「隊長!」

 双眼鏡を覗いていた少年兵が驚いた声を上げる。

「どないした」

「パオいやゲルがいくつか――ひいふうみい……」

「数はいい! どっちや」

「2時の方角です!」

「よし、全軍2時方角や」

「軍と言っても4人だけですよ」

「いいんや、気分や」

 目標を見つけ皆の声が弾む。

「それ、いそげ」

 しばらく進むと、ゲルが数個見えてきた。

「おお!」

 こちらの発動機の音を聞いてかゲルの入り口から人が出てきたのを遠目からでも確認できた。

「みな、愛想よくするんや。敵やと思われたら任務失敗や」

 三木は魔動歩兵の腕を高々と持ち上げ、ブンブンと手を振った。

 それを見て魔動車の3人も振れる範囲で手を振る。

「おーい」

 段々と近づくにつれはっきりとゲルが視野に収まると、三木は魔動歩兵を降り兵の方へ振り返った。

「ここで、待っててーな」

「しかし、隊長、危険では?」

「なぁに、大丈夫や」

 そう言って三木はモキタル語の辞書を高々と掲げた。

「じゃ、行ってくるで」


 三木が右手を上げて挨拶をすると、相手もそれにつられて挨拶を返す。

「こんにちは、私は翔陽の三木と言うものです。族長さんですか?」

 そう聞くと、その男は首を振り「我々は家族だけで、そのような大きな民ではない」と言う。

 三木はとりあえず言葉が通じたことに安堵し、緊張を解くために雑談を始めた。

「寒いけど、大丈夫?」

「ああ、モキタルの民は慣れっこだ」

「あの子は、お父さんの子供?」

「いやいや、あれは孫だよ」

「そう、お父さん若くない?」

「はは、嬉しいこと言うねエ」

 しばらく雑談をし意気投合した三木は、仲間を呼んで一緒に食事でもどうかと誘った。

「ああ、いいよ、食べよう」

 三木は魔歩や魔動車を近くに止め、車の荷台から喜びそうなプレゼントや色々な缶詰、そしてお酒を下ろしみなで運び込む。

「隊長、今日は飲めるんですかい?」

「ああ、みなで飲もうや。ただ目的を忘れんなや」

「はい」

「向こうさんへの迷惑は厳禁やで」

「わかっております」


 皆でダラダラとお喋りをしながら酒を飲み、色々つまみながらまたお喋りをする。

「この毛布をあげますので使ってください」

「いいのかい」

「あと、こちらのマフラーもどうぞ」

 ガタイのいい男は、子供が好きなのか、小さい子供たち相手に遊んでいる。

「飯ごうから食欲をそそる匂いが立つと、モキタルの民は興味深げにそれを見ている。

「よし、ご飯だすで、缶詰開けてーな」

 炉端にスパムを刺した串を入れ、ミカンやら桃やらの果物の缶詰、鯖や鰯そしていなり寿司の缶詰などを開け器に盛った。

「おお」

 子供たちは滅多に食べられない果物に夢中で食べ、大人たちはおっかなびっくりで色々口にしたが、スパム以外はあまり合わなかった様で頭を下げていた。

「あなたたちは、大変いい人だ、何か知りたいことがあったら聞いてくれ」

 モキタルの若い男性が赤ら顔で笑うと、みんな優しい顔で同意してくれていた。

「ありがとう。ではお言葉に甘えて……」

「何でも聞くといい」

「この辺りに、大勢の人が泊まるのに適した場所ってあるのかい」

「大勢?」

「そう、湖が近くにあったり、人が泊まれる遺跡があったり」

 三木が言い終わると、モキタルの民はみな顔を見合わせ言おうかどうか迷っていた様だが、意を決して口に出した。

「ここから北西にエナ・ホトという遺跡がある。近くに湖もある」

 三木たちはお互い嬉しそうに目配せをした。

「ただ、あそこは近づかない方がいい、少なくとも我々は近づかない」

 モキタルの民は関わりたくないのかみな目を伏せる。

「なぜ近づかないんですか」

「あそこは、伝説によると東夏の城塞都市だったのだが、南唐の軍勢に包囲され、水手を絶たれ降伏した所皆殺しにされたそうだ」

「……」

「それ以降、あそこには殺された人々の幽霊が出るそうだ」

「他に湖とか無いかな」

「それなら西にある、けれどもあまり大きくなく塩辛い」

「ありがとう、助かったよ」

「本当にエナ・ホトには近づかない方がいい」

 その長が親切心から言っていることは分かっているのだが確認はせずにいられないだろうと腹を括る。

 ただ、モキタルの人のいい彼らに心配はかけたくなかったのでそのことは黙っていた。

 

 明くる日

 

「お世話になりました」

「また、来るといい。歓迎しよう」

 そう言ったモキタルの家族に、果物の缶詰を缶切りと共に大量に渡して手を振って分かれた。

「隊長、行くんですかい?」

「ああ、行こう、そのエナ・ホトとやらに」

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