第19話 陛下行幸②

 2人急いで玄関を出ると、ちょうどお付きの衛兵が皇帝の席のトビラを開く所だった。

 パタン

 スチューザンの誇る超高級魔動車の開閉音は耳を澄ませないと殆ど聞こえず、恐らく周りも直接見ない事には気付かれないだろうと思った。

 近衛兵の長官が天高く右手を挙手すると、それを合図に憲兵、警察がサッと移動し要所を固める。

 スゥ

 2階の雨戸が少しだけ開く。

「ねえ、絹ちゃん見て見て凄いわよ」

 梢の小声が女中の絹へと伝わる。

「奥様、いけません」

 梢は振り返りニコッと笑い「大丈夫よ」と言う。

「ほらっ警備凄いわよ~」

「あっ陛下が降りてきた」

「奥様、危険です、捕まりでもしたら……」

「何言ってんの、間近で見るチャンスよ!」

 梢は絹を手招きして呼ぶが、絹は部屋の中心から恐れて動こうとしない。

「大丈夫よ! 気付いていないし」

(聞こえてるんだけどなぁ)

(まったくあの嫁は困ったもんじゃ)

(見えてないふり、見えてないふり)


 話を玄関に戻す。


 陛下が滑らないようにと近衛庁の職員が丸くまとめられた臙脂色のカーペットを玄関まで敷くと、その上に車から皇帝が足を出しゆっくりと立ち上がる。

 皇帝は視線を足元から真好の方へ上げ爽やかに微笑むと軽く頭を下げて歩き出した。

「秋川、久しいな、息災か」

「この年になりましても陛下の恩徳のお陰か大病なく生きております」

 温和に声をかける皇帝に対しうやうやしく真好は頭を下げた。

「お世辞は良い、少しばかりそちと話をしたくなってな」

「本来ならこちらから出向かなけ……」

 皇帝は言葉を制し「雪も降って来ておる。そちが体調を崩すと朕が困る」と優しく語り掛けた。

「はっ」

 近衛兵たちは、皇帝の言葉を推察し、玄関に向け素早く走ると戸に手をかけ、何時でも開けるよう待ち構える。

「本来、陛下が立ち寄るなぞ考えられないようなあばら家でございますが、多少なりとも寒を防ぐ足しにでもなりましょう」

 そう言って、家の中に入ることを促した。

「そうよな、これ以上待たせては近衛の者たちが凍えてしまう」

 といって小さく笑った。

 家の中は昨日には近衛庁ご用達のハウスキーパーが入りチリ一つなく掃除をし、そのあと失礼ながらと武器や盗聴器のチェックまで行っていき、家の中は安全と言えた。

 靴を脱ぎ家に入ると、廊下にもカーペットが敷かれており足が冷たく感じる事なしに居間まで来ることができた。

 居間に入ると、中は初夏のように暖かく、さすがの皇帝もこれには苦笑いをし「長官とそちには気を遣わせたのう」と語った。

 流石に冬服では暑く、お互いコートを脱ぐと近衛庁の給仕が持ってきたお茶を飲み、イスに腰かけた。

 緑のい草の上のテーブルは奇怪ではあるが、なかなかに維新後すぐの翔陽の様でなんだかモダンなように感じられた。

「秋川、話と言うのは――そちの孫娘の事だ」

(やはり)

 引退してかなりの時が流れている真好には新聞以上の情報が入ってこず、かといって孫たち2人が戦死したという報が無い以上生きているだろうとは考えていた。

「これは、朕が気付かなかった問題なのだが」

 そう言って言葉を少しばかり置いて話を続ける。

「女性の師団を作った話は知っておるか?」

「はい」

「朕はそちの孫娘を助けようとそれを認め、人選を軍に一任した」

「……」

「軍が上げてきたのは阿垣の娘だ。朕は軍人の血を引く娘同士それもいいと思い許可を出した」

「……新聞によると椿の参謀長は石川だったと記憶しております」

「うむ、そうだ、困ったことに阿垣と石川は仲が悪い」

 皇帝は深くため息をついた。

「軍縮以来と聞き及んでおります」

 まだ真好が軍に知己がいたころの話題なのでそこは知識としてあった。

「阿垣も有能ではあるが一筋縄ではいかぬ男故何か企んでいるやもしれぬと千州の者がみな思っているそうだ」

 どうやら派閥のようなものが出来つつあるという話のようだ。

「椿と阿垣の師団、それに対して石川と男――他の師団の男女の諍いという事でございますな?」

「うむ、そうだ、そちの孫娘が多数派なら問題なかったのだが……」

 そう言って皇帝は頭を抱えた。

(これは、私に千州へ行ってくれと言っているのでは)

 真好は椿を取り立ててくれただけでなく、結果的に上手くいかなかったとはいえ陛下が助けようと配慮してくれたことに対する恩や感謝などを感じていた。

(よし、どうせ老い先短い命だ、再び行くか! 千州へ)

 真好は口を開く。

「もしよかったら、私が参りましょう。私なら多少なりとも椿と他の師団長や参謀たちと橋渡しの役に立ちましょう」

 その言葉を聞くと皇帝は安堵して感謝の気持ちを言葉で伝えた。

「ただ、行く前にお願いがございます」

「何なりと申せ」

 幾分皇帝の声が弾む。

「私は隠居して長く、それが出てきたとなれば孫娘の肩入れと捉える者も出てきましょう」

「そこで、近衛師団の1部隊でよろしいので貸して頂きたいのです。その部隊が居れば陛下のご意思も通じるというもの」

 皇帝は真好の顔を見てにこりと笑う。

「その必要はない」

「そっ、それは」

 皇帝は驚いた真好に決意の顔を見せた。

「朕も千州まで行くからだ」

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