第3話

放課後のカフェ。

ふわふわのパンケーキから立ちのぼる甘いバターの香りと、ミルクティーの湯気が、テーブルの上を優しく包んでいた。

「──でさ、その人が助けてくれたってわけ?」

向かいの席で、美羽(みう)がストローをくわえながら、目をキラキラさせている。

「う、うん……」

葵はカップを両手で包み、ちょっと恥ずかしそうに頷いた。

「なにそれ〜! まるで少女漫画じゃん!

 “危ないところを颯爽と助けてくれた謎のイケメン”って、完全にヒーローでしょ!」

「ちょ、ちょっとやめてよ、美羽……そういうのじゃないってば!」

葵は顔を赤くしながら、ストローをくるくる回す。

「いや絶対あるって〜! ていうか、助けられた時に名前とか聞いたの?」

「……楓さん、って」

「うわ、名前までかっこいいじゃん……! なんか大人の人って感じする〜」

美羽は両手を頬に当てて、わざとらしくため息をついた。

葵は目を伏せ、そっと微笑んだ。

思い出すのは、あの夜の腕の温もり。

低くて、でもどこか懐かしい声。

「その人、年上なんでしょ?」

「うん……落ち着いてるし、ちょっと怖いときもあるけど、優しい人」

「“ちょっと怖いけど優しい”とか、一番惹かれるタイプじゃん!

 私、絶対その人のキャラソン聴きたいわ〜」

「も〜、からかわないでよ……」

葵は頬を膨らませながらも、くすっと笑った。

美羽はスマホをテーブルに置き、身を乗り出す。

「でもね、なんか変なの。

 初めて会ったのに、昔どこかで会ったことあるような気がして……」

「え、それめっちゃ気になるやつじゃん!

 記憶喪失とか、幼馴染フラグとか、そういう展開だったりして?」

「まさか……そんなわけないよ」

そう言いながらも、胸の奥が小さくざわめいた。

美羽は目を輝かせ、指を一本立てる。

「でもさ、葵。そういうのって運命の出会いって言うんだよ」

「運命……?」

「うん! ほら、私たちの好きな恋愛マンガでよくあるじゃん。

 “過去で繋がってた二人が、再会してどんどん惹かれていく”みたいな!

 もう、完全に溺愛ルート突入してる気がする〜」

葵は笑ってみせたけれど、

その言葉が心の奥に、ふわりと残った。

「……もし本当にそうだったら、ちょっと怖いかも」

「大丈夫だよ。運命って、怖いけど嬉しいものでもあるから」

美羽はそう言って、優しく笑った。

葵もつられて、少しだけ微笑む。

──その時はまだ知らなかった。

その“運命”が、

優しくて、少し切なくて、

そしてどこまでも危うく、溺れるほどに甘いものだということを。

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