普通じゃない生き方6
朝から大学の講義一発目受ける前に最悪な時間を過ごしてしまった映士はもう疲れていた。大学生活がたった一人の同級生のせいでもう一気に思い描いていたキャンパスライフが崩れて行く。映士は頭を抱えながら教室に入る。
この教室は少人数制の講義を受ける為にある教室な為、約五十人程しか座る席がない。映士は相変わらず真ん中の席に座る。
リュックサックを雑に床に置いて頭を抱えながら俯いた。せっかく整えてきたソフトモヒカンの髪をグシャグシャとかき乱していく。
『まだ今日の講義一個も受けてないのに、初っ端からあの女と鉢合わせすんのほんと…はぁ、しんど…』
ポケットに両手を突っ込みながら背もたれにもたれかかる映士。天井を見上げながらため息が止まらない。三回もため息が出てしまう。
ため息をつくと幸せが逃げるというが、ため息も出したくなるよ…自分の身の回りには友達がいても、趣味も理解されないだろうし、同級生に厄介な人物がいるし、生活面でも常に一人でこなしていかないといけないから大変だし。
考えれば考える程落ち込んで行く映士。するとそんな映士の隣の席を黙って座り込む男の子が視界に入った。
『映士君!やぁ!なんだか浮かない顔してるなぁ』
『おう、凌(りょう)。ちょっと朝から面倒な事があったんだ』
よっこらしょ!と言いながら背もたれから離れる映士。目の前のホワイトスクリーンを見つめながらぶつぶつ文句が止まらなくなった。
『あいつtopptopって言うのにリスナーからちやほやされて調子乗ってるよな…なんかエロい格好でちょっとダンスしただけでみんな画面に齧り付いてフォローしまくってよ…ちょっとリスナーに持ち上げられてイキりまくってよ…大学でも問題だって言われてんのに配信辞めないし。インフルエンサーだったら少しくらい周りの目とか考えろっつーの』
『映士君なんだか今日もあの子とあったん?話聞こかー?』
『どしばな構文やめてくれよ。俺今日来て早々からテンションだだ下がりなんだからさ』
どしばな構文とは、SNSで話題となった構文であり、男性が悩みがある女性に対して下心を持ち、女性に優しくする事によって距離を近づけようとする際に『どうしたん?話聞こか?』と相談に乗るかのようなフレーズを略したもの。
先程の『話聞こか?』がそれの真似なのだ。それを凌が映士の前で使ったのだ。
『まぁ気にしない、気にしない。映士君と一緒に講義を受けている訳じゃないんだからさ。はっはっはっ!』
隣で今の映士とは全く違うテンションで話しかけてくる男は『飯塚凌(いいつかりょう)』である。ボサボサの癖っ毛黒髪ヘアーに薄目で、顔中にぶつぶつのできものが目立つその顔は、かなり印象的だ。意外にも高身長で、178cmあるらしく、映士よりもやや身長は高い。そして太めの黒縁メガネをかけている。しかもご飯をいつも食べているのか?と思う程に細見の身体。
だが、そんな凌の身体に身を包むそのTシャツが一番目立つ。アニメ文化に興味がない映士にはわからない二次元キャラクターがプリントされた白Tシャツ。これが本当に目立つのだ。
ロングツインテールで金髪の幼い表情の女の子が親指を咥えている。恥ずかしそうな表情をしながら黒のボンテージ姿に悪魔のキャラクターについている尻尾。その尻尾が生えているお尻はもう隠しきれない程にはみ出している。そして蝙蝠の羽。後、左手に黒のハートのステッキを持っている。
なんだこのキャラクターは…よくこんなTシャツで大学に来れるなぁ…周囲の目を気にしないのか…そう言う意味ではあの愛唯という女よりも周りの目を気にしないのは、ある意味でメンタルが強い男だ。
こいつは前期の時からゼミナールが同じで、なかなかの印象的なキャラクターであり、最初はこんな服ではなかった。ごく普通の格好をしていたが、夏になった途端にこんなキャラクターのTシャツを着て来るようになり、映士の横だろうと誰だろうと平気で絡んで来る。
最初は反応に困った映士だが、先程のような明るい人物である為、悪い奴ではない。その為映士はなんの抵抗もなく接している。
『お前…相変わらずだな』
『ん?何がだい?映士君』
『いやそのTシャツだよ…お前、すげぇよな。周りの目とか気にしないのか?』
メガネをくいっとあげる凌は自身ありげな表情で映士の質問に答える。
『あー、これかい?気になる?フッ。これは、ハートラップガーデンというここ数年でネット中の男性プレイヤーから指示され続けている恋愛アドベンチャーゲームでね。前回のゲームキャラクターから更に新人のキャストが出てきたんだよ。この子はミカという子で、新人のキャストの一人さ。数ある衣装の中でもこの、ボンテージサキュバス衣装が一番人気なのだよ。だがこの子の魅力は他のキャラクターにはないドジっ子ながらも真面目にゲストの為に尽くし、例えどんな悪戯や恥ずかし目を受けても、自分のレベルの為ではなく、ゲスト達への歓びを優先しながら励む姿がキャラクター総選挙で新人ながら十名もいるキャストの中でいきなり三位に入るなど…』
『あー、わかったわかった。その子の魅力は伝わった』
こいつはこういう恋愛シュミレーションゲームやエロゲーヲタクなのだ。それに対する愛情は凄まじく、こう言ったTシャツを着てくるのはあくまで宣伝活動かつ、自分なりのオタ活を楽しんでいるだけと言う。以前もあまりにも視線が気になり危ない奴と思われるからやめておけと伝えた時酷く怒られた事があった。隠れてコソコソ一人だけで楽しむというのは、疾しいか後ろめたい考えを持つ者の行為だ。自分の好きなものなら堂々とアピールして何が悪い!と。
その意見は確かにその通りだと映士は思う。だが、やはりこんな堂々とやられると初めての人から見たらどう思われるか…
『映士君はもしかしてだが、僕がただの痛い人間であると認識しているのかい?』
またメガネをくいっと上げながら凌は言った。
『まぁ…思ってる…。今でも頭のネジ吹っ飛んでるなって』
『フッ。全く理解されないもんだな。僕はね、理解されなくても少しでも魅力を知ってくたり、興味を持ってくれるだけでも良いのさ。以前にも言ったが映士君。今や推し活と言うのは自分だけが独占するのではなく、共有していくものに変わってきている。同担拒否の人間もいるが、それは推し活としては良くないな。自分だけのものにしようだなんて、それで推しが喜ぶと思うかい?どの界隈にも好き嫌いがあるのは理解している。だが、今のご時世推し活に全てを注ぐ人がこの世界の文化を広げてくれている。例え価値観が理解されない世界があったとしても、その中で価値を見つけ推しに自分の全てを捧げたいと生きる者達がいるんだよ。それが徐々に世界に価値観が理解されていき、仲間が増える。沢山の理解者達と共に作り上げる舞台は世界を平和にする。豊かにする。何も悪い事じゃない。それに…』
『わかったわかった…』
『まだ終わってないよ!映士君!』
ほら。こんな風に話が長いから止めようとしたら急に本気の顔になってこっちに近づき怒ってくる。これを何度か受けた映士は、またか…と思いつつ話の続きを聞くのだ。
『推し活やヲタ活を恥じるのはわかる。僕も最初は知らない世界の人間をすぐには受け入れられなかった。だがいつの間にか自分にも好きな趣味が出来た。それに愛を注ぎ続けたらどうだ?君達は僕を痛い奴だと認識し続けているが、僕は全然ノーダメージさ。寧ろこれ程に堂々としている方がかえって清々しいのではないか?世間の目?一般社会から見て?何が周りがぁだ。僕は自分が好きだ!と感じるものにただ自分の愛を注が続けている。それは僕だけじゃなく、ハートラップガーデン支持者はみんなそうさ。そのお陰でこのTシャツも発売されるようになったんだ。隠れてみんなの目に映らないように推し活やヲタ活などして、それでその世界を本当に愛していると思えるかい?本当はそんな人間、自分の事ばかり考えているのであって、本当の推し活やヲタ活なんてしていないんじゃないだろうか?その世界を救う事ができるのは、堂々と好きだ!と周りに断言でき、公の場だろうがどこだろうがアピールする事が出来る程の器がある人間だ。世間は周りの目を気にしながら自分達の好きな事に愛をたっぷり捧げる程の器のある人間がどれだけいるのか。今の世の中に足りないのは…愛だよ。愛!』
ハートマークを手で作りながら映士に訴えて来た。
だがやはり凌の話を聞くと映士も頷いてしまう所はある。
みんなの目に映らない所で推し活やヲタ活をしている…。まさに今の映士だ。
映士の特撮ヒーロー好きは公に言える自信がない。今まで色んな人に出会ったが、周りは受け入れてくれない人達ばかりであり、言った所で理解されないと思いながら公言出来なかった。その考えがずっと染み付いている映士は、凌には敵わないと感じている。
自分も凌のような器の大きい人間だったら良かった…。そう感じている。
そしてこの凌という男はその器が大きいから何事においてもクヨクヨせず明るく居られるんだろうなと少し見習った。
『愛…器ねぇ…』
凌が熱いメッセージを言い終わった後、カバンからノートとボールペンを取り出した。それを見て映士も自分の器の小ささを感じながらノートとペンをリュックから取り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます