20 日本へようこそ女騎士さん


「ルカ~、両手塞がってるから代わりに鍵開けてくれ~」


「ん」


 ――ガチャ。


 本日は貴重な休日。

 日に日に激しさを増す日射で額を濡らしながら、スーパーマーケットで食材を買い込んで、以前のほぼ2倍の重さとなったビニール袋の重さに耐えながら、なんとか帰宅を果たしたのであった。


 ルカのやつ、華奢な見た目して成人男性の俺と同じくらい食うからな……。

 高騰はなはだしい米の消費も凄まじい。


「(やっぱ米は通販で買うか……? でもスーパーの方が安いんだよな……)」


 パンパンになったビニールを床に置き、パンパンになった両腕を労わっていると――ルカは玄関と居間の境界線上で立ち尽くしていた。


「ん。たいよう、スマホ貸して」


「帰宅してすぐYouTubeかよ」


「違う。不法侵入者。警察に通報する」


「…………は?」


 ルカの頭の上から居間を覗き込む。


 そこには――



「すまない太陽殿。邪魔させてもらっている」



 ――長い金髪をポニーテールに結び、プレートメイルで全身を武装した美女。



 異世界の女騎士――マルガレーテがいた。



***



「巫女様、息災でございますか」


「ん」


 冬はこたつにしているローテーブルを挟んだ向かい側。

 マルガレーテは綺麗な正座で、背筋を伸ばして座っていた。

 テーブルの上には、麦茶入りのグラスが3つ置かれている。


 挟んで向かい側には、俺とルカが並んで座っている。

 なんか家庭訪問みたいな構図だな。


「ん。なんでいるの?」


 ルカはそっけない程度で開口する。

 なんでちょっと嫌そうな顔なんだよ。


 彼女はルカにとって乳母みたいなもんだろ。

 さっきも躊躇なく通報しようとしてたし。


「こちらをお届けに参った次第です」


 マルガレーテはそう言うと、ローテーブルの上に首輪を置いた。

 ルカが溜め込んだ魔力の漏洩を防ぐために装着している首輪と、ほぼ同じデザインの首輪だ。


「あー。あの時のか」


 ルカの魔力が順調に蓄積されてきたので、より強力な首輪を注文したのを思い出す。

 あの時は大変だった……。


 即席の手錠をルカにはめたタイミングで妹が襲来してきて、児童誘拐を疑われたからなぁ。

 まあ、不法入国者を匿っているのは事実なので、なんらかの罪を犯していることは否定できないのだが……。


 マルガレーテは頼まれていた首輪を届けるために、ゲートを繋げてこちらの世界にやってきたが、俺達が外出中で不在だったため、帰ってくるまで待機していた――とのことだった。


 トイレをチェックすると、便器がまだら色に輝いていた。

 だからなんで座標がいつも便器の上なんだよ……。


「ん。たいよう、つけて」


「おう」


 カチャカチャと、顎をあげるルカに新しい首輪を装着してやる。

 代わりに、先日からブレスレットのように装着している手錠を外してやる。

 これでしばらくは魔力が暴走することもなくなるだろう。


「ん。あっちの世界の様子はどう?」


「はい。我ら人類軍の奮闘のかいあり、一時的に魔王軍を退けることに成功しました。とはいえ未だ油断はできない戦況です。今もなお戦線を挟んで睨み合いが続いております」


「おお。凄いな」


「それで久々に時間を取ることが出来たため、こうして巫女様の様子を見に来た次第でございます」


 マルガレーテはルカの近衛隊長だけでなく、対魔物軍の総指揮官も任されている多忙な身だと聞いたが、こうしてゆっくりと俺達の帰りを待てる程度には、戦況は落ち着いているとみていいのだろう。


「ゴホン……して、太陽殿……ハァハァ……すまぬが半日程席を外して貰えぬか。貴殿が巫女様を庇護する役割を……ハァハァ……十全に全うできているか、巫女様から細かく報告して貰いのだが、貴殿が隣にいては巫女様も話にくいと思われる故……ハァハァ」


 と――言っているマルガレーテだが。

 白人のように白い頬は朱に染まり、やらしい目でルカを舐めまわすように見ているのは、夏の暑さだけが原因ではないだろう。


 主を守る騎士の目ではない。

 獲物を狩る獣の目だ……。


「まぁ、マルガレーテがまとまった時間が取れる機会もそうそうないだろう。主従水入らずというやつだ、俺は外で時間潰してくるから、2人はゆっくり話してくれ」


「うむ。太陽殿もたまには1人の時間もあった方が気が休まるだろう。巫女様のことは私に任せてくれ……ハァハァ」


 と――言っているが……。

 その目は明らかに「邪魔者はさっさと去れ!」という批難の目をしていた。


「ん。たいよう……行っちゃうの?」


「マルガレーテと積もる話もあるだろう。俺はちょっと外ブラブラしてるからよ」


「ん。積もる話……ない」


 そう言うとルカは、俺を逃がさないと言わんばかりに、腕にしがみついて俺を引き留めてくる。

 仕事に行く飼い主を引き留める猫みたいだな……。


「巫女様!?」


 赤ん坊の頃から面倒を見てきた自分より、つい最近流れで世話を任されただけの俺の方に懐いている光景に、マルガレーテはショックを受けていた。

 綺麗に背筋を伸ばした正座が崩れて、畳の上でしなだれている。


 の、脳が破壊されている……。


「な、なぜ私よりもこんな男を……」


「ん。日頃の行い」


「わ、私は常に巫女様の身を案じているというのに……!」


「ん。たいよう、ぼくをエッチな目で見ない。マルガレーテ、エッチな目で見てくる」


「何を仰いますか!? このマルガレーテ、神官長並びに近衛長として、巫女様を性的な目で見たことなど、ただの1度も……!!」


「ん。ぼくが普段着てる服」


「おひょおおおおおおお!! くんくんくんくん!! はぁ~~~~お゛~~~~ギく~~~~///」


https://kakuyomu.jp/users/nasubi163183/news/822139841996738257



 ルカはそういうと――ぽい。

 壁のハンガーにかけてある、白いワンピースをマルガレーテに向かって投げる。


 フリスビーをキャッチする犬みたいな、見事な挙動でそれをキャッチすると、高い鼻に押し付けて匂いを嗅ぎ始めた。


 ヤバい薬をやっている中毒者と同じ目をしている……。


「ほら」


「はっ!? これは違いますぞ!! しばらく巫女様の匂いを嗅いでなかったので禁断症状のせいで……!」


 どう違うんだよ。

 どう見ても現行犯だよ。


 ちょいちょいマルガレーテの奇行エピソードを聞かされていたが、実際に目の当たりにすると……やっぱドン引きだ。


「ルカ……よくこんなショタコン女と一緒にいて、これまで無事だったな……」


「うう……巫女様ぁ……信じてください……!」


 マルガレーテは親愛なるルカに拒絶されたことで、ローテーブルの上に項垂れ、水溜まりのような量の涙を流している。

 確かに日頃の行いが悪いのは確かだが、ちょっと可哀想になってきたな……。


 明らかにルカを性的な目で見ているマルガレーテとルカを2人っきりにするのは、保護者としていささか心配ではある。


 だが――マルガレーテは向こうの世界ではルカの世話役としてしっかりと役目を全うしていた実績もある。

 色々とストレスや心労も溜め込んで奇行に走ってしまうのも、仕方のないことかもしれない。


 実際マルガレーテの奮闘によって、向こうの世界はギリギリの所で魔王の進行を食い止められている訳だし、ちょっとは労ってやってもいいんじゃないか?


 俺なんかよりよっぽど長い間ルカと共に同じ時間を過ごしているのだ。

 多少のセクハラはあるかもしれないが、超えてはいけないラインを逸脱する淫行に及ぶことはないだろう……多分。


「ルカ、たまには部下を労わってやれ」


「ん。たいようが……言うなら」


 ルカは渋々といった表情だが、俺のから離れる。


「流石は太陽殿! 話が分かる! やはり貴殿に巫女様を任せて正解だった! 私の目に狂いはなかったようだ!」


 急に元気になる女騎士。

 調子のいい奴だな……。



 という訳で……。

 女騎士襲来編――――次回へ続く!

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