二人で一緒に、地獄に行こうよ。
桐沢清玄
#01 地獄でもカレーはうまい
私、
中二のとき、ちょっとやらかして不登校。で、適応障害。
母親は専業主婦。父親はそこそこ有名な政治家で、兄貴が二人。上が医者で、下が弁護士。
……ああ、私? もちろん底辺まっしぐら。
家にお金はあるから、地元から遠く離れた場所で高校に通わせてもらってる。
まあ、いわゆる──不良の吹き溜まりみたいなところ。意外に居心地が良くて、あっという間に高校三年。
「真咲ぃ、古文のノート写さして」
「ん」
お昼ご飯を食べてぼーっとしていると、前の席の女子に話しかけられた。
私は制服のブレザーを開いて、指定ブラウスの胸ポケットを空いた指で指し示す。
なんか知らんけど、この子は一年の頃からずっと同じクラスだ。
……そうそう、それで──っておい。
「おいこら。乳を揉むな、乳を」
「いや、急に突き出されたら揉むっしょ。……なーんて、分かってるって!」
いつものように、胸ポケットに突っ込まれた飴玉。
ノートを渡して取引成立。
「毎度ー」
「ひょっひょっひょ。お主もワルよのう」
「いや、ワルなのは授業まともに受けてないあんたでしょ」
「だってさあ、ウチには夢があるし! 勉強とかやってらんないんだよねー」
「よっ! 未来の大作家! 今のうちにサインもらっとくかあ」
この子、意外に硬派なミステリー小説書いてるからギャップに驚く。
しかも、ちゃんと面白い。
高校を卒業した後は家の仕事を手伝いながら、コンテストに応募して作家デビューを目指すらしい。親も応援してるとか。
(……いいね、夢があって。頑張れ、若人)
自分のことは棚に上げて、きらきらした同級生を眺めていた。
私はそういうの、特に無いからね。というか、もう無理っしょ。
多分このまま、なんとなく生きていくんだろうな。
放課後。夢追い人のクラスメイトと一緒に、駅前のファストフード店でポテトとコーラを楽しんでいた。高校生にとっちゃ結構な出費だけど、私にとっては別に痛くない金額だ。親の金、最高。
「いつも悪いねぇ、真咲」
「ん? 別にいいっしょ、これくらい。それと別に誰にでも奢るわけじゃなく、頑張ってるあんただから奢ってんの。食っとけ食っとけ」
「あざっす。ごちになりまーす! ……あっ、山崎さんだ」
お店の窓から、見知った顔。幼馴染みの
見知らぬおっさんと、制服姿のまま楽しげに話していた。
明らかに、女子高生が持っちゃいけない“女”の雰囲気。
それが、ガラス越しでも伝わってくる。
私が不登校になって、適応障害の診断を受けるきっかけになった人物。
といっても、彼女が私に何かをしたわけじゃない。
むしろ七海は被害者で、そんな彼女を救おうと世間知らずの私が先走っただけ。
その結果、色々と騒ぎになった。
それで、二人でこの町に逃げてきたって感じ。
私と七海は同じマンションで暮らしていて、毎月の家賃は父親が出している。
学校じゃ他人みたいに振る舞ってるけど、マンションの部屋は隣同士。
ご近所付き合いは普通にある。
『環境を改善または変えることが、最も効果的な治療法』
専門家の言葉って、だいたいこんなもん。
精神疾患なんて、よく分かってないくせに。
でもまあ、“無難な対応策”としては正しいんだろう。
娘の適応障害の治療と、七海への罪滅ぼし。
その両方のために、今の暮らしは用意された。
「うわわっ、山崎さんマジ? 制服のままそれは、ちょっと大胆すぎるでしょー。お手々つないでからの……おおっとそっちの方角は、そういう感じのアレがありますなあ」
「楽しそうに実況すんな」
「だってさあ。……確か、小さい弟さんと妹さんがいるんだよね? 元々片親で、その片方が蒸発したらしいから、しょうがないかもしれないけど……」
「……まあ、色々大変なんだろうね」
七海は周りに対して、自分の境遇を意図的に話している。
おっさん受けを狙ってギャルっぽい見た目にしてるけど、かなり計算高い性格。
弟と妹を養ってるんだから、そりゃそうなる。
(同情してもらえるし、知人に“そういう現場”を見られても告げ口されないようにって感じなんだろうけどね。もちろん、おっさんからは多めの報酬も期待出来る)
──何なんだよ、このクソみたいな世の中。
私が病気になってまでやったこと、何の意味もねえじゃん。
……いや。中学の頃は、アホな先輩男子が七海を使って金儲けしようとしてた。
それに比べたら、今はマシになったのかもしれない。
でも、七海だって傷ついてる。
あんなの、地獄だよ。
ペシミズムとニヒリズムに浸っていると、スマホの通知音。
七海からだ。あいつ、おっさんと会う片手間に連絡してきやがった。
『やっほー、真咲ちゃん。
今晩はカレーだから、ちゃんとお腹空かせといてね♥
それと、わたしが帰るまで弟と妹のことヨロシク!!』
カレーか。なら、しょうがない。
友人との駄弁りを早々に切り上げて帰宅した。
七海の弟妹は二人とも小学生だから、それほど手も掛からない。
口の中でカレーのスパイスを想像しつつ、小学生とのレースゲームに付き合った。
……なあ、ガキども。お姉さん虐めて楽しいか?
動画見てショートカットの練習すんの止めろ、頼むから。
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