二人で一緒に、地獄に行こうよ。

桐沢清玄

#01 地獄でもカレーはうまい

 私、照井真咲てるいまさき。十八歳。

 中二のとき、ちょっとやらかして不登校。で、適応障害。

 母親は専業主婦。父親はそこそこ有名な政治家で、兄貴が二人。上が医者で、下が弁護士。


 ……ああ、私? もちろん底辺まっしぐら。


 家にお金はあるから、地元から遠く離れた場所で高校に通わせてもらってる。

 まあ、いわゆる──不良の吹き溜まりみたいなところ。意外に居心地が良くて、あっという間に高校三年。


「真咲ぃ、古文のノート写さして」


「ん」


 お昼ご飯を食べてぼーっとしていると、前の席の女子に話しかけられた。

 私は制服のブレザーを開いて、指定ブラウスの胸ポケットを空いた指で指し示す。

 なんか知らんけど、この子は一年の頃からずっと同じクラスだ。


 ……そうそう、それで──っておい。


「おいこら。乳を揉むな、乳を」


「いや、急に突き出されたら揉むっしょ。……なーんて、分かってるって!」


 いつものように、胸ポケットに突っ込まれた飴玉。

 ノートを渡して取引成立。


「毎度ー」


「ひょっひょっひょ。お主もワルよのう」


「いや、ワルなのは授業まともに受けてないあんたでしょ」


「だってさあ、ウチには夢があるし! 勉強とかやってらんないんだよねー」


「よっ! 未来の大作家! 今のうちにサインもらっとくかあ」


 この子、意外に硬派なミステリー小説書いてるからギャップに驚く。

 しかも、ちゃんと面白い。

 高校を卒業した後は家の仕事を手伝いながら、コンテストに応募して作家デビューを目指すらしい。親も応援してるとか。


(……いいね、夢があって。頑張れ、若人)


 自分のことは棚に上げて、きらきらした同級生を眺めていた。

 私はそういうの、特に無いからね。というか、もう無理っしょ。

 多分このまま、なんとなく生きていくんだろうな。




 放課後。夢追い人のクラスメイトと一緒に、駅前のファストフード店でポテトとコーラを楽しんでいた。高校生にとっちゃ結構な出費だけど、私にとっては別に痛くない金額だ。親の金、最高。


「いつも悪いねぇ、真咲」


「ん? 別にいいっしょ、これくらい。それと別に誰にでも奢るわけじゃなく、頑張ってるあんただから奢ってんの。食っとけ食っとけ」


「あざっす。ごちになりまーす! ……あっ、山崎さんだ」


 お店の窓から、見知った顔。幼馴染みの山崎七海やまざきななみ

 見知らぬおっさんと、制服姿のまま楽しげに話していた。

 明らかに、女子高生が持っちゃいけない“女”の雰囲気。

 それが、ガラス越しでも伝わってくる。


 私が不登校になって、適応障害の診断を受けるきっかけになった人物。

 といっても、彼女が私に何かをしたわけじゃない。


 むしろ七海は被害者で、そんな彼女を救おうと世間知らずの私が先走っただけ。

 その結果、色々と騒ぎになった。

 それで、二人でこの町に逃げてきたって感じ。

 

 私と七海は同じマンションで暮らしていて、毎月の家賃は父親が出している。

 学校じゃ他人みたいに振る舞ってるけど、マンションの部屋は隣同士。

 ご近所付き合いは普通にある。


『環境を改善または変えることが、最も効果的な治療法』


 専門家の言葉って、だいたいこんなもん。

 精神疾患なんて、よく分かってないくせに。

 でもまあ、“無難な対応策”としては正しいんだろう。


 娘の適応障害の治療と、七海への罪滅ぼし。

 その両方のために、今の暮らしは用意された。

 

「うわわっ、山崎さんマジ? 制服のままそれは、ちょっと大胆すぎるでしょー。お手々つないでからの……おおっとそっちの方角は、そういう感じのアレがありますなあ」


「楽しそうに実況すんな」


「だってさあ。……確か、小さい弟さんと妹さんがいるんだよね? 元々片親で、その片方が蒸発したらしいから、しょうがないかもしれないけど……」


「……まあ、色々大変なんだろうね」


 七海は周りに対して、自分の境遇を意図的に話している。

 おっさん受けを狙ってギャルっぽい見た目にしてるけど、かなり計算高い性格。

 弟と妹を養ってるんだから、そりゃそうなる。


(同情してもらえるし、知人に“そういう現場”を見られても告げ口されないようにって感じなんだろうけどね。もちろん、おっさんからは多めの報酬も期待出来る)


 ──何なんだよ、このクソみたいな世の中。

 私が病気になってまでやったこと、何の意味もねえじゃん。


 ……いや。中学の頃は、アホな先輩男子が七海を使って金儲けしようとしてた。

 それに比べたら、今はマシになったのかもしれない。


 でも、七海だって傷ついてる。

 あんなの、地獄だよ。


 ペシミズムとニヒリズムに浸っていると、スマホの通知音。

 七海からだ。あいつ、おっさんと会う片手間に連絡してきやがった。


『やっほー、真咲ちゃん。

今晩はカレーだから、ちゃんとお腹空かせといてね♥

それと、わたしが帰るまで弟と妹のことヨロシク!!』


 カレーか。なら、しょうがない。


 友人との駄弁りを早々に切り上げて帰宅した。

 七海の弟妹は二人とも小学生だから、それほど手も掛からない。

 口の中でカレーのスパイスを想像しつつ、小学生とのレースゲームに付き合った。


 ……なあ、ガキども。お姉さん虐めて楽しいか?

 動画見てショートカットの練習すんの止めろ、頼むから。

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