#02 週末はお出かけ

「ふいー、食った食った。余は満足じゃ」


 七海に夕飯をお世話になる場合、七海家の三人と一緒に食べるとか、そういうわけでもなく。

 いつも一人分の食事を私の部屋に持ってきてもらい、一人で食べている。


 マンションの部屋は隣だし、そこまで手間ってこともないだろう。

 で、私の抵抗むなしく、七海が台所のシンクで皿まで洗っている。

 勘弁してくれよ、これじゃ亭主関白みたいじゃん。


「ふふっ。真咲ちゃん、普段は少食なのにカレーだとたくさん食べるから面白いね」


 手早く洗い物を済ませた七海は、私の膝に頭を乗せた。

 この時間の為にクソでかいソファを買ったのだが、引っ越しの際に業者の皆さんが苦労するのは確実だ。ごめんよ。


「ねえ、真咲ちゃん。今日も疲れた〜。いい子いい子して」


「はいはい、いい子いい子」


「あ゛あ゛あ゛あ゛〜」


 頭を撫でてやると、一番風呂に入ったおっさんみたいになった。

 ……私もお風呂入る時、割とそんな声出してるわ。


「一応、気を利かせてショートパンツ履いてるけどさ。もう秋だし、今度からジャージでいい?」


「やだ。ジャージだと太ももの感触が楽しめないじゃん。足綺麗なんだし、外でも履けば?」


「風邪引くっつうの。それに、私なんかが似合わないでしょ」


「ふーん、まあそれならそれで。わたしだけがこの太ももの味を知ってるわけだし」


「……きも」


「ぼそって言うのやめてね、普通に傷つくから。……ふー、ちょっとぶりぶりしてくるね」


 カレー食った後にうんこの話すんなよ……。


 女子校生の名誉を守るため、言っておこう。

 私たちは排泄なんかしない、してはいけないのだ。


 ……これでいいか? 女子校生に夢見る異常者ども。


 トイレに宝石か何かを放出しに行った七海を見送ったあと、ネットニュースを適当に読みあさった。


 もはや社会から爪弾きされる存在となった私にとって、意味の無い行為。

 それでもやってしまうのは、結局私が寂しがり屋だからなんだろうね。

 社会との繋がりを、手放したくないから。


 ──やだやだ、未練がましくて。


 ……んん?

 あれ、今のって。


 ソファに置きっぱなしだった、七海のスマホ。

 通知音が鳴って、反射的に視線が向いた。


 画面に表示された名前は──

 私の父親だった。


(……何、あいつ。私には全然連絡よこさないのに、なんで七海と連絡とってんの?)


 ──いやいや。

 

 ……流石に、それは無いでしょ。だって、政治家だし。

 子供の頃、私に対して『正しく生きなさい』とか言ってたしね。


(……駄目だ。他人のスマホだぞ? っていうか七海のやつ、なんでスリープ時間こんな長くしてんだ……)


 ああ、これじゃ見てくれって言われてるみたいで──

 ……ごめん七海、メールの件名だけ!!


『仕事でそっちに出張。週末、あの喫茶店で』


『寂しい。早く会いたいなー』


『弟くんと妹ちゃんは元気?』


『凄く良かった、ありがとう』


『最近、忙しくて大変だよ』


 トイレで水が流れる音を聞いて、すぐにスマホを置いた。

 頭の中が真っ白になって、すぐ真っ黒になった。


 七海はスマホを手に取り、何かを確認。

 いつもの顔だった。


「あっ。そういえば週末、用事があるんだよね。悪いんだけど真咲ちゃん、うちの弟妹のこと頼める?」


「……あ、ああ、うん。いつもお世話になってるし、全然いいよ」


「ありがと。その日は夕飯の時間までには帰るから、みんなでハンバーグ作ろうね! 真咲ちゃんも好きだもんね、ハンバーグ」


「うん、いいね。楽しみ」


 それからしばらくして、七海は帰った。

 一人になった私はベッドに潜って、頭を抱えていた。

 

 ──やばい、薬飲まないと。 

 色んな感情が頭の中で、ピンボールみたいに跳ね回ってる。


(いつから、そんな関係だったの? どっちから誘ったの? 私のこと、馬鹿にしてる? 避妊具は? 金銭のやり取りは? 母親はこのこと、知らないよね? 兄貴たちは? 私の人生って何だったの? 七海の通帳の残高、どうなってる? いつまでこんなこと続けるの? っていうかみんな、やっぱり私のこと馬鹿にしてるよね? ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ痛い痛い痛い頭がががががががががががががががが)


 机の上の薬を乱暴にむしり取り、呑み込んだ。

 ペットボトルの水も、全て飲み干す。


 落ち着くまで、丸くなっていた。


「ふーーっ、ふーーっ、ふーーっ、ふーーっ! ……なんで、なんで、なんでぇ……っ!」


 なんで、私が泣かなくちゃいけないんだよ。

 間違ってるのは、あんたたちだろ。

 なんにも悪いことしてないじゃん、私。


「死ね。みんな死ね。いや、私が死ねよ」


 散々泣いて、頭の中は空っぽになった。

 はあ、すっきりした。

 

 ──ああ、そうだよね。私が死ぬ必要なんか無いんだ。


 でも、今までの自分は殺さないと。

 だって私ばっかり苦しんで、不公平でしょ?

 つうか、あほらしいわ。もう。


 ベッドから立ち上がって、部屋の明かりを付けた。

 クローゼットと箪笥を漁り、お出かけ用のコーデを色々試す。


「……しょうがないから、ショートパンツでも履くか。週末、楽しみだなあ」

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