第九章:正常に保存されました。



雑務をこなしている間も、凛の言葉が頭のどこかにこびりついて離れない。


「明日、禊ぎの滝の、一番上で待っています。私に『新しい人生への言葉』をかけてください」


──まったく、どうしてこう面倒な女に引っかかるんだろうな、俺は。


信者どもの声も、今日はやけに遠く聞こえる。


「神子様、先日ご相談した家内の病気ですが……」

「ああ、それはきっと良い方向に向かうよ。信じて待て」


適当に言葉を返すだけで、誰もがありがたがって頭を下げる。


何が神子様だよ、滑稽すぎる。


でも、凛だけはちっとも俺を拝まない。

ただ、冷静な目で、獲物を見る猫のように俺を追っている。そんな気がして、イラつく。


夜になっても、部屋の片隅に重苦しい沈黙が残ったままだった。



~~~



本堂の裏庭で、凛が服を洗い、長い髪を丁寧に梳かしているのを見かけた。


「……何やってんだ」


思わず声をかけると、凛は振り返って、まっすぐに俺を見た。


「明日が、[セーブポイント]だから」


「……」


冗談みたいなセリフだ。でも、何も返せなかった。


俺は、ただ黙ってその場を離れるしかなかった。



~~~



部屋に戻り、白と金の衣装を脱いでベッドに沈み込む。


「……馬鹿馬鹿しい」


そう言いながらも、眠れなかった。

長い髪を解き、左耳のピアスをいじる。

──俺は、明日も“神子様”をやりきるしかないのか。



夜が更けていく。

本当は明日のことなんてどうでもいいはずだった。

それなのに、どこかで“終わってほしくない”と願っている自分がいるのが気持ち悪い。



「……明日で全部終わる。もう面倒なことはごめんだ」



そう呟いて、目を閉じる。

そのくせ、胸のどこかで小さな不安が燻り続けていた。

凛の顔も、声も、離れてくれない。



何度も寝返りを打ちながら、いつしか意識は薄れていった。

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