ようこそティレナへ

 ティレナ自由新聞 特別号

 発行日:不明/筆者:セリア・ヴァレンタ


「世界の縫い目で、今日も誰かが夢を売る」


『ようこそ、境界都市ティレナへ』


 ――ようこそ、ティレナへ。

 世界が間違って重なってしまった結果、偶然できあがった街。

 地図の上では“共同管理地帯”なんて立派な名前がついているけれど、現地人に言わせれば――「責任の押し付け合いの果て」だ。


 西はアーヴェリス王国、東は日本。

 その真ん中、誰のものでもない土地。

 銃と魔法と欲望が同じ通貨で取引される街――それが、私たちのティレナ。


『ヤシロ・クォータ――理性の街』


 東側、日本街区。

 ここは「異世界に最も近く、最も安全で退屈な場所」


 ビルの窓には魔除けの符、道路にはドローンとゴーレムが並んで警戒中。

 研究者は魔導鉱石を覗き込み、AI端末は「境界科学フォーラム開催中」の広告を流す。


 小さな神社の鈴を鳴らす人々は、たぶん皆、同じ祈りを持っている。

 ――“無事に明日がやってきますように”。


 ここでは「安全第一」が合言葉。

 けれどね、この街でいちばん危険なのは、“安全だと思い込むこと”なのよ。


『ティレナ――自由と混沌の街』


 街の中心、《ザ・ランプ》市場。

 昼でも灯りが消えない露店街では、魔獣の角と日本製ラーメン鍋が同じ棚に並ぶ。

 エルフがスマホで音楽を聴き、獣人の荷馬車を軽トラが追い抜く――そんな日常だ。


 空には輸送ギルドの飛行船とドローン。

 通りには「護衛三名急募」「異世界FIRE歓迎! 日本語可」なんて看板が並ぶ。


 夜になると、街は別の顔を見せる。

 酒と煙と金の匂い。

 娼館の看板にはアニメキャラ。

 魔導灯の光が彼女たちの頬を照らす――そう、ここでは神も法律も、“失業中”なの。


『サンク・アルセリオ――信仰と誇りの街』


 西の街区、アーヴェリスの香りが濃い場所。

 石畳の上では馬車が軋み、鐘楼が響く。


 貴族が住み、学者と詩人が議論し、外交官が笑顔の下で計算をしている。

 聖堂の隣には大学。信仰と理性が並んで立つ――まるでこの街そのものね。


 いま貴族の間では“日本式庭園”が流行中。

 石灯籠と桜の造花を並べて「侘び寂びですのよ」と言うけれど、あの金のかけ方を見ると、どう見ても“バブリー”だわ。


 優雅で上品。けれどその笑顔の裏では、刃がいつでも抜けるように磨かれている。


『ティレナ中央鉄道――縫い目を走る線』


 東の理性と西の信仰を結ぶ、一本の鉄路。

 《ティレナ中央鉄道》――かつては「友好の架け橋」と呼ばれた。


 今では貴族と官僚の幽霊船。

 誰もティレナの地に降りず、列車の窓から街を一瞥して通り過ぎる。


 貨車に積まれるのは、金になるものばかり。

 製紙、民間ライフル、魔導鉱石、薬草、そして――時々、人間。


 この街の地下まで響く鉄の轟音は、交易の鼓動であり、搾取の心音でもある。

 市民はそれを「幽霊列車」と呼ぶ。

 “自由の街を走り抜ける、安全圏の金ピカ亡霊”。


『アンダードレイ――地の底の街』


 地上が夢なら、地下はその“夢の墓場”だ。

 狭い階段を降りれば、空気は鉄と血の匂いに変わる。

 難民、変異者、実験体――みんな、行き場をなくしてここに落ちる。


 街の心臓“禁術炉”が、今も低く唸っている。

 誰が作り、誰が止めるのか。誰も知らない。

 ただ、誰もあれには近づかない。命知らずの盗賊だってね。


 ここでは希望すら商品だ。

 薬も、命も、詩も、値札がつく。

 それでも、時々――この暗闇でだけ、奇跡みたいに綺麗な愛が咲くことがある。


『エピローグ――街の呼吸』


 理性、信仰、混沌。

 三つが同時に呼吸しているのが、この街。


 富を求める者、知を求める者、逃げ場を求める者。

 みんなティレナにやってきて、ほとんどが何かを失って去っていく。


 でも、不思議と帰る人は少ない。

 “自由”という毒は、いちど味わうと癖になるから。


 ――ここは、世界の縫い目。

 神々が見落とした隙間に、人間が住み着いた街。


 今日も鐘が鳴り、煙と光が交錯する。

 ようこそ、ティレナへ。

 この街では、あなたの夢も罪も、両方まとめて買い取ってくれますよ。



 記:セリア・ヴァレンタ(ティレナ自由新聞 記者)


 真実なんて、ここでは通貨のひとつにすぎない。

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