異世界シェイク

 夕焼けが、校舎の壁を血みたいに染めていた。

 部活を終えた生徒たちがぞろぞろと出ていく。

 ユウはその流れを横目に、校門の横のベンチでスマホをいじっていた。

 風に土と汗と芝の匂いが混じる。


 最近、放課後のこの時間が“日常”になっていた。

 美月の部活が終わるのを待つのが、もう当たり前。

 昔は病弱で運動なんてできなかった妹が、今じゃテニス部のエース候補。

 この世界は壊れたけど、代わりに手に入れたものもある。


 夕陽を背に、美月が駆けてきた。

 手にしたラケットケースをぶんぶん振り回しながら、笑顔で。

「お待たせ~! 今日、ダブルス勝ったよ!」

 頬は上気して赤く、額に光る汗が、ジャージの襟足に張り付いた髪を濡らしている。

 その健康的な輝きに、ユウは思う。

(俺が下校する生徒にジロジロ見られてるときに……健康的に汗流しやがって)

 声に出さないあたりが、兄の理性だった。


「ねぇお兄ちゃん、帰りハンバーガーやさん行こ?」

「……は?」

「期間限定なんだよ、“異世界フルーツシェイク”。これ逃したら一生後悔するやつ!」

「お前、異世界の味って言葉に弱すぎない?」

「だってロマンじゃん。あと疲れたし糖分ほしいし!」


 結局、抵抗する間もなく連行された。

 店の前には“E-World Selection”と書かれた派手なポスター。

 ピンク色の果実と、虹色に光る氷。

 店員が「異界産素材の混入率は安全基準内です」と微笑む。

 この国は、そんな言葉が通じる国になってしまった。


 席につくと、美月は嬉しそうにストローを刺していた。

「ん~っ、おいしい! ちゃんと果物の味するよ!」

「そりゃ果物だろ」

「異世界の、ね!」

「はいはい」


 無邪気に笑う顔を見ていたら、つい出来心が出た。

 一口、奪ってみた。

「ちょっ、お兄ちゃん!?」

「おお……」

 甘い。けど、普通の甘さじゃない。

 舌に残る微かな苦みと、ほのかに発光する透明な粒。

 後味に、“知らない世界の風”が混じっている。


「ね、言ったでしょ!」

「……ああ。確かに、悪くない」

 シェイクのカップ越しに、街の光が揺れる。

 装甲車のライトと、広告のホログラムと、店の看板が同じ空に共存している。

 それが、この世界の日常だった。


 ふと、美月が言う。

「ねぇ、お兄ちゃん」

「ん?」

「世界ってさ、ちょっと混ざったくらいが、ちょうどいいのかもね」

「……どうだろうな」

 ユウは空を見上げた。

 滲んだ北の空に、あの日の“裂け目”がまだ、ぼんやりと光っていた。


 それでも、人は生きている。

 笑って、食べて、くだらない話をしている。

 異世界と融合した日常――案外、悪くないかもしれない。


 ユウは、もう一口シェイクを奪った。

(この甘い毒みたいに。俺たちはもう、なしじゃ生きられないのかもしれないな)

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