第30話:War in the fiction


 さて、ここまでの話に着いて来てこれているかな? 良かった、君は頭の良い人なんだね。来るべきナヴァロンの闘争を迎え、ボクの友人ウィラードは帰還したレオパルド・スランジバックの虚飾を剥いだ。勿論その結果は偽物だったとさ。


 では、場面転換だ。舞台はウィラードが偽物と合い間見えた直後、一仕事を終えてウィラードが中枢に戻って来た場面だ。ボクはと言えば何とか偽物と合流しようとするグラハム達を戦闘員を動員し追い立てていた所だった。


「いたか、妖怪」


 ウィラードは何の感情もなくボクに向かってそう呟いた。


「やぁ、ウィラード。結果はどうだった? 真贋の程は?」

「この俺を見てワザワザそれを聞くのだから、貴様は良い性格をしてるな妖怪」

「良く言われるよ。それでどうだったんだい?」

「力を使えば良いだろう。貴様なら心でも脳でも好きに読める筈だ」


 彼は煩わしそうにそう言った。正直彼の発言にはちょっと怒りそうになったが、怒りは飲み込んだよ。この日の主役は彼だったしね。


「確かにボクはやろうと思えば君の心を読む事は出来る。――でも、それだと情緒がない。心というのは言葉にするからこそ意味や価値も生まれるのさ。この戦争の駄賃だ、それ位聞かせてくれても良いだろう。……故にウィラード教えてくれ、アレの正体は結局なんだったんだい?」


 考えを読むという力はコミュニケーションにおいて怠慢だよ。人の心は考えだけでは決まらない。僅かな沈黙や言葉の遅れや早口、そういう仕草も含めてボクは人の心だと思う。無論ボク自身人の心を読めればいいなと思う時があるし、少なからず魅力を感じてしまって能力を捨てたくないとも思ってしまう。だから、ボクが出来る誠意は声高にその手の能力を持ってる人を批判しないぐらいさ。……で、話の続きだけど少しの間を置いて、ウィラードは力無く答えた。


「ヤツの名前はウォルフ・スランジバック。レオパルドの戦友にして、ヤツのクローン。元俺の部下であり、他ならぬ俺が斬り殺した男。……これで満足か?」

「殺したのかい?」

「いや、手は下さなかった」

「おや、意外だね。ついこの前まで宿敵の名誉の為に偽物は誅殺すると言ってた筈なのに」


 そこでウィラードは胸に空いた傷を撫でる。


「この傷を付けたヤツへの駄賃でな、手は下さずそのまま毒婦にくれてやった。ヤツなら殺しはしないだろ、存在を最後の一滴まで搾り取られるがな」

「……前から一度聞きたかったんだけど、一体君の何をレオパルド・スランジバックが駆り立てるんだい? 君の宿敵観は理解しているんだが、何を以ってレオパルドは君の宿敵となったのかを実はボク自身理解してないんだ」


 本を読めば良いという話なんだけど、アレは観測した著者の演出もあって正確とは言えない。やっぱり思考を知るには言葉を交わすのが一番だよ。


「貴様、何かを仕損じた事はあるか? 本気で殺しにかかった時に」

「いや、無いね。残念ながら」

「不運だな。だが俺は有る。ヤツとの最初の出会いは、惑星アーバンティで起きた第65次通商紛争だった。俺はヤツの前に立ち、一騎打ちをし斬り殺したと思った」


 ウィラードは淡々と語り続ける。


「しかし、紛争末期。俺は心臓を狙撃された、殺意を辿ったその先にいたのは自分が斬り殺したと思った男――それがヤツだった。俺は十日間死線を彷徨った末に肉の身体を捨て、全身サイボーグとなった。……生き長らえた時、気付いた。生まれてこの方誰かを仕損じ殺されかかったのは初めてだとな」


 彼の言葉には不思議な響きがあった。普段は茶化すボクもこの時ばかりは静かに彼の話を聞いていた。


「幾つもの戦場を駆け抜けた。闘争こそが我が生き甲斐と信じ、巡礼者の如く。だが勝利すれば勝利する程、勝利はただ単なるスコアに成り下がり、生きている実感も勝利の味も揮発する様に失せていった」


 そこでウィラードは一息置く。それは次に言う言葉に、彼が実感した事を込める為に。レオパルド・スランジバック。あの男を敵に回した時に味わった戦慄と狂気、そして至上の歓喜をウィラードは思い返した後、万感の思いを込めて言い放った。


「――ヤツは怪物だった」


 怪物であるウィラードが言うその言葉はひたすらに重い。


「ヤツとやりあったのは一度や二度じゃない。地獄の底に何度落としてもヤツは俺の前に現れて笑い話にしたんだ。どんなサイボーグでも、どんな超能力者でも、運命を操作する神の残骸ですら俺は恐れなかったがヤツは別だった。ヤツはどんな苦境に陥れても、この俺に銃を突きつけられるただ一人の人間だ。――数多の戦場をヤツと共に駆けた、俺達はあの時代あらゆる戦場の主だった」


 恥ずかしい話だがボクはこの時、ようやくウィラードという存在を理解する事が出来た。彼の本質はチャンピオンではなくチャレンジャーなのだ、あらゆる闘争の場に顔を出すのは挑み続ける事に価値を見出しているからだ。


「命有る限り、俺はヤツへ挑み続けるだろう」

「成る程ね。……さて、今回ナヴァロンをダシにして登板させた宿敵が偽物だった訳だが、なら君がご執心の本物は今どうしていると思う?」


 ウィラードのセンサーの光が落ちる。それはまるで人間が目蓋を閉じるかの様に。


「普通に考えれば第一次ナヴァロン攻略作戦の時に次元の奈落にでも落ちただろうな。〈運命の証〉をあの小娘に託して、恐らくは自ら落ちたのだろう……」

「根拠は?」

「俺はヤツを知っている。ヤツの本質は筋金入りのエゴイストであり、同時に感傷家だ。ヤツが最初で最後に俺へと闘いに挑んだのは、世界の命運や戦士の誇りなどではなくあの出来損ないの仇を取る為だ。……かつてのヤツは生存本能の化身だった。だがあのシスカとの旅であの男は確かに変わった。あの女にヒロイズムと人間性の種を埋め込まれたヤツが、仲間の死を二度味わおうとするとは俺には考え難い」


 そしてウィラードは溜息を一つ吐いた後。


「なに、何時もの事だ。全てはあの男が帰ってくるまでの他愛の無い児戯。ただ、それだけだ」


 その言葉は、言い表せない哀愁に満ちていた。ウィラードは自分の身体にやるせなさが毒の様に回っている事が解った。既にこのナヴァロンを巡る闘争にすら何の感慨も抱いていない事を。

 さて、ボクは彼の友人だ。故に彼の落ち込む姿を見ていたくなかった。彼にはやはりやる気に満ちていなければならない。だから、ボクは自分の能力を使ったんだ。ボクの能力の一つ、アカシック・レコード閲覧を。


 そう、これが君に語りかけられる理由の一つ。無限に等しい並行世界の中で、ボクはこれを小説として観測される君の世界を引き当て、今筆記している男の脳を借りボクは君とこうして対等の立場で喋っている。


だからこそ、ボクは“このフィクションの中にこの戦争を閉じ込めたんだ”(War in the fiction)!


 そしてたっぷり一億通りのパターンを見た後、ボクは口を開いた。


「児戯もそんなに捨てた物じゃないよ、ウィラード」

「……貴様、まさか使ったのか?」

「あぁ、アカシック・レコードを少し見たよ。……置くべき選択肢は二つか」


 このページの先を見せてもらった。ざっと一億通りのパターンの中で結末は二通りだったよ。さて、無数に存在する並行世界に存在する君よ。しばし席を外すよ。……ボクはこれから少しお膳立てをしなくてはならない。だが約束しよう、ナヴァロンを巡る物語はここからが本番だ。……それと君には後で手伝ってもらうよ。


「さて、ウィラード悪いがボクは失礼するよ。少しやる事があるんだ、まずはテルペの拷問室の監視カメラを見なきゃ」

「貴様、何を見た?」

「教えない。だが、誰にとっても悪い話ではけして無いよ。――誰にとってもね」


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