第15話:華やかなりしシドニー

 

 シドニーに存在する通りの一つ、キング・ストリートは現在警察と軍が避難活動を行ってる真っ最中だ。完全装備の警察官と軍人達が懸命に大勢の市民達を誘導している。その理由は一つ。『国境なき守護者』が昼頃に最高レベルの危機が迫っている事を連絡したからだ。現在シドニー一帯はバケツを引っくり返したかの様な喧騒に包まれている。


 この世界は流入現象により度々世界的な危機に陥っていた。既に危機への恐怖は人々の中に染み込んでいる。……だが、やはりそれでも起こった出来事に対して携帯のカメラを向ける人種がいるのは変わらない。

 ――今から例として上げる青年はそのキング・ストリートで携帯のカメラのシャッターを切った一人である。


 彼は頭上を通過した少女にはシャッターを切れなかったが、続く銀色の宇宙船にはシャッターを切る事が出来た。彼は避難誘導に従いながらその画像を確認すると……そこには大量のモザイクによって変質した画像だけが残されていた。


 キング・ストリートを〈怪鳥号〉は飛ぶ。乱立するビルを銀色の宇宙船がすり抜けながら飛行するその様は、まさに一昔前のハリウッド産SF映画そのものである。下にいる人々がシャッターを切る様を見ながら、ウォルフは操縦席の後ろにいるピーターに尋ねた。


「なぁ、ピーター。さっきから写真を撮られてるが大丈夫なのか?」

「心配するな兄弟、イコライザーや国境なき守護者に在籍する船舶には認識阻害処理装置がついてる。あいつ等の携帯に残る画像や動画には全てモザイクや音声加工処理が入る仕組みだ。ほら」


 ピーター達は合流した後に〈怪鳥号〉の中に再び入っていた。彼はそう言うとイコライザーの画面をウォルフに見せる。そこには今シドニーで起きている事のインターネット掲示板が映っていた。何人かが上げた〈怪鳥号〉の写真にはモザイク処理がかかっている。


「勿論この船にもな。……もっとも、ノイはイコライザーを外した状態だったらしい。あいつの画像や動画はアップされ始めている」

「それは大丈夫なのか?」

「事後処理で各検索エンジンやSNSを通じて情報を錯綜させておく。アメリカに要請しエシュロンって通信傍受システムも使用する。……絶対とはけして言えないが、俺達の正体が露見する可能性は極力低く出来るさ」

「俺がいた時代よりずっと前の筈なのに、何だか俺がいた時代より面倒な事になってるな。フロッピーもカセットも無くなってるし」

「……なぁ兄弟、フロッピーとカセットって何だ?」

「え?」


 物語中で最新の技術として描かれている物が、時間経過と共に陳腐な物として扱われる事がある。漫画『キャプテン・スランジバック』もそのご多分に洩れなかった作品である。『アメリカンウィザード・テール』は二〇二〇年のアメリカを舞台にした作品だ。ピーターの反応にウォルフはジェネレーション・ギャップを味わっていた。〈怪鳥号〉の操縦席に設けられたフロッピーディスクドライブと共に。直後、〈怪鳥号〉のレーダーが反応を見せる。ピーターの青紫の瞳が細まる中、ウォルフはレーダーの内容を呟いた。


「……ケント・ストリートを北に進行中か」

「該当地域には今の所人的被害は出ていないけど、それも時間の問題だよな」


 ウォルフがピーターにそう返した時、酷く真面目な声音でイェサナドが訊ねた。


「あんた的にはどうなの?」

「〈怪鳥号〉はあの子と比べれば小回りが利かない。空ならまだイーブンだったが、ここは麗しのシドニーはコンクリートジャングル。確実にあっちの方が上だ」


 イェサナドは銀髪の後頭部をガリガリ掻きつつボヤく。


「おそらくあの状態のノイならビル街から離れる事はないでしょうね。どうにか地面に叩き落す必要があるわ」

「なぁ、イェサナド。あの羽を破壊する事は可能か?」

「破壊自体なら。……問題はあのバリアと反応速度。そのままだったら十中八九防がれ躱されるわ」


 ウォルフはしばしの間左手で口元を覆った。


「イェサナド、お前の持ってる銃の中での最高火力ってなんだ?」


 その質問に対し、イェサナドはしばし考えた後。


「ピーター、いつものヤツ出して」


 ピーターは手甲を操作すると蒼い異次元ローブの中に手を入れ、そこから一挺の銃を取り出す。それは巨大なライフルだった。全長一二〇センチ程の銃身はガンオイルに濡れ、鈍い光沢を放っている。銃把と銃庄だけが木製で出来ていた。銃身の下には九〇センチ程の装置が取り付けられていた。その先端は鋭く尖った白銀の杭で、ウォルフの推測が正しければそれはパイルバンカーと呼ばれる装備の筈だ。それがイェサナドがいつものと呼んだ代物である。彼女はその銃身を片手で掴み、軽々と持ち上げる。


「これがあたしの持ってるヤツで一番火力のあるヤツ。使用弾は7.62x51ミリ対強化サイボーグ用弾。特殊部隊仕様のサイボーグ相手でも一分撃ちつづければ永遠に大人しくなる。でも本命はこのミスリル製の杭。ミスリルだから頑丈さは折り紙つき。熱や光や魔術に強く、一回引鉄を引けばどんな素材で出来た装甲でもブチ抜く事が出来る」

「名前はあるのか?」

「モーラよ」


 彼女とウォルフのやり取りに、空かさずピーターが付け加える。


「冗談みたいな武器だろ? これがイェサナドの中で一番威力のある武器だ」

「別に疑っちゃいない。どんな武器であろうとも強いヤツが使えば強い、武器っていうのはそういうもんさ。――イェサナド、そいつであの羽は破壊出来るか?」

「いける」

「よし、ならそう行こう。――オペレーター」


 そう言うと次にウォルフはイコライザーの回線を繋げる。連絡するのは司令部のオペレーターだ。


「シドニーの最新の地図が欲しい」

《今送付します》


 直後、ウォルフのイコライザーが電子音を鳴らす。着信と同時にウォルフは地図を見て自分の現在位置とノイの現在位置、そしてシドニー周辺の立地条件を頭に入れた。彼はまずひらけた場所を探す。ビル街はもってのほかだ。〈怪鳥号〉の軌道が制限され、なおかつノイにとって防御や奇襲をかける為に適した遮蔽物が山程あり、脱出にも有利な状況である。……仮に飛行能力を奪ったとしても彼女にはあの脚がある。あの跳躍力もまた脅威だ。

 そこで彼はある地点を見つける。名前はウィンヤード・パーク、シドニーに存在する公園だ。画像を見ると公園に配置された物は少なく、あるのは精々木と銅像ぐらいである。ここだ、と彼は思う。いいお誂え向きだ。


「……ウィンヤード・パークか」


 彼はそう言った後。


「ピーター。さっきトゥインキーでやったテレポートは今でも可能か?」

「あぁ、イケるさ」


 ウォルフは頭の中で目算を立てる。自分達を取り巻く様々な要因を一つずつ整理し、ピースを嵌め方程式を組み立てていく。


「――あの子をどうにかする作戦を考えた」


 ウォルフが考えた作戦はこうだ。まず〈怪鳥号〉でノイを誘導し、ウィンヤード・パーク上空にまで誘き寄せる。機銃の掃射でノイの高度を下げた後にビルの屋上で待機してたピーターが魔法で地面に下ろす。ノイが着地した後は公園に待ち伏せていたイェサナドが羽を破壊し機動力を奪う。だが、これには一つ問題がある。それはウォルフがその考えを話した後、ピーターが答えた。


「それをやるとするなら、ノイの意識を奪うのは誰がやるんだ? 俺には無理だ」

「あたしも無理よ。麻酔銃はあるけど羽壊した後の二発目は無理、多分反応されて躱される」


 ウォルフは一度自分の右手の平を見る。僅かな躊躇いを見せるも、その手で握り拳を作りこう言った。


「俺がやる」


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