第2話 召喚の光と心の壁*

 意識を取り戻したとき、俺は硬い石造りの床に倒れていた。

 ひんやりとした床の冷気が頬を伝わる。眩い光は収束し、周囲には、金と銀の装飾が施された豪華絢爛な大広間が広がっている。

 ​ざわめき。俺は、状況が理解できなかった。

 ​

「……え、ここは?」


 意識を失う前にいた日本の街並みはどこにもない。

 ここは、見たこともない異世界だった。

 異世界召喚。

 そんなワードが頭に浮かぶ。


「最悪だ……」


 ​そう、俺は最悪の事態に直面したのだ。

 俺と一緒に召喚されたらしい他の六人の顔ぶれの中に、さっき別れたばかりの花音と大和の姿があった。


「え?これってどっきり?」


 女子高生の一人がそう呟いた。

 どこかのテレビ局の一般人を巻き込んだバラエティー番組のいち企画。

 だが、他人の意識を刈り取って連れ去るなどという暴挙は、どっきりでしたー(笑)の一言で済まされるようなことではない。

 立派な犯罪である。


 ​玉座の間の中央に立つ、威厳ある国王が、朗々と何かを告げた。

 だが、何を言っているか分からなかった。


 >異世界言語スキルを自動的に発動します>


 機械的なアナウンスが頭の中で流れる。


「おお、勇者たちよ! ようこそ、このアルトリア王国へ!」


 ​勇者。世界を救う者。

 その言葉に心躍るもの、戸惑うもの、無理やり召喚されたことに憤るもの。

 反応は様々である。


「うそだろ、マジで勇者!?」


「やった! 」


 男子高校生が盛り上がる。

 年長者である大和は、すでに国王に向けて、リーダーとしての貫禄を滲ませながら一礼している。

 ​俺の心は、異世界召喚という非現実的な状況にも関わらず、ひどく冷え切っていた。


​「よくぞ参られました、勇者様方。この世界を魔王の脅威からお救いください 私はこちらの国王の娘、アイリスと申します」


 豪華なドレスを身にまとった王女が、俺たちの前にすっと出てきた。

 気品ある佇まいと誰もが心を奪われる美しさを持った王女アイリスは、その見た目とは裏腹に、どこか胡散臭さを感じさせる笑顔を浮かべていた。

 もちろん、それは俺の主観に他ならないが。


(勇者。世界を救う。……誰かの期待に応える役割。また、俺に価値を見出す茶番か)


 ​花音と大和が、勇者として隣り合っている姿を見て、心の壁がさらに厚くなる。

 俺の優しさを『自己満足』だと断罪した世界が、今度は俺に『勇者』という役割を押し付けてきた。

 ​俺は、誰にも聞こえない声で、小さく、しかし明確な拒絶のモノローグを呟いた。

 ​

「この茶番は、いつ終わるんだ」


 ​俺にとって、勇者としての役割は、誰かに支配され、期待に応え続けるという、新たな地獄でしかなかった。


 国王は恰幅がよく、豪華な装飾に身をまとっている。

 その隣に座す王妃も、同様の装飾品を纏っていた。

 どう見ても魔王に苦しめられている国のトップの姿ではない。


 ​ふと、視線を感じた。俺はそちらを見た。

 一人の美しい女子高生である。

 彼女は他の召喚者たちの興奮とは違い、ただ俺をじっと見つめている。

 まるで、俺の冷え切った心の内側まで見透かそうとしているかのような、澄んだ瞳だった。

 俺は、その視線がわずかに胸をざわつかせたのを感じたが、すぐに目を逸らした。

 他人との関わりは、もう御免だし、彼女のような美しい女性が俺のことなど気にかけるわけはないと思い直した。

 ​国王に代わり、美しい王女アイリスが説明を始める。


​「勇者には、ポイントを自由に振り分け、能力を上昇できる特権があります。さあ、まずはステータスを確認してください」


 ​男達が「ステータスオープン」を呟き、眼前に表れたステータス画面に熱狂する。

 反対に花音と二人の女子高生は戸惑いながらステータス画面を見つめる。


「召喚された皆さんには、魔力がありません。魔法文明のあるこの世界ではそれは致命的といって良いでしょう。そこで、魔力を上げてください。魔力にポイントを全て振りわけることで、皆さんは勇者の称号にふさわしい強さを手に入れる事ができます」


 皆が王女アイリスの説明に従って、ステータス画面を操作して、魔力を得る。

 その様子を俺はじっと眺めているにとどまる。

 何もやる気が起きない。

 騒然とする空気の中、俺は心の奥底でつぶやいた。


「どうでもいい」


 この茶番が、どこかで俺の孤独を埋めてくれるわけではない。

 誰かに必要とされる役割が与えられたところで、俺の心の空虚さを満たすことなんてできない。

 むしろ、誰かと関わる義務が増えるだけだ。俺が今一番望んでいるのは、誰にも邪魔されない、静かな孤独だった。

 王都の歓待と義務。

 その光景は、心の冷え切った俺にとって、完全に「茶番」以外の何物でもなかった。


「気持ち悪い……」


 頭痛と吐き気が俺を襲った。

 花音に捨てられ、世界からの過度な期待や、役割への強制、全てが身体を拒絶する。

 俺はたまらず、その場にしゃがみ込んだ。

 ​

「大丈夫ですか!」


 ​精悍な女性の声。

 慌てて俺に駆け寄ってくる甲冑に身をまとった女性。

 精悍で美しい女性だ、と思った。


「あなたは?」


 俺は頭を押さえながら、その女性を見やる。


「私は騎士団長のエマ・グリーンという者です。それよりもどうされましたか?」


 騎士団長と名乗ったエマは俺の背中に手をやる。


「どうしたのですか?」


 その直後、王女アイリスも俺に近づいてきた。

 王女は心配そうにそっと俺の頬に手を触れた。

 その手はひんやりとして心地よかった。

 そのとき、頭の中に機械的な警告音が響いた。


 ​> 警告! 魅了の攻撃を受けています。ただちに【状態異常無効:レベル1】の取得を推奨します。Yes/No>


 ​(魅了? 支配されそうになっている?)


 ​俺は、無意識のうちにアイリス王女の美しさに心を奪われかけていた。

 自分の心を他人に支配されることへの、根源的な拒否感が本能的に湧き上がる。

 ​俺は迷わず、スキルを取得するためにYESをタップした。


 ​> 取得完了。再起動します。


 ​その言葉を最後に、俺の意識は途切れた。

 意識を失う直前、俺はエマの真剣な顔と、先ほどから遠くで自分を見つめる女子高生の心配そうな瞳を、ぼんやりと認識したのだった。

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