第12話 市場調査と、悪魔の契約

 俺は新たなるターゲット――猫耳族の武闘家少女ミャーレに人生(精霊生)で初めての完全な門前払いを食らった。

 精霊界に響き渡る、俺の屈辱に満ちた絶叫を聞きながら、相棒のポルンは、ただただ自分の光をぶるぶると震わせているだけだった。


「……おのれ……! 必ず……必ずあいつに最高の「しっぽフリフリ」を、俺だけのために涙目でやらせてやる……!」


 怒りで我を忘れていては、ビジネスは成功しない。

 俺は、前世で叩き込まれたその鉄則を思い出し、一度冷静になることにした。

 まずは、敗因分析と競合調査だ。


「よし、ポルン。共同作業だ。あの猫娘……ミャーレが普段どんな精霊と契約しているか、情報を集めるぞ」

「共同作業……! はい、アークさん!」

「俺は【超高性能鑑定】で猫娘の魔力の流れを分析する。お前は、光の精霊としてのネットワークを使って、この辺りの風の精霊『シルフ』の評判や噂を聞き込んできてくれ。『シルフ』は精霊の種類だろうから、特にミャーレと契約を結んでいる個体を突き止めるんだ」


「分かりました! 任せてくださいぃ!」

 ポルンが、嬉しそうに光を弾ませながら情報収集へと飛んでいく。


 数時間後。

 ポルンは息を切らしながら調査結果を報告してきた。

「分かりました、アークさん! ミャーレさんは、いつもクラス3の『風の精霊・シルフ』さんを好んで使役しているようです! 効果時間の効率も良く、彼女のスピード主体の格闘スタイルと相性が良いみたいで……!」


(なるほどな……。シルフと契約しているのはステータスで確認した通りだな。つまり、そのシルフってやつが俺の商売の邪魔をしている「競合」というわけか。しかも、顧客満足度も高い、と。……ならば、話は簡単だ)


 俺はにやりと笑った。

 ――競合企業の、エース社員を引き抜けばいい。


 風がそよぐ、精霊界の穏やかな丘の上。

 そこで、一人の優雅な女精霊が微風に身を任せていた。半透明のドレスを纏い、どこかプライドの高さを感じさせる、美しい風の精霊。彼女こそがミャーレの契約精霊、シルフだった。


 俺は、音もなく彼女の背後に現れると声をかけた。


「よう、シルフちゃん。ちょっといいかな?」

「な、なんですの、いきなり! どちら様ですの!?」

 突然の闖入ちんにゅう者に、シルフが警戒心を露わにする。

「俺はアーク。虹色の輝きを持つ将来有望な精霊さ。……君が、あの猫娘……ミャーレの契約精霊で間違いないかな?」


「ミャーレを知っているのですか……!?」

「ああ。少し、ビジネスの話があってね。単刀直入に言おう。君、あの猫娘との契約……レベル3の魔法を一日に二回、だったか? それが君の主な仕事だろ?」


「な、なぜそれを…!?」


「その一回の仕事で、君が自分の『つまみ食い』にできる魔力なんて、良くて100…いや、80保有魔力ってとこじゃないか? 一日頑張って、たったの160。割に合わないと思わないか? これならわざわざ契約で猫娘に張り付いてなくても、フリーで数をこなした方がいいくらいだ」


 彼女の収支を完璧に言い当てると、シルフの表情が動揺に揺れた。


「な、なぜそれを……!?」

「俺と、『業務提携』を結ばないか?」


 俺は悪魔の提案を最高の笑顔で囁きかけた。

「君は普段通り、あの猫娘の呼びかけに応じてやればいい。だが、俺が『今だ』と合図を送った時、その時だけ、彼女の呼びかけを完全に無視してほしい」


「なんですって!? 契約違反ですわ! そんなこと、精霊としての誇りが許しません!」

「誇り、ねえ。その誇りで腹は膨れるのか? 俺と提携すれば、その一度の『無視』につき、成功報酬として俺が君に500保有魔力を支払う。どうだ?」


「ご、500……!?」

 シルフの瞳が、強欲な色に揺らめく。

 しかし、彼女の中の精霊としてのプライドが最後の抵抗を見せたようだ。


「で、でも、精霊同士の魔力の譲渡なんてそう簡単にできるものではないでしょう……!? 変なことを言わないでくださいまし!」


「できないのか? 普通は?」

 それは初耳だった。俺がスキルでできるからポルンにゃ無理だとしても大体の精霊はできるのかと思ってたが。


「魔力の譲渡は、たしかゴールドランク以上でも、特別なスキルを持つ精霊だけができるはずですわ! それこそ、精霊王様のような……!」


「……ほう。つまり、こういうことか?」

 俺は、習得したばかりの【魔力譲渡】スキルを使い、保有魔力10をシルフに向けて送った。


 シルフの体が、一瞬、温かい光に包まれる。


「――ひっ!?」

 シルフは自分の保有魔力が実際に増えたのを感じ取り、信じられないという顔で俺を見た。

 その瞳には先ほどの警戒心とは違う、未知の存在に対する「畏怖」の色が浮かんでいた。


「それはサービスだ。……さて、話の続きだ。報酬は前払いにしようか? それとも後払いにするか?」

 俺の言葉は、もはや提案ではなかった。

 逆らうことのできない、絶対者からの「命令」として、彼女の耳に響いたはずだ。

 未知の能力を持つ、虹色の輝きを放つ謎の精霊「アーク」。

 彼に従うか、逆らうか。答えは、一つしかない。


「で、でも、もしミャーレが、その時に危険な目に遭っていたら……!」

「その時は、俺が助ける。 心配するな。俺はお前より遥かに強い風を起こせるぞ?」

 俺はそう言って、シルフの周りに彼女が決して起こせないほどの静かで、しかし力強い旋風を巻き起こして見せた。


「……っ!」

 シルフは、その圧倒的な格の違いを肌で感じ、もう何も言えなくなった。


「……わ、分かりましたわ……。その契約、お受けします……」

 こうして、ミャーレも知らないところで、彼女の生命線は俺の掌の上に完全に握られた。


 数日後。

 ミャーレが所属する冒険者ギルドに、緊急の依頼が舞い込んだ。

「森の奥で、高ランクの魔獣グリフォンが暴れている! 付近の村に被害が出る前に、討伐せよ!」


 Bランクパーティである彼女たちにとっても、ギリギリの難易度のクエスト。

 仲間の一人が「危険すぎる」と反対するが、ミャーレはその真っ直ぐな瞳で言った。


「村の人たちを見捨てるわけにはいかない! Bランクの私たちが行かなきゃ、誰が行くニャ!」


 その、あまりにもヒロイックで、あまりにも無防備な正義感を、俺は精霊界からほくそ笑みながら見ていた。


(……いい感じでグリフォンが出てきてくれた。この田舎村で最強Bランクパーティのミャーレたちは実質、断ることもできないだろう。俺の見立てでは、五分五分……いや、ミャーレの得意精霊魔法である『風』が使えなければ、グリフォンがかなり優勢か?)


 ちなみに、グリフォンは俺の手先ではない。流石に俺もそこまで悪どいわけではないからな。ただ、最高のショーを演出するために、少しだけ森の道に迷うよう、風の向きを変えてやっただけだ。


 俺の内心をよそに、ミャーレたちが、決死の覚悟で魔獣が待つ森の奥へと出発する。

 最高の舞台は整った。


 あとは、ミャーレが究極の絶望を味わう、その瞬間を待つだけだ。

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