第11話  新たなる「狩り」の始まり

 セシリアとの一件から、数日が経った。

 俺は相棒のポルンと共にいつものごとく精霊界の巨大キノコの上で優雅な時間を楽しんでいた。

 もちろん、目の前にはこの間手に入れたユニークスキルの【顧客管理】が、複数のウィンドウを展開している。お気に入りの子の場所に移動することもなく、複数のウィンドウで精霊界から管理できることに気付いたので、同時に観測できるようになったのだ。これだと、ポルンも隣で楽しめるという訳だ。


「やりましたね、アークさん! セシリアさん、無事に聖騎士になれたみたいです!」

 ポルンの嬉しそうな声に、俺は一番大きなウィンドウに視線を移す。

 そこには、真新しい聖騎士の証である白銀の鎧を身につけ、同僚たちから「おめでとう、セシリア!」と祝福されている、少し照れくさそうな彼女の姿が映っていた。


「まぁ、当然だ。俺がバックについたんだからな。……それより、団長のジジイの様子はどうだ?」

 俺がチャンネルを切り替えると、そこには執務室で一人、腕を組んで頭を抱えるアルフォンス団長の姿があった。


(『あの精霊は一体……』『セシリアをどう扱うべきか……』『あのコーヒーの染み、どうやったら落ちるんだ……』……うん、よしよし。完全に俺の術中にハマってるな)

 

 ジジイの苦悩と思考は、俺に筒抜けだ。

 あの後、ジジイはセシリアにいくつかの探りを入れたようだが、俺の遠隔指示で全て完璧に切り返させてやった。今や、アルフォンスの中でセシリア(の背後にいる俺)は、「敵に回してはならない、謎の超常存在」として認識されている。

 これで、セシリアに下手に手出しはできまい。むしろ、正体不明の力を秘めた「切り札」として大事に扱われるはずだ。いつでも極上のPPを供給してもらえる完璧なWIN-WINの関係が築けたというわけだ。


「さ、ポルン。今日の魔力だ」

 俺は上機嫌で、セシリアから得た莫大な保有魔力の一部を、ボーナスとしてポルンに譲渡する。

 彼の保有魔力のゲージが、また一段階ぐっと溜まった。


「ありがとうございます、アークさん! この調子なら、僕もいつか進化できるかも……!」

「おう、せいぜい頑張れよ。……さて、と」


 俺は、さらなる事業拡大のため、新規顧客の開拓に乗り出すことにした。

 アンナもセシリアも素晴らしい顧客だが、いかんせん二人とも真面目すぎる。

 たまには、違うタイプのPPも味わってみたい、というのが経営者としての……いや、一個人の素直な気持ちだ。


 しかし、【顧客管理】で過去の顧客をいつでも覗けるのは便利だが、 結局は今まで通り『呼びかけ』を待つしかないのか? いや、待てよ……


 俺は、自分の能力の本質をもう一度考える。俺は『呼びかけ』という名の呪文詠唱をキャッチする受信機だ。なら、その受信機の感度を最大まで上げ、特定の地域に絞ってスキャンすることはできないか?


 俺は試しに、王都から離れた地方都市に意識を集中させ、そこに流れる無数の「呼びかけ」の電波を探ってみる。……来た! 無数の微弱な信号も集中すれば観測できる!

 王都、商業都市、エルフの森……。

 様々な場所に意識を飛ばしてみたが、俺の視線がある一点で完全に釘付けになった。中から、ひときわ生命力に溢れた、力強い魔力の波長が……!

 視界が開け、俺の視線はある一点で完全に釘付けになった。



 ――それは、とある地方都市の冒険者ギルド。

 その訓練場で、木人を相手に嵐のような格闘術を叩き込んでいる、一人の少女だった。


 黒髪のショートで、整っているがまだあどけなさも残る顔立ち。

 ん? ぴょこぴょこと動く愛らしい猫耳。しなやかに揺れる長い尻尾。

 これが獣人ってやつか。この世界にはエルフの森もあったし、まだいろいろありそうだな。

 なになに、ステータスは……と


【猫耳族:ミャーレ】

 職業:武闘家

 契約精霊:風の精霊(シルフ) ランク:シルバー


(……ほう、シルバーランクの精霊と契約済みか。ちゃんと『契約』済みの精霊が居るとわかるんだな。

 これまで俺が提供してきた連中はそういうことがなかったから、初だな。

 あとは魔法の使用回数などがずらずらと見えるが……

 最大はレベル3魔法で一日の上限が2回ね。あとレベル2以下はそれなりの回数、と。


 ボーイッシュな黒髪ショートカットが、汗で頬に張り付いている。一切の無駄がない、鍛え抜かれた肉体。その一挙手一投足がまさに野生の猫科動物のように美しかった。猫耳族なだけはある。


(……しかし、いいなこの子は……)


 ただの「可愛い」じゃない。ただの「綺麗」でもない。

 生命力そのものが、躍動しているかのような、圧倒的な存在感。

 少女が、しなやかなハイキックを訓練用木人に叩き込んだ、その瞬間。

 引き締まった脚線美と、ちらりと見えたスポーティな黒いインナー(スパッツだ! これはこれでアリだ……!)に、俺の魂が、雷に打たれたような衝撃を受けた。


(……完璧だ。……アンナの『純真の白』、セシリアの『高潔の黒と白』とは違う。これは、『健康美』と『野生の黒』! 普段は凛々しいこの子が、恥じらいに顔を赤らめながら猫のようなポーズを取る姿。……想像しただけで、PPが臨界点を突破しそうだ!)


 俺は、居ても立ってもいられず、即座に彼女への接触を試みる。

 ちょうど彼女が訓練を終え、汗を拭いながら最後の調整のためか、自己強化の補助魔法(風の精霊による加速)を使おうとしたタイミング。完璧な営業チャンスだ。


『――聞こえるか、猫の子よ。我と契約すれば、汝に神速の力を与えよう。対価は、「猫が伸びをするポーズでスパッツチラ見せからの、しっぽフリフリ」だ』


 しかし、返ってきたのは、感謝でも、戸惑いですらなかった。

「……は? 何言ってんだ、てめえ。気色悪い。消えろ」

 プツリ、と。

 あまりにも無慈悲に、一方的に念話は切られた。

 精霊界で、俺は生まれて初めての完全な拒絶にしばし呆然とする。


 アンナは偶然のパン見せ。セシリアは抵抗したが屈服した。

 だが、ここまでの門前払いはこれが初めてだった。


「あ、アークさん……?顔が(光が)、真っ赤になったり、真っ青になったりしてますけど、大丈夫ですか……?」

 ポルンの心配そうな声が、遠くに聞こえる。

 やがて、俺の光が屈辱と、それ以上のどす黒い征服欲で禍々しいほどに燃え上がった。


「……おのれ……! 必ず……必ずあいつに最高の「しっぽフリフリ」を俺だけのために涙目でやらせてやる……!」

 こうして、俺の新たなる「パンツ狩り」の火蓋は、怒りの炎によって切って落とされたのだった。

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