その魔法、パンツ払いでお願いします!

パキラ

第1話 精霊界は意外とブラックでした

「……うわ、まぶしっ……て、あれ?」

 気がつくと、俺はなんだかフワフワした、奇妙な感覚に包まれていた。


 視界に広がるのは、天まで届きそうなほど巨大な樹木。根元には見たこともないキノコがネオンみたいに光ってる。空を見上げれば、翼の生えた魚が、オーロラの川を泳いでいた。


(……はいはい、なるほどね。理解した。トラックに轢かれた記憶はないけど、多分そういうことだろ)

 三十年間、予測可能なことばかりが繰り返される日々だった。だが、この光景は――。

 俺の脳内データベースが、初めて経験する情報に静かな興奮を覚えていた。


「――マジか。これ、異世界転生ってやつか? ……フッ、面白い」


 よし、まずはステータスオープン! と念じてみるが、何も起こらない。

 それどころか、俺は自分の体に、あるべきものがないことに気づいた。


 手がない。足がない。というか、そもそも肉体がない。

 俺の体(?)は、ただの半透明で、ぼんやりと光る玉っころだった。


「……人間じゃないのかよ!」

 思わず叫んだ(つもりになった)が、声も出ない。


 なんてこった。チート能力で無双する夢の異世界ライフ、開始五秒で終了のお知らせか?


 途方に暮れ、その場でぷかぷかと漂うことしかできない。

 俺、このままここで一生プランクトンみたいに過ごすのか……?


「あ、あの……もしかして、新入りさん、ですか…?」

 絶望の淵にいた俺に、背後からか細い声が聞こえた。


 振り返ると、俺よりさらに小さい、ホタルのような光を放つ玉っころが、おどおどとこちらを見ていた。


(お、仲間いた! しかもなんか小動物みたいで可愛いぞ)

「迷子ですか……? 大丈夫です、僕も最初はそうでしたから」


「……えっと、君は?」

 念話? みたいな感じで、なぜか意思疎通ができる。


「僕はポルンって言います! この辺りを漂ってる、しがない光の精霊です! あなたも人間界から魂が流れ着いたんですね? ようこそ、精霊界へ!」

 ポルンと名乗ったその小さな光は、ぱあっと歓迎するように輝いた。


 精霊……? 俺が?

 ポルンは混乱する俺に、この世界のイロハを親切に教えてくれることになった。


 ポルンは言う。「僕たち精霊は、普段はこの精霊界に満ちる魔力を吸って生きてるんです。でも、これだけだとお水だけで生活してるみたいで……」


 だが、人間界の魔法使いたちから届く「呼びかけ(呪文)」に応え、その際に発生する凝縮された「魔力」を報酬としてもらうと、とてつもない高揚感と力が得られるのだという。

 いわば、普段の食事が「水」なら、人間からの魔力は「高級栄養ドリンク」みたいなものらしい。


「それに質の良い魔力をたくさん集めると、僕たち進化できるんですよ! もっと強くて大きな精霊になれるんです!」

 ポルンが、憧れるように言う。


(なるほどな……普段は霞を食って生きてるけど、たまに人間から高級ディナーをご馳走してもらえる、と。しかもレベルアップ付き。悪くないな)


「でも……」

 ポルンの光が、少しだけしょんぼりとかげった。

「人間からの『呼びかけ』が来ても、僕、いつも手が出せなくって……」


 手が出せない? どういう事だ?


 ……ポルンの話によると、魔法の行使は純粋な早い者勝ちであると同時に、命がけの挑戦でもあった。

 人間が唱える呪文には、その魔法の威力が込められており、自分の許容量(キャパシティ)を超える呪文を受信しようとすると、その莫大な魔力に耐えきれず、存在そのものが砕け散ってしまうのだという。


「僕は周りをちょっと光らせるくらいしかできない下級精霊だから、受信できるのも一番弱い『灯り』の呪文くらいなんです。でも、そんな簡単な魔法は人間もわざわざ僕たちを呼ばないし、もし呼ばれても僕と同じくらい弱い精霊はたくさんいるから、いつも競争に負けちゃって……」


 実力のある上位精霊は、強力な呪文に耐えられるキャパシティと、呪文の冒頭を聞いただけで反応できる反射神経を兼ね備えているため、常に引く手あまた。

 しかし、ポルンのような下級精霊は、安全な低レベル案件の僅かなパイを、大勢で奪い合うしかない。なんという格差社会。

(うわ、シビアだな……。下手すりゃ死ぬのかよ。ブラック企業どころの騒ぎじゃねえぞ…)


 俺が同情的な気持ちになっていると、ポルンの光がふと、尊敬するような色合いに変わった。

「……でも、新入りさんは、すごいですね」

「へ? 何が?」

「僕には分かるんです。あなたの魂の光……その輝きの『色』が僕たちみたいな単一の光じゃなくて、虹みたいに……いろんな可能性を秘めた色をしている。きっと、いろんな属性の魔法に応えられるすごい才能の持ち主ですよ」


 ポルンが、羨望の眼差し(目は無いが)でこちらを見ている。

(魂の光の色……? 俺には全然実感はないんだけど……。まあ、こいつらなりのステータス鑑定みたいなもんか?)


 だが、ポルンの話を聞いていて一つの確信が芽生えていた。

 この世界の仕組みはあまりにも単純すぎる。そして、単純すぎるシステムには必ず付け入る隙……つまり『欠陥』があるものだ。


 その時、ポルンが「あっ!」と声を上げた。

「今、誰かが火の魔法を求めてますよ! 『名もなき小さな炎よ、一筋の矢となりて敵を穿て……』って! ああ、これは火の魔法だから僕には無理ですけど……。初級の炎攻撃魔法です! あなたのその虹色の光なら、きっと大丈夫! チャンスですよ!」


 チャンス!?

 って、急にそんなこと言われても……どうすりゃいいんだ!?


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