第2話 なんか、俺の専門分野はパンツらしい

 とりあえず、分からないなら聞いてみるしかない。


「お、おう! で、どうすりゃいいんだ!?」

「ええっと、僕も光の魔法しかやったことないですけど……たしか、まずその声(呪文)に意識を集中するんです! 『その仕事、僕がやります!』って、心の中で手を挙げるみたいに!」


 ポルンのアドバイスに従い、俺は言われた通りに意識を集中させる。

 ――耳を澄ませるような感覚だ。


 すると、頭の中に流れ込んでくる呪文の羅列が、より一層クリアになった。

(『名もなき小さな炎よ、一筋の矢となりて敵を穿て……』これか!……よし、キャッチした!)


「きゃ、キャッチできましたか!? すごい! それが『行使権の確保』です! 普通の新入りは、ここで他の精霊に競り負けちゃうのに……!」

 ポルンが興奮気味に叫ぶ。


 その瞬間だった。

 確保した呪文に乗った魔力が俺の体(光の塊)の中心にずしり、と重みを持って流れ込んでくる。

 同時に、全身をスキャンされるような、奇妙な感覚に襲われた。

(うおっ!? なんだこれ!? 体の中を何かが見られてる感じが……)


「だ、大丈夫ですか!? それが『属性・キャパシティ判定』です! もし、あなたが火の属性を持っていなかったり、呪文の魔力に耐えられなかったりしたら、今頃は……!」

 ポルンが、自分の光をぶるぶると震わせながら言う。どうやら、ここが最初の関門らしい。


 ……ってか、いまサラリと恐ろしい事言ってなかったか?

 だが、俺の体は砕け散るどころか、むしろ流れ込んできた魔力を、まるで自分の手足のように馴染ませていくのを感じていた。


「すごい……! やっぱりあなたは特別です! さあ、最後です! 呪文はもう、あなたの体と同化しています。あとは、人間界に意識を向けるだけで魔法は自動的に生成されます!」


「自動で? 俺がイメージしなくていいのか?」

「はい! 『火の矢』の形や効果は、全て呪文の文言(プログラム)に書き込まれていますから! 僕たち精霊の仕事はそのプログラムを滞りなく実行するための、動力源になることなんです!」


 ポルンの解説によると、俺たちの役割は、人間から受け取った魔力(燃料)を、呪文(設計図)に従って魔法(製品)に変換する、一種の生産工場のようなものらしい。

 そして、この変換効率が良い精霊ほど、余った魔力を自分の成長ポイントとして蓄えることができ、どんどん強くなっていくのだという。


(なるほどな……。いかにロスなく生産するかで企業の成長が決まる……って、前世の会社の研修で聞いた話と全く同じじゃねえか……)


「とにかく、意識を人間界へ!」

 ポルンに促され、俺は言われた通りに意識を集中させる。

 その瞬間、俺の意識がブラックアウトし――


【接続対象:アンナ=ハミルトン。ユニークスキル『超高性能鑑定』の補助機能により、直前10秒間の状況をリプレイ再生します】


 ――頭の中に無機質なシステムメッセージが響くと同時に、俺は人間界の光景を、まるで神の視点から見下ろすように鮮明に映し出していた。


 神の視点で俺が捉えたのは、絶望的な鬼ごっこだった。

 一人の少女が、ゴブリンの群れから必死に逃げている。だが、その足がついに力尽きたのか、もつれるようにして立ち止まった。


 ぜえ、ぜえ、と肩で息をしながら、彼女は杖を支えにゆっくりと振り返る。

 必死に走ったせいで大きく傾いた、いかにも魔術師といった三角帽子。その下からのぞく赤色の髪は汗で額に張り付き、まだ幼さを残した顔が悔しそうに歪んでいた。


 彼女を追ってきたゴブリンの数は、ざっと二十体以上。

(……完全に詰んでるな。これはもう、どうにもならない)


 額からは血が流れ、肩で荒い息をついている。

 表情には疲労と諦めが浮かんでいる……かと思いきや、彼女は震える唇で強がってみせた。


「くっ……こ、この天才魔術師アンナ様を、なめないでよねぇ……!」

 声は上ずり、明らかに虚勢だと分かる。

 だが、その最後まで諦めの悪い姿に、俺はなぜか少しだけ見入ってしまった。


 俺が状況を理解するのと同時に、彼女は最後の力を振り絞るように、震える声で呪文を完成させた。


【リプレイ再生、終了。現在時刻に接続します】


 彼女が選んだのは、初級攻撃魔法『炎の矢』。


 この呪文で生成されるのは、たった三本の炎の矢。

 ゴブリンの大群を前にしてはあまりにも無力。焼け石に水だ。


 彼女自身も、それが分かっているのだろう。

 どうせ死ぬならせめて一体だけでも道連れに、という悲壮な覚悟が呪文を通して俺にまで伝わってくる。


「くっ……せめて、一体だけでも……!」


 最後の抵抗を試みようとした彼女だったが、ゴブリンの棍棒を避けようとして疲弊した足がもつれ、派手にすっ転んでしまった。

 その瞬間、彼女のローブが大きくめくれ上がり、その下に隠されていた、純白の、清らかな一枚の布(パンツ)が、俺の視界に鮮烈に飛び込んできた。


 ――次の瞬間。


 ドクンッ!!!!


 俺の中で、何かが臨界点を突破した。

 人間から受け取った魔力とは別に、俺自身の存在の核から、規格外の謎のエネルギーが、間欠泉のように噴き出し始めたのだ!


「な、なんだ……この感覚……!? 力が……何かが溢れてくるッ!!」

「えええ!? ど、どうしたんですか!? あなたの魔力光が恒星みたいになってますよ!? 測定不能です!」


 隣でポルンが絶叫している。

 もう、俺の体は自動生成プログラムの制御を離れ、暴走していた。

 ただ、この溢れ出る衝動の全てを、目の前の「白」への感謝として、捧げなければならない、と!


 次の瞬間、人間界で女魔術師が目にしたのは信じられない光景だった。

 彼女が放ったはずの、ゴブリンを一体仕留めるための「炎の矢」三本が、空中で数百本、数千本へと分裂増殖し、灼熱の豪雨となってゴブリンの群れを森の一部ごと跡形もなく蒸発させたのだ。


「…………へ?」

 呆然と、パンツ丸出しのまま、目の前で起きた天変地異を見つめる女魔術師。

 彼女は、自分が死んでいないことよりも、自分の放った魔法がなぜこんなことになったのか、全く理解できずにいた。


 そして、精霊界で、全てのエネルギーを放出して抜け殻のようになった俺は、ぜえぜえと喘ぎながら、ただ一つの真実を悟っていた。

「……ポルン……俺、分かったかもしれない……。俺が本当に求める『報酬』が何なのか……」


 その時、俺の意識に直接、声とも文字ともつかない情報が流れ込んできた。


【ユニークスキル『PP(パンツ&ポーズ)ブースト』が覚醒しました】

【対象:女魔術師アンナ】

【観測内容:純白のパンツ & ずっこけポーズ】

【評価:Aランク】

【生成PP:10,000 over!】

【結果:魔法『炎の矢』を超絶ブースト!『終末の流星群』に変化!】


 ……なんだ、これ? PP……パンツ&ポーズ……だと?

 俺の脳裏に浮かんだその単語が、これからの俺の運命を決定づけることになるのを、この時の俺はまだ知らなかった。

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