第22話 慣れない誘導


「王都に遊びに行ったと言っていたね? 具体的にどの辺りに行くと言っていたか、分かるかい?」



 王太子の婚約者であるビクトリア公爵令嬢は、シャルと話を続ける。


 ここまで俺、空気です。



「流石にそこまでは.......申し訳ありません」


「ああいや、別に気にしなくていいさ。約束の時間にいつまで経っても来ないあの馬鹿が悪いのさ」



 馬鹿ぁ?! おいおいおいおよそ婚約者から出るはずのない言葉が出てきたんだが!!?? 馬鹿って、王太子のことだよな.....??



「ば──ッ!! ビ、ビクトリア公爵令嬢、その、王太子殿下に、そのような物言いは........」


 ほれ見ろ、普段頼りになるあのシャルですら、この取り乱しようだ。


「いいんだ、どうせ君ら以外誰も聞いてないからね。それとも───告げ口でもするかい?」


「い、いえ、そんなことは。ただ、貴女がそんなことを言うなんて......あの、流石に気になるのですが、一体殿下は何をなさったんですか? それに、約束とは?」


「まあ、アークティア伯爵令嬢には話しても大丈夫だけど......」



 そう言って彼女は、今までずっと黙っていた俺の方に目を向ける。

 つまり、誰かわからない、話さない保証のない俺には話せないってことだ。


 これは.........俺が出ていくか、あるいはシャルに言質を求めてるのか? 俺が話さないという保証をシャルに求めてるってこと?



「はぁ.......彼は、レインは無闇矢鱈に吹聴するような人ではないですよ、それは私が保証するわ」


「ならばよし。座ってもいいかな?」


「ええ、ご自由にどうぞ」



 彼女は俺たちの近くの席の椅子を引くと、よいしょと座る。



「さて、まず何故ボクが王太子を探しているか、と言うと、彼が今日、私と会う約束をしていたにもかかわらず、約束の場所に来なかったからさ」


「それは.......流石に王太子と言えど、婚約者に対して失礼が過ぎますね」


「そうなんだよ! しかも、王家と公爵家の両方に関わる大事な話をするつもりだったのに、それをあの馬鹿は.......!!!」



 うわっ闇が、ビクトリア公爵令嬢から闇が溢れてきた...!!

 どうやら彼女は、かなりの闇を抱えてるようだ。王太子のせいとも言う。


 それに、何を話すかについては、ぼかして伝えたところを見るに、聞いちゃいけないことなのだろうな。



「その、とても言いにくいのですが........」


「ん? なんだい? 気にせず言ってごらん?」


 凄い、一瞬で溢れてた闇がスっと戻ってたぞ。一体彼女の体はどうなってるんだ?


「その王太子殿下ですが.......1人の女子生徒ミリアと随分と距離が近く.......」


「ふむふむ、まあ、それは別にいいんだが......それで?」



 お? 意外だな。どうやら彼女は王太子に恋愛感情を抱いてはいないみたいだ。てっきり婚約者だから、そういうものかと思っていたが......あれか? 政略結婚という奴か?



「王太子殿下は、その女子生徒と2人で一緒に遊びに行きました」


「...............はぁああ!!!!??」



 ....................え? 何してんの、王太子。



「そうかそうか、つまりあの馬鹿はそういう奴なんだな? なあ、アークティア伯爵令嬢、その女子生徒の名前は?? 教えてくれるよね???」


 圧が、圧が強い!! しかもさっきの闇が漏れ出てるんだが...!?


「か、彼女の、名前は、ミリア・フォン・トゥルリア男爵令嬢ですわ」


「よし分かった、情報提供感謝する。邪魔したね、ボクはこれで」



 そう言って彼女は、席を立ち教室を出ようと───



「少しいいか、アイリス・フォン・ビクトリア公爵令嬢」



 ───するが、俺の呼び掛けにその動きを止める。


 振り返ったその顔には、いかにも怪訝という字が似合う表情をしていた。


 まあ、ここまでずっと黙ってたヤツが突然帰り際になって話しかけてきたら、そうなるわな。


 だけど、俺は感じ取ったんだ。何か面白い事が起こりそうだ、と。

 それに新たに情報が手に入った、例の任務のこともあるしな。



「君は.........レイン君、だったね? 突然何だい?」


「突然だったのは失礼します。もしかしたら知っているかもしれないけど、知らせておくべきだろうことを今思い出したんです」


 これは本当。本当に今思い出した。


「ふぅん......それで? その知らせておくべきことってのはなんだい?」


「最初に聞いておきたいんですが......これから王都で王太子達を探すつもりでしょうか?」


「ああ、もちろんだとも。見つけ出して、少しをしに行くつもりだ」


「彼らの居場所についてなんですが、心当たりがあって」



 そういやそこに行くとか言っていたなーって思い出したんだよね。



「あら? レイン、貴方王太子殿下の場所、知っていたのかしら?」


「いや、ただ、そこへ行くって話してたのを今思い出しただけだから、シャルには黙ってた訳じゃない」


「なるほどね、思い出してくれて助かったよ、レイン。馬鹿どもはどこへ行くと言っていたんだい?」


「ええとですね、冒険者ギルドに行くと言っていました。ただ......その.........」


「どうしたんだい?」



 ここからだ。上手く誘導できるかなー?



「いや、この時間帯に冒険者ギルドに行くと、多分荒くれ者が結構いると思うんですよ。そこに先輩、じゃなかったすみません、アイリス・フォン・ビクトリア公爵令嬢、おひとりで行くとする「ストップ」っ」



 上手く釣れたか!!?



「先程から思っていたが、君は堅苦しい話し方に慣れていないみたいだ。もともと学院内では、言葉遣いはあまり気にするものではないからね。だから、ボクと話す時も普段の口調でいいよ」



 よし!! これで、第1段階、ある程度距離感を近づけるために、気安く話せるようになる、無事クリアだ。



「それと、『先輩』だったかな? フルネームで呼ばれるよりも、そちらで呼んでくれる方がボクは嬉しい」



 おっ、先輩呼びも許されたのか、これはラッキー。毎回わざわざフルネームプラス公爵令嬢って呼ぶのは流石に面倒だから、間違えて先輩呼びをしてしまったという振りをしたんだけど。


 どうやら先輩呼びは気に入ってくれたようだ。



「........じゃあ、遠慮なく。先輩がひとりで冒険者ギルドに今から行くと絶対に絡まれるから、誰か別の人を護衛として連れてった方がいいと思うんだ」



 引っかかるかな? その護衛に俺を指名してくれないかなー?



「へぇ、それじゃあせっかくだし、良ければ君がその護衛をしてくれないか? ついでに、冒険者ギルドへの道案内もしてほしいかな」



 良かった、なんとかうまく誘導できたみたいだ。俺が望むセリフを彼女は口にしてくれた。


 シャルと一緒に勉強していたところだったから、シャルには申し訳ないけど、俺はこのイベントを逃したくないのだ。

 ここで先輩と関係性を作っておけば、今後も面白いことに関われそうだからな。


 それに、公爵家の人間との繋がりも手に入るからな。任務に役に立つだろうからな。



「俺は別にいいけど......シャル、ごめんだけど、試験勉強、今日はここで終わりにしていいか? 勿論後で必ず、埋め合わせはする」



 完全に俺の都合で申し訳ないので、俺は素直にシャルに頭を下げた。



「別にいいわよ、レイン。埋め合わせをしてくれるのでしょう?」


「そうだな。俺に出来ることなら何でもする」


「それなら、今度、休みの日に買い物に付き合ってくれないかしら?」


「いいのか? そんなことで........」


「ええ、試験勉強なんて、また後でもできるわ。だから、このくらいでいいのよ」


「そっか、ありがと、シャル」



 シャルが友達で良かった、そう思っていると、シャルとは別の方向から、咳払いが聞こえた。



「そろそろいいかい? 君はボクの護衛として来てくれるってことでいいんだよね」


「そうだな、シャルから了解も得たから、先輩について行こうと思う」


「そうか、それではまたな、アークティア伯爵令嬢」


「ええ、こちらこそ」



 そうして俺はシャルと離れ、王太子の婚約者である先輩と共に、王都の冒険者ギルドへ進むのだった。

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裏組織の幹部、魔法学院に逝く 海月くるいんちゅ @R-grey4739

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