砂場の魔王はもういない
タケルくんは砂場が好きです。
好きなのでほかの子が砂場にいると、
「どけよ」
と、蹴飛ばして、どかしてしまいます。
だから、タケルくんはいつも砂場で一人でした。
今日もタケルくんは、一人で砂のお城をつくります。
「よし、できたぞ」
タケルくんは自分のつくったお城を満足そうに見下ろします。
「どうだ、すごいだろう」
見回してもだれも周りにいません。
タケルくんがいつも蹴飛ばすので、だれも公園に来なくなってしまったのです。
せっかくすごいお城がつくれたのに、自慢する相手がいません。
「いいさ。お城はここにあるんだからな」
タケルくんは一人でそうつぶやきます。
ところが、ないはずの返事がありました。
「いいや、よくないぞ」
「だれだ」
驚いて声のした方を見ます。
ところが、そこにはタケルくんの作った砂のお城があるだけです。
「気のせいかな」
「気のせいじゃないぞ」
また返事がして、お城の入り口から、だれかが出てきました。
タケルくんのつくったお城は、タケルくんの背の半分もありません。
だから、そこから出てきたそいつも、とても小さなやつでした。
お父さんのゲンコツくらいの大きさです。
そいつは全身まっくろで、背中にまっかなマントを着けていました。
「なんだ、おまえ」
タケルくんの質問に、そいつは胸をはってこたえます。
「おれは砂場の魔王だ」
砂場の魔王は、ぴょんとジャンプすると、お城のてっぺんに立ちました。
「この城はおれのものだ」
「それはぼくがつくったものだぞ」
タケルくんがムッとして云うと、魔王は笑いました。
「住んでいるのは俺様だ。ありがたく思え」
なんて自分勝手なやつでしょう。タケルくんが苦労してつくったお城を勝手に自分のものにするなんて。タケルくんは怒ってそいつを捕まえようとしました。
魔王はタケルくんの手をひょいとよけると、ピョンピョンとタケルくんの腕を跳びのぼり、肩にのって、タケルくんのほっぺたを蹴飛ばしました。
「バカめ、魔王様にかなうものか」
「いてっ! よくもやったな」
タケルくんがカンカンに怒って捕まえようとすると、魔王はピョンピョンと飛び跳ねながらブランコのところまで逃げました。とてもすごいすばやさで、タケルくんでは捕まえられそうにありません。
「なんでいきなり蹴飛ばすんだよ」
タケルくんが云うと、魔王はつんつるてんの真っ黒な顔をうなづかせました。
「それはな、俺様は気が弱いからだ」
胸を張ってえらそうに云います。
「気が弱いから、城をとりあげられたらイヤなんでな。おまえを蹴飛ばした。だが安心しろ。本気では蹴らなかったぞ。本気で蹴ってたら大変なことになるところだ」
そこで魔王は声をひそめました。
「本気で蹴ったら、相手はいなくなってしまうからな。お前も気をつけるといい」
「じゃあ、お前を本気で蹴ってやる」
その日、タケルくんは日が落ちるまで、魔王を追っかけて走り回りましたが、一度も捕まえることはできませんでした。
「いつでも挑戦に来い。俺様はここにいる」
お城のてっぺんに立って、魔王はやっぱりえらそうに胸を張って云いました。
次の日も、タケルくんは公園を走り回りました。
すべり台をかけのぼり、ブランコをぶんぶんと揺らし、シーソーを何度もぎったんばったんさせながら、公園を走り回りました。
けれども、魔王はとてもすばやくて、さっぱり捕まえられません。
「俺様は王様だからな、だれにも捕まえられないぞ」
タケルくんが疲れて休んでいると、魔王は砂場のお城に戻ります。
「なんだよ、王様なんていったって、仲間が一人もいないじゃないか」
「おれには対等な存在なんていない。だから、仲間も友達もいない。おれは、砂場の魔王だからな。王様とは、そういうものなんだ」
「友達がいないだけじゃないか。そんなの、威張ることかよ」
「せめて威張ってないと、悲しいじゃないか」
タケルくんは、魔王がどんな表情をしているのか、気になって見てみましたが、どれだけ見ても、魔王の顔はつんつるてんの真っ黒です。
「でも、お前は部下にしてやってもいいぞ」
魔王は云います。
「お前は城を作ってくれたからな。城のおかげで、俺様はここにいられる」
「どういう意味だよ。城がないとなんだってんだ?」
「城がない王様なんて、変だろう? そんな王様、もう王様じゃないさ。だから、魔王であるおれ様は、城がないといられないのさ」
魔王がニヤリと笑ったような気がしたけれど、口なんてないから、わかりませんでした。
次の日も、その次の日も、タケルくんは公園を走り回りました。
もう、なんで魔王を追っかけているのかも、わからなくなっていました。捕まえてどうしようというのかも、まるで考えていません。ただ走り回ります。
それでも、結局、最後まで魔王は捕まりませんでした。
最後は、すぐで突然でした。
その日も、タケルくんは魔王を追っかけて走り回っていました。まだお昼だというのに、お日様は隠れています。
「そろそろかな」
すべり台のてっぺんで、魔王は云いました。
「なにがだよ」
「お別れさ」
魔王の言葉と同時に、タケルくんのほっぺたに、冷たい感触がやってきました。
雨が、降ってきたのです。
最初、タケルくんは魔王が何を云っているのかよくわかりませんでした。
気がついたのは、雨が強くなってからです。
「あっ」
と叫んだときには、もう手遅れでした。
砂場につくったお城が、雨で崩れはじめていました。
「城がないとおれはいられない。そういうわけさ」
魔王の真っ赤なマントは真っ黒になって、真っ黒な顔は雨の中に薄れはじめました。
「なんでだよ」
タケルくんは怒って言いました。
「なんでいなくなるんだよ、バカ野郎」
「お別れが怖いのか」
「怖くなんかないぞ」
「俺は怖いぞ」
魔王は、最後も笑いました。
「怖いから、別れる前にこっちから蹴飛ばすのさ。こんな風に」
魔王はタケルくんのすねを蹴飛ばしました。
タケルくんも、魔王を蹴り返しました。
思いっきり、本気で蹴りました。魔王はいつも通りによけます。
そして、タケルくんの蹴りは砂のお城にあたって、お城は消えてなくなりました。
魔王も、いなくなりました。
「本気で蹴ったら、相手はいなくなってしまうからな」
魔王がそう云っていたのを、思い出します。
思い出しても、もう、真っ黒なあいつは、どこにもいません。
雨は、次の日も降っていました。
タケルくんは、今日も砂場に行きます。ほかに、タケルくんが遊ぶ場所はありません。ここだけが、タケルくんの場所でした。
真っ赤なカサをささえて、タケルくんは立ち尽くします。なにもできないで、立ち続けます。
それから、どれくらい経ったのでしょう。
「お城、なくなっちゃったね」
だれかが隣に立っていました。
「立派なお城だったのにね」
近所の子です。前にこの公園で遊んでいました。その時、タケルくんは蹴飛ばしました。
「すごいなっていつも思ってたんだ。でも、なくなっちゃったらしょうがないね」
その子はにっこりと笑うと、言いました。
「晴れたら、また作ってよ。ぼくも一緒に作るよ」
タケルくんは、いつも通りに蹴飛ばそうとしました。おもいきり、蹴飛ばそうとしました。
「本気で蹴ったら、相手はいなくなってしまうからな」
けれども、魔王の言葉を思い出して、やめました。本当は、だれにもいなくなって欲しくなんかないのです。
「行こうよ。ぼくの家で遊ぼう」
蹴飛ばす代わりに、差し出された手を、握りました。
「なんだ、やっぱりそうだ」
「なんだよ」
「みんな、タケルくんが怖いって云ってたんだ。砂場の魔王と呼んでたよ。でも、本当は優しいんだよね」
ニコニコ笑う友達に、タケルくんは答えました。
「砂場の魔王は、もういないんだ」
おしまい
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