無言のヒロインと26歳のカタルシス

久遠 零

プロローグ・第一話

【プロローグ:笑顔の残滓】

僕は、生まれた時から無表情だったわけではない。

物心ついてから四、五歳頃までの記憶を辿れば、僕の顔には確かに笑顔の残滓があった。それは、家族と一緒にいる時、妹や弟と無邪気に遊ぶ時、あるいは、保育園で友達と他愛のない悪戯をして笑う時。その時の僕は、ごく普通の子どもだった。

感情を素直に表し、喜びや楽しさを、顔全体の筋肉を使って表現していた。

そして、外見について言えば、僕は1歳の頃が最も髪の毛が長かった時期で、写真で見るとまるで女の子のように見えたという。しかし、その後の2歳から3歳頃からは、今に至るまで坊主頭を貫き続けている。

このシンプルな髪型が、後の僕の「自分はどうでもいい」という自己軽視の姿勢を、図らずも予言していたのかもしれない。

あの頃の僕は、自分を否定することも、誰かの価値を勝手に決めつけて畏怖することも知らなかった。まだ、世界が複雑であることを知らず、自分自身に課す**「足枷」**の存在すら認識していなかった。

ただ、一つだけ、僕の心に根を張り始めていたものがある。僕は、妹一人と弟一人の、きょうだいの中で一番上の兄だった。僕は自然と、家族や周囲の者たちを守る、という使命感のようなものを背負っていた。

その「普通の笑顔」を、僕自身が永遠に封じ込めてしまう、決定的な出会いが、もうすぐそこまで迫っていた。



第一話:宣誓:22年間の呪いと、最初の光

――これは、僕が26歳になる日までを記した、「未来日記」であり、「未来記録」でもある。

これは、僕が26歳の誕生日を迎えた2030年の秋、その後の冬にかけて、自らの手で静かに終わらせると固く決意した、22年という途方もない歳月にわたる、僕の初恋の記録である。

この記録こそが、僕自身を縛りつけてきた**「足枷」**を断ち切るための、宣誓書となるだろう。

※※この物語の記述には、一部、最新のAIの力を借りた。それは、僕の感情が複雑すぎ、純粋すぎ、そしてあまりにも混沌としていたため、客観的な筆致が必要だと感じたからだ。※※

この真実を、幼少期から現在に至るまで、一切の虚飾なく正直に記すことこそが、僕の人生のすべてを捧げた、あの人への最大の誠実さだと僕は信じている。

僕の人生のすべては、湖明市内(こめいし)の、合併前の自治体で呼ぶと、地理的に対極にある(旧)東湖町(とうこちょう)と(旧)天之町(あまのちょう)という、二つの土地から始まった。対極的な土地柄でありながら、僕たちの運命の軌道は、そこで交差した。

その始まりは、2007年か2008年頃だった。厳密な入所時期はもう定かではないが、僕の記憶に最初に深く焼き付いているのは、雪が路肩を白く染め上げていた、冷たい季節の情景だ。

「みどりの家」と呼ばれる、ひまわり教室(支援が必要な子どもたちが集まる特別な施設)。その建物の中で、僕たちの運命は交差した。

あの建物の内側は、大人の世界にあるはずの、性別や立場、そして未来の打算といった**『足枷』の影**が、一片たりとて存在しない、あまりにも純粋すぎる世界だった。

その純粋さは、時に境界線すら曖昧にした。覚えている。幼い僕が、うっかりと建物の奥まで入り込んでしまい、覗いてしまった『みどりの家』のトイレ。事実上、男女共用だったその場所で、彼女はそこにいた。

彼女が恥じらったのは、あの事故が、彼女にとって特別な存在、すなわち好きな人の前で起こってしまったという可能性を、僕の脳裏に永遠に残した。

彼女はあまりにも美しく、あまりにも価値が大きかった。その価値に比べれば、僕自身のことは、どうでもよかった。この自己軽視の精神構造は、あの幼少期に完全に完成していた。

そして数カ月後、僕はついに、人生最初で最後の、そして最も純粋な賭けに出た。あの日、僕は彼女の前で、地面に頭を深くつけるという、それだけの行動に集中していた。

「結婚してください!」

そして一週間後の、たしか帰りの時間だった。彼女は、静かに笑っていた。

彼女は僕の顔を真っ直ぐに見上げながら、その小さな手を伸ばし、僕の手に直接、チョコレートを渡してくれた。この手渡しの温もりが僕の魂に刻まれた最初の「光」となり、同時に、彼女の価値を最大化し、僕の価値を最小化する精神構造が、決定的な形で完成した。

幼少期から、僕と彼女の関係は家族の間でも知れ渡っていた。僕は家族から「彼女〜ヒューヒュー」とからかわれたが、僕はそれを特に気にしなかった。なぜなら、そのからかい方は、彼女の存在や純粋さを傷つけるような言い方ではなかったからだ。僕にとって重要なのは、彼女の純粋さの尊厳が守られているか、ただそれだけだった。このからかいは、現在まで形を変えながら続いている。

そして、その頃から数カ月が経った。そこで撮らせていただいたツーショット写真、そして彼女の友達らしき人も加わったスリーショット写真。これらの写真の中の彼女と、その友人は、いつも通りの太陽のような笑顔だ。しかし、その隣にいる僕は、完全に無表情だった。1枚だけ僕が笑顔気味になっている写真があるのを思い出すが、それでも、彼女や彼女の友達の笑顔には遠く及ばない。

それ以来、僕の笑顔は失われた。僕が笑顔を見せれば、彼女が怖がり、そのあまりに純粋な存在を、僕の感情で汚してしまう気がしたのだ。

これが、僕と『無言のヒロイン』の、永遠に機能し続けることになる**「笑顔のない、純粋すぎる伝説」の完成**だった。

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