第3話 「夢」と「想い」

「陽香…陽香…陽香…」

翔太郎はひたすらに名前を呼び続けていた。

「翔太郎!私どこか行っちゃうの?…」

微かに陽香の声が聞こえた。その声に立ち上がり

「はっ、陽香!…どこだ?…どこにも行くな!…ずっと…そばにいてくれ!行くな!…」

辺りを見回しながら陽香の姿を探す。

「…捜して!絶対にまだ一緒に居たいの!…絶対!…」

続けて聞こえた陽香の声に廊下が歪んで見える。

「陽香!死ぬな!ずっと一緒だ!まだ一緒に居たいんだ!…だから…捜すぞ!絶対に!…好きなんだよ…どうしようもなく…堪らなく好きなんだ…だから…どこにも行かないでくれ!陽香ー!」

歪んだ廊下を見せていた瞳からとめどなく流れ落ちていくものが頬を伝っていく。

「これからなんだ…これから…」

もう何も考えられない。言葉も見つからないほどに陽香のことばかり考えていた。



闇の中の陽香は今のこの状況に理解できないでいた。

「どこ?…私はどうなるの?…」

すると暗闇の中から小さな光が見えてきた。

「何?あの光…」

光はだんだんと大きくなっていき、その中に吸い込まれていく。

「いやぁ!翔太郎と居たいの!いやっ!一緒に居たいから!…」

どんどんと光は大きくなり、やがて陽香は光の中へ。

「翔太郎!大好き!ずっと一緒に…一緒に…絶対…」

陽香を飲み込んだ光はやがて小さくなり消えた。



廊下に座っている香菜と美香は言葉もなく静かにいた。

「お母さん!香菜さん!…私…」

微かに声が聞こえた。微かながらもハッキリと。

「何?」

「えっ?姉さん、聞こえた?」

「ええ…私達を呼んでたわよね?…」

聞き覚えのある声に陽香の母の美香が

「今の声って…もしかして…陽香?」

美香の言葉に香菜も

「そうよ!…でも、似てる声?…何かしら?…」

美香と香菜は顔を見合わせて不思議そうに話す。

陽香と翔太郎を見送った後に電話がかかり、美香と一緒に病院に来た二人は何か胸騒ぎを覚えた。

「もしかして…陽香…」

「姉さん…陽香ちゃん…」

二人して不安な気持ちになり、その気持ちがどうしても抑えきれなくなり。

「姉さん…電話!…陽香ちゃんに…」

「そ、そうね…ちょっと電話してみるわ…」

美香は慌てて携帯電話を取り出して陽香にかける。

初めて陽香にかける電話、ついこの間、買って持たせて電話番号を登録したばかりの電話には

「トゥルルルルル…」

繰り返す呼び出し音に何故か焦ってくる。

「陽香…早く出て…早く…」

焦る美香に

「今、授業中じゃないの?…出ないわよ…」

焦る美香を落ち着かせようと香菜は声をかけた。

「…ああ…そうよね…」

焦っていた美香は落ち着きを取り戻して電話を切ろうとした。

「はい…」

「??…」

美香と香菜は電話に出た声に驚く。

「えっ?翔太郎?…」

初めてかけた電話にでた声は陽香ではないことに二人は顔を見合わせた。

「美香さん?…」

静かに落ち着いたように聴こえる声に

「翔ちゃんよね?…」

慌てて確認する美香。

「うん…」

落ち着いたような真面目な声に、いつもと違う何かを感じ取った美香。香菜も翔太郎のいつもと違う声色に嫌なものを感じる。

美香は感じ取ったものに放心状態となっていた。

その姿を見た香菜は、美香から携帯電話を取り

「翔太郎…今どこにいるの?…」

「鶴見総合病院…」

「えっ?…」

翔太郎の告げた事に言葉を失った香菜

「香菜!…どうしたの?…陽香がどうしたの?…」

「…翔太郎が…この病院にいるのよ…」

「…!」

美香はそれを聞き、顔が青褪め言葉を無くした。



陽香のことばかり考えていた翔太郎。

椅子に置いた陽香の鞄にふと目がいく。

(陽香…なぜなんだ…なんでだよ…陽香だけが…)

真新しい鞄の下の方が少し汚れているのを見て

(陽香…僕なんか助けずに逃げてくれたら良かったのに…)

陽香が突き飛ばしてきた時を思い出しながら自然と溢れ出す涙。

翔太郎は居た堪れなくなり心が痛む。

「あの時…僕が先に気付いてさえいれば…陽香はこんな事にはならなかったんだ…」

自己嫌悪に後悔の気持ちも合わさり、さらに溢れ出るものが視線を向けている鞄を大きく歪めていった。

頬に流れるものを制服の袖で拭い

「まだだ、まだだ…」

翔太郎は最悪の事態を考えずにいようと心に決めて待つようにした。

暫くするとドアが開き医師が出てくる。

説明を聞く翔太郎。

説明を聞き、移動しようと陽香の鞄に手をやった時だった。

電子音のメロディーが小さく聴こえる。

鞄を開けると携帯電話の着信音が鳴り響いていた。

初めて陽香の携帯電話を手に取った。

そして画面には電話をかけてきた相手の名前を見て、一呼吸し

「はい…」

電話に出た。

「えっ?翔太郎?…」

その声に翔太郎は泣き出しそうになったが、堪えながら

「美香さん?…」

「翔ちゃんよね?…」

「うん…」

「翔太郎…今…どこにいるの?」

電話の声は翔太郎の母に変わっていた。

「鶴見総合病院…」

静かに母親の声に答える。

「えっ?…」

「香菜…どうしたの?…陽香がどうしたの?」

「翔太郎が…この病院にいるのよ…」

電話越しに聴こえる美香と香菜の声…。

翔太郎はグッと涙を堪えて携帯電話からの声を聴く。

そして、何かを決心したように一息ついて

「母さん、美香さんにこっちに来れるか訊いて…」



陽香の母、美香は青褪めたまま呆然としていた。

「姉さん!大丈夫?…えっ?翔太郎…そっちに来いってことね?一階?」

「うん…救急外来の入り口のところにいるから…」

翔太郎は母の香菜に伝えた。

「ええ…分かったから…今から行くから…」

どこからか赤ちゃんの泣き声が響いていた。

その声を聴いたが、それよりも陽香の事が気になり、その場から立ち去り一階へと急ぐ美香と香菜。

二人が立ち去ったその場所には赤ちゃんの泣き声が僅かに響いていた。

一階へと急ぐ二人は黙ったままエレベーターへと向かう。一階へと降りていくエレベーターの中で俯いていた美香の瞳からは溢れ出た涙が床へと滴り落ちていく。

その様子を見ている香菜は何も言えずにただ美香を見つめることしかできなかった。

一階に降りた二人は救急外来へと向かう。

入り口には翔太郎が俯いたままでいた。

その様子に、美香と香菜は覚悟を決めて

「翔太郎…」

美香がいつもより低い声で呼んだ。

「美香さん…母さん…」

いつの間にか枯れてしまった、流れ出た跡が残る頬が全てを物語っていた。

「陽香…」

美香はあまりにも突然の事に娘の名前を呼ぶことしかできなかった。

香菜は息子の翔太郎の様子を見て声を失っていた。

「こっちへ…」

翔太郎の言葉に二人は静かに頷き、翔太郎の後をついていく。

救急外来に入り近くの部屋に入る翔太郎。

続いて二人は部屋に入っていった。

その部屋にはベッドに人工呼吸器も何も着けていない状態で静かに眠る陽香の姿が。

その姿に、美香の手から手提げバッグが床に落ちた。

呆然と立ち尽くしたままに、美香の瞳からは涙が溢れ出して止まらなくなっていた。

香菜も、立ったままで涙が溢れ出る。

「僕を助けようとして…」

陽香を見つめているままの翔太郎は、出来る限りの声を振り絞って出せた言葉は途中で消える…。

翔太郎の言葉は、悲しみでいっぱいの二人には届かなかった。

三人が陽香の眠る部屋へと入っていることを看護師が確認して医師を呼んできた。

悲しみの空間に響くノックの音が、聞きたくない最後の宣告がやってきたのだと全員が悟る。

「ご家族の方ですか?」

医師の声に静かに頷く美香。

香菜も一緒に頷く。そして

「手を尽くしましたが…」

その後の医師の声は耳に入らず頷くばかりの三人。

医師の説明が終わり

「ありがとうございました…」

そう言いながら翔太郎は医師へ向き一礼した。

医師が部屋を出て間もなく、香菜の携帯電話が静まり返った部屋の中で鳴り響く。

香菜は落ち着いて電話に出る。

「はい…」

電話からは元気な声が

「生まれました!元気な女の子です!」

有香の夫、一生(かずき)からの声だった。

立会で分娩室に入っていた一生が新しい生命の誕生を知らせてきた。

その知らせに香菜は目線が定まらず、どう言っていいのか悩んでいたが香菜の様子に、美香は頑張って笑顔を作り香菜に頷いた。それを確認した香菜は

「おめでとう!今一階に居るから向かうわね」

と泣くのを堪えて言葉を返して電話を切った。

「さあ、一旦有香のところに行くわよ。翔太郎も一緒に行きましょ」

無理をして笑顔になっている美香の表情に翔太郎も頷き、陽香の顔に優しく一礼をして向かった。



有香の部屋の前に着いた三人は、何とも言えない複雑な気持ちでいたが

「さあ!明るく!いい?」

美香の笑顔に

「いつ言うの?…」

翔太郎の質問が。

「…帰る前に言うから…大丈夫よ…」

と、一瞬表情が悲しみになったが、また笑顔に戻してドアをノックした。

「おめでとう!有香!頑張ったわね…」

笑顔で美香が有香に声を掛けた。

「ありがとう姉さん」

分娩室から戻ったばかりの有香が疲れ切った表情で答えた。

「女の子よね?」

香菜が確認をすると

「そうよ、二千六百五十グラム…元気な女の子…」

有香が嬉しそうな笑顔になりながら言った。

「おめでとう、有香」

「ありがとう…」

有香が笑顔で答えると、急に不安そうな表情に変わる。

「美香姉さん、私…あの子が産まれる時に声が聞こえたのよ…」

「えっ?声って…」

有香の言葉に答えながらも、美香の表情が泣き出しそうな顔へと一変した。

「…陽香ちゃんよ…あの声は…」

「陽香ちゃんの?…何か言っていたの?…」

声が出なくなった美香の代わりに香菜が訊いた。



陽香は闇から光の中に吸い込まれていた。

そして、光の中から僅かに外の景色が見えた。

そこには有香が汗を流して苦しんでいる表情がチラリと見えた。

「有香さん…私…絶対に翔太郎と会いたいの…ごめんなさい…私…」

陽香は有香に伝言を頼むように話しかけていた。

だが、全てを話している途中で光は消えて、フワフワしていた感覚が消えていった。

(有香さん…聞こえたかしら?…声は届いていたの?…)

陽香は翔太郎に伝えたかった言葉を有香に伝えて欲しくて声を掛けたが、その声が届いていたか不安になっていた。

「ここは何処?…」

急に話し声が聴こえだして、周りから感じてくる温かさ…

そして、段々と明るくなっていく。だが、何故か目は開かず閉じたままだった。



「陽香ちゃんの?…何か言っていたの?…」

香菜が訊いてきたことに

「『有香さん…私、絶対に翔太郎と会いたいの…ごめんなさい…私…』って…、まだ何か言っていたんだけど声がどんどんと小さくなっていってよく聞き取れなかったの…」

有香は何か陽香の言葉に違和感があったようで

「陽香ちゃんの声が頭の方から足元の方に流れていったのよ…ねぇ?」

「ああ…そうだよな。なんか不思議だったんだよ…なあ。でも、周りの人には聞こえてなかったみたいだったんだよ…」

一生は立会で有香の直ぐ側にいたのもあって聴こえていた。

「私達ビックリしちゃって一瞬目が合っちゃったぐらいだもの…」

有香は不思議そうに一生とその時のことを振り返る。

「有香…実はね…実は…」

美香が陽香のことを話そうとしたが言葉が詰まる。

その様子に有香は気付いて顔が青褪めていく。

「姉さん、陽香ちゃんに…何かあったのね?…」

その言葉に一生が驚く、のと同時に美香と香菜、そして翔太郎がここにいることに気が付いた。

「えっ?陽香ちゃん…もしかして…翔太郎がここにいるし…」

有香と一生は翔太郎が鞄を二つ抱えてここにいることに最悪な事態を覚悟する。

そして翔太郎は有香と一生の目線に気付いて二人を見ながら絶望の表情で言葉もなくゆっくりと頷いた。

「…!」

有香と一生も翔太郎の頷き方に声が出なかった。

美香は今まで笑顔をしながらも我慢していたが、それまで現実を忘れるようにしてやっとの思いで止めることができていたものが翔太郎の頷きで決壊するように涙が溢れ出てきた。

翔太郎は静かに、そして無表情になっていて

「陽香は一階で眠っているんだ…」

その言葉で一生と有香は涙が自然と流れ出していた。

「陽香ちゃん…私…行く!」

出産したばかりの有香がベッドから降りようとしたが一生はそれを止めて

「ちょっと車椅子持ってくるから、あと行けるか訊いてくる!」

と部屋から急いで出ていった。

「出産でめでたいことなのに…ごめんね…」

流れ出る涙を拭いながら美香は有香に話しかけた。

「いえ…そんな…今日って…陽香ちゃん…誕生日よね?」

「…そうよ…」

美香はさらに胸がジーンと熱くなりさらに込み上げてくる悲しさを堪えながら言った。言える言葉だけ、声にした…。

明るい病室に悲しみが木霊する。

一時すると一生が車椅子を押しながら戻ってきた。

全員が一階へと向かう廊下には車椅子のタイヤの軋む音がなんだか悲しさを訴えているように聴こえていた。



一階の陽香の眠る部屋の前に着いた。

翔太郎は皆に向き頷きノックをし、返事のない部屋のドアを開けた…。

部屋に入ると眠っている陽香の姿が見える。

有香も一生も声が出なかった。

いつも元気で健康的だった顔が、血色もなくなって少し青白くなった姿に涙を誘う。

「…陽香ちゃん…あなた…最後に何をいいたかったの?…」

有香が涙を流しながら返事をすることもなくなった陽香に話しかけた。

一生も

「本当だ…陽香ちゃん…あの時何を言いたかったんだ?…」

陽香に訊いた。返事も何の反応もない陽香に向かって。

暫くして皆部屋から出ていった。翔太郎を残して。

(いられるだけ一緒にいるんだ!…一緒に…いられるだけ…)

心の中で叫んでいた。何度も…何回も…

やがて迎えがやって来て陽香と一緒に家へと向かった。

陽香は家のリビングに続いている畳部屋に眠っていた。

線香の煙と香りが漂う、静かな家に帰ってきた。

いつもの元気いっぱいの「ただいま!」はない無言の帰宅。

そして陽香の周りには姉、兄、父、母が揃って肩を震わせ俯いていた。

やがて二家族と両家の祖父祖母も訪れた。

暫くして夕食の用意が始まる。

美香は泣きたい気持ちを抑えながら

「今日の夕食は予定していた通り誕生日パーティーをするからね…いつも通りのようにいきましょ。陽香もきっと喜んでいるから…ね…皆」

あまりにも悲しい誕生日パーティー。

陽香と翔太郎の誕生日と、陽香の新たなる旅立ちの日として行うと美香が皆に伝えて、全員が納得して行うことにした。

リビングから見える陽香の姿…何もなければ楽しい時間になっていたに違いないパーティーも、皆が楽しそうに振る舞っていた景色に翔太郎も陽香が喜ぶようにと頑張って笑顔を見せた。

いつもは最初にするプレゼント交換をしているが、受け取ってくれるはずの笑顔の彼女は今眠っている。翔太郎は家から持ってきてもらったプレゼントを彼女の枕元に笑顔で置いた。

初めて自分で選んだプレゼントをもう見ることはない陽香。

そして、彼女からは、もうプレゼントは渡されない。

「陽香の部屋から持ってくる!」

と姉の百香が涙を堪えながら笑顔で持ってきた。

陽香からではなく百香から手渡された最後の誕生日プレゼント…

翔太郎は笑顔で受け取ったが目からは一筋の涙が流れていった…皆も同じく笑顔ではいるが流れる涙は止まらなかった。

「陽香…ありがとう…ありがとう…」

その言葉に涙を拭いながらも頑張って笑顔でいる皆が、翔太郎はありがとう以外の言葉が出てこなかった。陽香の眠っている姿を見ると、枕元に置かれた食事とケーキが涙を呼び起こす。

食事も終わり、翔太郎は陽香の眠っている部屋に入った。

今夜は仮通夜だ。

目を閉じたままの陽香の顔を忘れまいとじっと見つめる翔太郎。声は小さく囁くように彼女に話しかける。

「陽香…夢は結婚って言ってたよなぁ…他に夢はなかったのか?…もう答えられなくなってからこんな事言って…ごめんな…」

今では訊いても教えてもらえない。返事もしない彼女を見つめて、ただ独り言のように話しかけるだけ。

それでもいい。陽香という姿、形のあるうちに話せるだけ話したかった翔太郎は、ひたすらに、ただひたすらに一生分を今ここですべて済ませるかのように話していた。

「僕の夢は…陽香…ずっと一緒にいることだったんだ…ずっと…だから、実は婚約になった時は…凄く嬉しかったんだ…」

もしかしたら陽香が起きてくれるんじゃないかと願いながら話を続ける。

「そして、もう一つ夢があったんだ…それは、バンド活動をしてプロになりたいと思っていたんだ…陽香が作ってくれたバンドで…色々なライブに出演して、オリジナル曲を作って…」

夢を語りだした翔太郎は頬を伝うものが出てきた事に気付き流れた涙を拭って再び語りだした。

「でも…陽香…陽香がいないバンドでプロなんて…一緒に居たかったんだよ…バンドでも…いつも一緒に…」

拭っても拭っても次々と流れ出てきて止まらない涙。

「陽香…中三の文化祭で言ってたよな…」



あれは中三の文化祭の時だった…

「ショウ!もうすぐよ!」

「うん!練習もやりきったし、後はミスらないように頑張るぞ!なあ!ハル!」

「そうよ!緊張してミスらないでよ!」

陽香は翔太郎に冗談交じりに話した。もう出番が回ってくる。

今演奏しているバンドが終わると次が自分たちの番だ。

「なんだよー!僕がミスるのを楽しんでいるのか?」

「いいえ!言わなくてもミスるんでしょ?」

冗談交じりに笑顔でいる陽香。

「大丈夫だ…多分…って…緊張させんなよ!」

「ごめんごめん」

陽香は悪戯した後のように舌をちょこっと出して笑顔で誤魔化していた。

「あっ!終わった!さて、みんな!いくぞ!」

「はい!いこう!」

メンバー全員が翔太郎の声掛けに返事をしてステージに上り暗い中でセッティングをし始めた。

セッティングも終わり、ステージの横で合図が出た。

スポットライトが当たり、ドラムの考平がスティックでのカウントが響き、曲は始まった。

そして三曲ながらも全力で楽しんでいるメンバー達の顔を見ている陽香。ギターの翔太郎も難しいフレーズを過ぎた時に陽香と目が合い。

(弾けてるじゃん!)

(ありがとな!)

陽香と翔太郎は目でそんな会話をしていた。

全曲終えて引き上げると、ステージ裏ではマネージャーの由美が待っていた。

「お疲れー!盛り上がってたわよ!」

「よかったー!」

みんなのホッとした声がステージの終わりの合図だった。

「またやろうね!高校行ってもていたずっと…」

陽香がメンバーに笑顔で話した。

「うん!やろうね!」みんな盛り上がったままで返事をした。

そしてステージ裏から引き上げていくところで

「ねえ…ショウ…」

「うん?どうした?」

陽香の問いかけに返事をする翔太郎。

「これからも一緒にやっていこうね…ずっと…」

「うん!やっていこう!ずっとな!」

「翔太郎…」

陽香が少し照れた表情で名前を呼んだ。そして

「これからもずっと一緒にいたいの…」

「ああ、そうだな、今までずっと一緒だったしな!」

「バンドでも学校でも…家でも…一緒にいたいの…」

「ああ、一緒にいよう!」

「本当?嬉しい!…私だけ見ていて…ずっとよ…絶対…」

「うん!見てるよ!絶対に!」

「ありがとう…そんなこと言ってくれるショウが好き…」

「うん、僕も好きだよ!」

テンションが上っていた僕は素直に言えた。何の躊躇もなく言えた僕の返事に、陽香は頬を赤くして

「私の思い…伝わった?ショウ…」

「うん、分かってるよ、僕も好きだから」

ステージの音にかき消されそうな声は、陽香に届いているかどうか陽香を見つめた。

赤のライトが漏れて当たるステージ横で陽香の照れている様子を見て。きっと照れて赤くなっているんだろうなと僕の心の中で思っていた。

陽香の思いが染み入る。

もう何度も好きだと言ってくれたが、その日だけはお互いに素直に言えた。

僕の思いと陽香の思いは、想いに変わっていったように感じられた日だった。陽香の想いと僕の想い…お互いの想いが通じ合い一つになる…

そう気付いた日だった。



「陽香…陽香の想いは一生大切にしていくから…僕の想いも一生…ずっと変わらないから…」

翔太郎は中三の文化祭のステージ後でのちょっとした時間での、お互いの想いが通じ合った時の事を思い出していた。

そして陽香の

「私だけ見ていて…ずっとよ…絶対…」

あの時の声を思い出して翔太郎は涙が止まらない…

「陽香…ずっと見ているからな…絶対に…」

眠ったままの陽香に約束するように声を掛けていた。

返事は帰ってこない。

返事は返ってこないのを承知の上で声を掛ける翔太郎。

「好きだ…は…る…か…返事は…しなくていい…聞いていてくれ…聞いてくれるだけでいいから…」

潤った瞳が陽香の顔を歪める。歪んで陽香が笑顔になったように見えて…さらに辛くなる。

「どうすればいいんだよ…どうすれば…」

胸の中がジーンとして悲しみが込み上げる。

もう、どうにもならない事実を受け入れたくない気持ちが大きくなり、何も考えられなくなっていた。

「陽香…僕の想いを…忘れないでくれ…」

無言でいる陽香に何度も何度も言い続ける。

陽香の事を、陽香の顔を忘れないように、心に刻み込むように翔太郎は陽香の顔をずっと見つめていた。

「この想いは…ずっと…ずっと…うっ…うっ…うううう」

我慢しなくてはと思いつつも湧き上がってくる悲しみに堪えられず声が漏れた。

「陽香…」

もう名前しか呼べなかった。

その後に話したかった言葉が声にならなかった。

線香の煙と香りが、そして、蝋燭の火が虚しさを感じさせる。

無言のまま線香を入替え、途切れないようにする。

もう何もかも失ったような気持ちが…虚しさだけが心の中を埋めていった。

















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