第2話 「光」と「闇」

僕はまだ15歳だが婚約相手がいる…

相手は従兄弟で同い年、誕生日も同じ…

すごく美人で優しく、これと思ったらすぐに行動する快活な女の子、陽香。

僕は陽香の事を大好きだとバレないように頑張っているが、陽香にはすべて見透かされているみたいだ…

陽香は僕のことを大好きとは言ってくれてはいるが、あまりにも言い方が大胆で、僕が狼狽するのが面白いのか、からかうことが多い。

本当に僕のことを好きだと完全に理解できたのは『結婚しよう!』と僕が陽香に『告白』した時だった…



ここは陽香の家。親戚全員集まっての食事会だ…

それも『特別』な…

僕と陽香は明日高校の入学式がある。

だが、高校の入学前に、なんと、結納式を迎える。それも陽香の強い希望によって…

そして、陽香と僕は高校入学前に婚約者同士となる。

普通に考えれば『早い』と思う。どう考えても…

でも、先週陽香に『結婚しよう!』と言った…ん?

言わされた?ような…

まあ最終的には僕から言ったのだから仕方ない…

いや、仕方ないじゃない!!言えたのが嬉しい!

凄くすごーく嬉しい。

陽香のことだから高校に通うようになったら早速皆に『婚約したの』とか言うんだろうな…絶対に…

中学生までのような皆からの冷やかしもなくなるだろうし。

でも婚約者同士になって学校ではどう見られるんだろう…

『お幸せに』とか『婚約おめでとう』かな?

有香さんの時はどうだったんだろう?

なんか急に訊きたくなってきたぞ!!

今は聞ける状況じゃないので食事会の時にでも聞いてみよう。

なんだろうこの興味津々な気持ち…人の恋愛を聞くのってこんなにもワクワクするもんだったのか。

恋愛話を聞くのって初めてだし、そもそもそんな事を訊いてみようなんてなんだかドキドキし始めた。

女子達が恋愛話で少し赤面しながら話しが盛り上がっているのもわかる気がする。

「みんなー!座ったー?」母さんが皆に確認をすると静かになった。

「それでは只今から翔太郎くんと陽香ちゃんの結納式を始めます」

一生(かずき)さんが始まりを告げる。

僕は始まりの声を聞いた途端に全身に震えと緊張感が走った。

そのまま一生さんが司会進行していく。

「翔太郎くんと陽香ちゃんのことは皆さんご承知ですから紹介は省略します。続きまして、結納の品がこちらになります。皆さんにも結納の記念品としてこちらを結納式のあとでお渡しします」

「続いては、婚約指環の贈呈になります」

今度はお腹の大きい有香さんが司会進行をする。

「それでは翔太郎くん」

有香さんが呼んだ途端に緊張が走る。

僕はいつも緊張しているわけではない。

学校の発表やライブステージなどでは多少の緊張はあるが、正式なものはなんだか緊張する。特に緊張するのは、陽香に好きだとか心の中を読まれている時。結納式はその次だ。

僕の様子を見ていた陽香は僕と目を合わせてきて

「さあ、用意して」

と目で合図をしてきたので頷いた。

そして

「指環のケースを持って私の前で…」

続けて心の中に陽香が話しかけてきているように感じて、言われたとおりにケースを持ち、陽香の前でケースを開けた。

開かれたケースには眩しく光り輝く宝石がついたリングが見えた。

陽香は、なんとも言えない幸せそうな表情を浮かべていた。

その表情のまま陽香が目を合わせてきて

「指にはめて」

と目で合図を送ってきたので

「うん、分かった」と目で送り返してケースの中のリングを持った。

スーッと白く柔らかそうな手が僕の前に差し出された。

そして、リングをはめようと…

(ん?!どっ、どの指だっけ???…分からないぞおおおおおおーっ!!!)

静かに冷静さを装いつつも心の中は大パニックだ!!

(ええええええーっと???)

心の中は大パニックを起こしていたのを見透かすように

「この指よ…」

陽香が左手の薬指を示すように薬指以外の指を少し下げてくれた。

「あっ、この指か…ありがとう」

と目線で送ると

「うん!」

と目線で返してくれた。

そのおかげで僕は平静さを取り戻してゆっくりと左手薬指に光るリングを通した。

光るリングがついた指を見ながら彼女からは光るものが頬を伝っていた。

潤んだ瞳のまま目が合い

「ありがとう」

と気持ちが伝わってくる。

そして陽香の目の合図で二人は

「ありがとうございます」

と、打ち合わせもしていないのにピタリと同じ言葉とタイミングで皆にお礼を言っていた。

「おめでとうございます。これで婚約成立となりました」

有香さんも涙ぐみながらもとても嬉しそうな声で司会をしてくれた。

「それでは簡単ではございますが結納式を終わらせていただきます」

一生さんが結納式の終了を知らせる言葉が響き、一斉に「おめでとう!」の皆からの祝福の声が上がり拍手が鳴り響いた。

嬉しさ、込み上げてくる幸福感。今は本当に幸せな気持ちだ。

「陽香と翔太郎くんはもう何年も連れ添った夫婦みたいね」

陽香の母、美香さんが驚いた様子で僕達に話しかけてきた。

僕達は二人して「えっ?」と、何のことだかさっぱりわからずに顔を見合わせた。

「いつの間にそんな感じになったの?見ていた母さんビックリしちゃったわよ」僕の母さんが言うと

「目で会話なんぞいつからしていたんだ?」陽香の父、叶悟(きょうご)さんも驚きを隠せない。

「見ていたらニヤニヤが止まんなくなったんだけど…」陽香の姉、百香さんがニヤけた顔で言ってきた。

父さんも

「お似合いの夫婦だなぁ。あっ、まだ夫婦じゃないのかぁ」とニヤけた顔で言ってきた。

「二人は生まれた時からこうなる運命だったのね…」美香さんが嬉しそうに声をかけてくれた。

「なるようになってたんだなぁ」陽香の兄、叶空(とあ)さんの言葉に合わせるように百香さんも同じ言葉を口にする。

双子の百香さんと叶空さんは顔を見合わせ「また同じこと言った」と笑っていた。

「兄ちゃん、今の気持ちは?」

妹の有香彩香の声に静まり返る。

「えっ、えーっと…」言葉を考えながら陽香の顔をチラッと見ると彼女は軽く頷いてくれた。僕は何を言うのか伝わってきて

「最高に幸せ」二人で今の気持ちを伝えた。

「ああっ!またやってる!双子なの?」百香さんのツッコミに皆は大爆笑だった。

「さて、みんな!食べましょ!」食事会の始まりを母さんが告げ、一斉に「いただきます」談笑も始まり、いつもの食事会になる。

お腹が大きい有香さんは娘の穂香(ほのか)ちゃんを横に座らせていたが、有香さんがしんどそうなので一生さんの横に移動していた。

今は生まれた二歳なので何があったのかはわからないと思う。

(もうすぐ産まれる子は女の子って言ってたよな…

二歳の娘と生まれてくる子の二人になると有香さんは大変になるんだろうなぁ)と思っていた。

その時、さっき訊こうとしたことを思い出した。

だが、いざとなると声を掛け辛い…物凄くかけにくい。何回か声を掛けようとしたがタイミングも悪く中々難しい。そんな時、ふと、陽香と目が合うと、有香さんに声を掛けた。

「有香さんが婚約したあと、高校ではどんな感じになってたんですか?」

なんか陽香に心の中まですべて見透かされていて

「エスパーか?」と小声で囁いてしまった。

「そうね、そうね、男子達からは取られた!とか予約済みかぁ、みたいなことは言われていたわよ」

「へえー、予約済みかぁ…なんか商品みたい」

「学校の先生にも知られてたから大変よ。進路相談があるでしょ?私だけしなくてもいいよな?ってホームルームの時間に皆の前で言われたんだから」

「皆はどんな反応だった?」興味津々になっている陽香。

「ああっ、結婚するもんな。卒業してすぐに結婚かぁ、凄えよな…なんて男子たちに言われてたし、もうすぐ奥さんね?嬉しい?なんて女子たちからも、いろいろ質問攻めされたり…ある意味大変だったわよ」

「へえー、そういうもんなんだ」

「そうよ、女子達で遊びに行ったりしても恋愛話になると、馴れ初めは?とか、どうやったら年上彼氏と出会いができるの?年上彼氏だからどんな所に連れて行ってくれるの?とか、どうしてもそんな方向に話しがいっちゃうのよ」

「年上彼氏か…一生さんは確か…7歳ぐらい上?」

「そうよ、私が中学生の時に大学生だったから良くて兄妹に見られていることが多かったかも…彼氏彼女には見られなかったわね…」

彼氏彼女に見られなくて残念だったな、という思いがでている表情の有香さんだった。

「でも陽香ちゃん!あなた達は私たちと違って物凄く大変だと思うの。だって、同じ学校に同じ学年でしょ?もし同じクラスにでもなろうもんなら、もう収拾がつかないくらいぐらい大騒ぎになるわよ」

「なんで?」

「婚約者が同じクラスにいる!なんて、もう恋愛に飢えている年頃の中に、婚約までした二人が入るんだもの、質問攻めは間違いないわよ」

「やっぱり?薄々は感じててはいたけど…もう仲のいい友達には婚約のことは話しちゃったし…」

「嘘でしょ?もう話しちゃったの?もう中学の時の友達なんかには知れ渡っているわよ…でも、なんだか陽香ちゃんは嬉しそうね」

陽香はニコニコしていた。

「だって…そりゃそうでしょ!翔太郎なんだから…」

陽香と有香は翔太郎の顔を見る。

「ん?…なに?」

僕がなんで二人に見られなきゃならないのかわからずにいると

「ああっ、…わかる!」

有香は陽香の言いたいことに気がついて頷いた。

「何がわかるんだよ?有香さん!」

翔太郎から、わざとらしく笑って目線を逸らせる有香。

「でしょ?だから早くしたの」

陽香と有香は何かを分かり合っている様子で頷きあっていた。

(僕が何をしたんだ?『翔太郎なんだから…』ってなんだよ~。そこんとこ教えてくれーっ!)

「そういうことね?…やるわね陽香ちゃん」

「やるでしょ?」陽香と有香さんは笑いだした。

(肝心なところ隠さないで話してくれよ…二人して笑って…あれで何のことか分かってんのかぁ?)

周りの友達からは恋愛に疎いってよく言われていたけど、そんなことはないって言い切っていたのに…

(絶対恋愛話だよな?…まさか違う話になっていたとか?わからない…なんの話なのか…)

「そう言えば陽香ちゃん、いつの間に翔太郎くんと目で会話できるようになったの?」

「うーん、小さい頃からだから何歳かな?なんとなく翔太郎の考えていることとか言いたいことが分かるようになっていたの」

「翔太郎くんは?」有香さんがちょっと真面目な顔つきで訊いてきた。

「…同じかな…でも最近までは自信がなかったけど、最近はそれが本当だったって分かるようになったみたい…」

「すっ、すごっ!」

有香の驚きに陽香が

「えっ?」思わず声が出た。

「だって、小さい頃からそこまで分かるって…前世に何かあったとしか思えないわよ…」

「そうなの?」

話を聞いていた二人はまたも同時に言う。

それをまた目の当たりにすると、有香は何かに気付いたようで、

「そうよ!絶対に!占いとか好きで本とかよく読んでるんだけど、書いてあったの…前世で二人は一心同体だったかもよ…」

「どういうこと?」陽香と翔太郎はまたも同時に言っていた。

「二人とも誕生日が同じだからツインレイの可能性はないと思っていたのよ…」

「ツインレイ?」またも二人の同時の言葉

「そうよ…でもツインレイなら誕生日は半年違うとか近いとかだけど…でも、二人を見ているとお互いの足りない部分を補い合ってるし、趣味とか共通点も多いし…ねえ!香菜!美香!来て!」

「どうしたの?有香」

「はいはい、何かあったの?」香菜と美香は返事をしながらこっちに来た。

「ねえねえ、今思ったんだけど、陽香ちゃんと翔太郎くんってツインレイじゃない?」

「そうね…」

香菜が分かってるみたいに返事をした。

「それそれ!香菜とその事を今話していたのよ…だって…あまりにも不思議でしょ?」

「そうよ、さっきの結納の時の覚えてる?あれって絶対!ツインレイよ!」

「そうよね…私たち占いの店で受付してるでしょ、前世占いの先生に、水森さんと朝霧さんの子はツインレイよって、何年か前に言われたのを思い出して香菜とその話してたとこなのよ」

美香さんが以前にあったことを有香さんに話していた。

(な、なんだ?ツインレイ?二人ってツインとか言うよな?…レイって…光線か?なんだ?)

陽香と顔を見合わせてお互いに頷き、陽香もツインレイって何のことだか分からなかった。

「ツインレイって魂の片割れのことよ」

美香さんが僕と陽香に説明してくれた。

「前世で一つの魂だったのよ。ちょっと確認するけど、結納式での『ありがとうございます』は打ち合わせでもしていたの?」

母さんが僕達に訊いてきた。

「陽香がそう言えって言ったから…」

「私は翔太郎に『ありがとうございます』ってお礼を言おうって…」

「どういうこと?」

「目が合って、その時に翔太郎に言おうって…心の中で呼びかけたの…」

陽香がその時のことを語っていた。

「目が合って心の中で?…」

「うん…」またも二人は同じタイミングで返事をする。

「こっ、これって本物よ…姉さん!」母さんが美香さんに物凄く驚いた顔で話しかけた。

「双子ってレベルじゃないわよ!」美香さんもその事実に驚愕した。

「まさかツインレイが目の前にいたなんて…」有香さんも驚きを隠せない。

そんな話をしていると、父さん達や妹、陽香の兄、姉も気になって…

「ツインレイってなんだ?」

「どうした?」

叶悟さんに父さんも当然その話が気になってくる。

「有香!ツインレイってあの本に書かれてたやつ?」

一生さんが言い出す。

「みんな、聞いて…陽香と翔太郎はツインレイみたいよ…」

美香さんが言い出した。続けて

「ツインレイって前世で魂が一つだったのが今世で半分半分になったってことなのよ」

「嘘みたいだけど…これは多分本物よ…」

母さんが冷静になって口にする。

「ツインレイだから何なんだ?」

父さんが美香さんに訊いている。

「今世で出会ったら最後よ…」

美香の話しに叶悟さんが、

「最後って?」

それを聞いて美香さんが

「有香、教えてあげて」

有香さんが答える。

「だって二人は、他の恋愛には興味が全くないでしょ?陽香は翔太郎以外の男の人にカッコいいとか憧れとか…好きなアイドルとかいないでしょ?」

「そう言えばそうだな、小さい頃から陽香は翔ちゃん翔ちゃんって…そういうことか?」

「そうなの」

叶悟の質問に有香は頷きながら答えた。

「まあ、近い内に前世占いの先生に二人を連れて行ってみるから、結果はその後ね」

母さんがみんなにそう言ってこの話は終わり、いつもの談笑になってきたところに、

「美香!香菜!さっサイレント期間…」

有香さんが思い出して姉に話しかけた。

「なに?サイレント期間って…」

「それって何?」

美香さんも母さんも知らないようで訊き返していた。

有香さんも知らないようで、

「ツインレイならサイレント期間があるって本に書かれてたのよ…でも詳しくは書いてなかったの」

「そうなの?だったら、前世占いの先生に訊いていみるわ」

美香さんは有香さんに答えた。

「あとは結果待ちね」

と、母さんがそう言って話は終わってしまった。

それを聞いた僕達は何のことだか分からずに顔を見合わせていた。



朝から天気も良く、気持ち良い暖かさにとても幸せそうに眠る翔太郎。

「カチャ」

静かに部屋のドアが開く。そして開いたドアから高校の制服姿の陽香がニヤリとしながらベッドに眠る翔太郎を見つめる…

「起きろぉ!!翔太郎!!朝よーっ!」陽香は翔太郎のベッドに飛び乗り大声で叫んだ。

「うおっ!!び、ビックリしたぁー!!」

「おーはよっ!」

「おいおい!もっと静かに起こしてくれよー!心臓に悪いぞ!」

「そう?じゃあ明日は優しく起こしてあげるわね…でもすぐに起きないとビックリさせるから…いい?」

「おう!その方がいいよ!静かに優しくな!」

「はーい!さっ!朝よ!入学式の用意よ!」

陽香はそう言ってベッドから降りようとしたが、止まって何かを思い出して

「あっ!今日入学式終わったら…覚えてる?」

「えーっと、あっ!確か…誕生日プレゼント一緒に買いに行こうって言ってたよな?」

「はい!正解!よく覚えていたわね?翔太郎エライエライ…」

陽香は翔太郎が覚えていた事がとても嬉しくなって思わず翔太郎の頭を撫でていた。

「おいおい…よくできましたって赤ちゃんか?」

「うふふ…嬉しいからつい頭撫で撫でしちゃった!」

嬉しくて笑顔になっていた陽香。

「陽香とした約束は覚えているだろう?」

自信ありげに翔太郎が陽香に言う。

「…そうだっけ?…」

「…なんだよー、その顔は…」

『今まで全部できてたかしら?』と、考える表情をした陽香に僕はちょっと不安になった僕は

「なんか忘れたことあったかなぁ?…」

「うん!…あったかも!!」

「えっ!何を忘れてた?」

「…うっそー!!…ないわよ!」

陽香の悪戯した後の照れ隠しに舌をちょっと出してくる姿に『可愛いなぁ』とドキドキが出ていた。

「…だっ騙したなぁ!…」

優しく怒る翔太郎の表情を見て陽香もドキッとしてじゃれ合う二人

「朝からお熱いですこと…」

妹の彩香が、部屋のドアの開いたままの廊下からニヤニヤしながら話しかけてきた。

ビックリして二人共に飛び上がったかと思うと正座して着地した。そして同時に赤面した二人に

「ツインレイね!もう…」

彩香が昨日聞いていたツインレイを口にした。そして

「また抱き合って遅刻にならないようにね!今日は入学式でしょ?」

と、言い残して階段を降りていった。

残された二人は見つめ合うと

「さっ、さあ…用意するか…」

「そっ、そうね…私朝御飯の用意してるね」

「うん、着替えてすぐ行くよ」

赤面したまま頷くと部屋から出て階段を降りていった。

部屋に残った翔太郎は

「さあ、今日から高校生だ!」

と言いながら着替えだした。

いつものように翔太郎の朝御飯の用意をしている陽香に

「陽香ちゃん、明日から翔太郎と一緒に朝御飯を食べて行ったら?」

翔太郎の母、香菜が笑顔で話しかけてきた。

「ええっ!いいの?」

陽香は少し驚いた表情を見せた。

「だって中二から毎朝翔太郎の朝御飯の用意をしてくれてたし、もう婚約したのもあるから、いいわよ、私から美香に言っとくから」

「うわぁ!ありがとう!香菜さ…ぁ…おっ、お義母さん…」

「まぁ…陽香ちゃん、無理して言わなくてもいいのよ」

赤面して照れていた陽香の顔を見て、香菜は笑顔になっていた。

「そっ、そうですか?でも…結婚するから…」

「そうねぇ、でも陽香ちゃんが急に言い方変えると私もなんだか恥ずかしわよ。だから、今まで通りに呼んで、その方が慣れてるから、ねっ」

「よく考えたらなんか照れちゃいますよね?だって叔母さんからお義母さんなんて…」

「そうよね…よく考えたら。あっ、でも、彩香が妹で良かったわー」

「どうして?…」

「だって彩香が翔太郎の姉だったらお姉さんって呼ぶことになるでしょ?そしたら彩香ももっと複雑な気持ちになっていたわよ。子供なんて生まれたらおばちゃんになるだもの」

その会話を聞いていた彩香が

「まだ若いのにおばちゃん?なんか嫌だなぁ。お姉ちゃんって呼ばせるもん!」

食べながらも話はしっかりと聞いていた彩香も中学の入学式である。新しい中学の制服姿で朝御飯を食べている。そこに翔太郎が着替えて降りてきた。

「あらぁ、高校生になったのねぇ」

母親の香菜がにこやかな笑顔で翔太郎に話しかけた。

「今日から高校生だもんな。似合うだろ?」

「まあまあね…」

陽香が翔太郎の制服姿を上から下まで一通り見てチェックして点数をつけるように言った。

「まあまあって…陽香!チェックしてやる!」

同じように制服姿を上から下まで見ていると、あまりにも美人で制服姿が似合う陽香にドキドキし始めて顔が熱くなってきた。

「なに?私の制服姿が変だって言うの?」

「いっ、いや…」

熱が伝わった顔が色づき始めた。

「あれっ?翔太郎!何照れてんのよぉ!」

「いやっ!てっ、照れてなんか…」

「もおー!私はあなたの彼女じゃないのよ!分かる?」

「ええっ!かっ、かっ、彼女じゃない?なんで?付き合ってくれって言ってないからか?…やっぱり…」

翔太郎は陽香があなたの彼女じゃないと言われた言葉にショックを受けていた。その原因は付き合ってくれと言ってないからだと思った。

「もおーっ!そういう問題じゃないのよ!」

「なっ、何が?」

翔太郎は全く理解できなかった。ただ、付き合ってくれ、と言わなかったから彼女になってくれないとばかり思っていた。

「忘れたの?…私達婚約したのよ…だから…分かる?」

「えっ?分かるって何が?…」

「もうっ!…婚約したのよ…だから…彼女じゃなくて…分かりやすく言えば、もうすぐあなたの妻になるのよ…」

何回か翔太郎の顔をチラッと見ながら言う彼女は照れてだんだんと秋の紅葉のように紅く染まっていく。

そしてお互い赤面したまま顔を見合わせる。

「陽香…」

翔太郎が陽香に声を掛けている時に

「もおー、朝から熱いわねぇー、ねっ!ママ!」

「そうねぇー、もうこっちが照れてくるわよ、ねぇ彩香」

「そうよ、春なのにここは季節がメチャクチャねぇ、ここだけ真夏で、秋の紅葉まで見れるんですもの」

「ねぇー!」

彩香と母はニヤけた顔で言いながら二人をいじってくる。

「もおー!香菜さんに彩香ちゃんったらー!」

照れている陽香が照れを隠すように反応する。

「二人共制服姿お似合いよ。お似合いのカップル…じゃない、夫婦ね?もう少し先だけど」

香菜が言うと妹の彩香も

「仲良し夫婦さん!」

二人をからかっていた。

翔太郎は恥ずかしくて固まっていた。

陽香はまだ恥ずかしさも抜けずに

「しょ、翔太郎…早く座って…その…ご飯食べて…」

照れていた陽香はさらに茹で上がったタコのように真っ赤になって言った。

「う、うん…」

赤面したままの翔太郎は返事もそこそこに、座って静かに食べ始めた。

「うわぁ!新婚さん?食事シーンなんて生で初めて見たぁ!いいなぁ」

「そうね、まだ結婚してないけど、いいわねー、こういうの。新婚の頃思い出すわぁ」

香菜は新婚の頃を思い出しながら言った。

「ねぇ、香菜さん…翔太郎のこと…なんて言ったら…」

陽香はまだ赤面したままで翔太郎の呼び方を尋ねる。

「そうね…『ショウ』だと今までのままで変化ないし…やっぱり『あなた』か『翔太郎さん』かしら?」

いくらか赤さも和らいでいた陽香は、それを聞いてまた赤くなっていった。

「…そ、そうよね…」

赤面して照れた顔で、翔太郎を直視できずに俯く陽香。

「母さん…僕はなんて呼んだら?」

照れ隠しのため、食べながらさりげなく見せるように訊いた。

「翔太郎は『ハルカ』でしょ?『ハル』はもう使わないほうがいいわね」

「ええっ!なんか言いにくいなぁ…」

「よく呼んでるわよ」

陽香はすぐに言った。

「そ、そうか?…なんか改まって『はるか』って呼ぶようにってなると…なんか…その…」

「言いにくいの?」

赤面だったのが元に戻りつつある顔を翔太郎に向けて訊いた。

「まぁ…呼べなくはないよ」

翔太郎は照れ隠しをするように食べながら言った。

しかし、気持は隠せずに、また顔が染まっていく。

その様子を見た陽香は少しニヤけて

「じゃあ呼んで…あなた…」

「…」

「…呼んでよ…もしかしてまた照れてるの?」

「…まぁ…ね…」

「もう…あなたったらー」

陽香はニヤけた顔をしながら翔太郎に言う。

それも翔太郎の照れを煽るように。

「翔太郎、呼んであげたら?」

「兄ちゃん!さっ、早く!」

ニヤニヤした二人が翔太郎に言う。

二人もまた、翔太郎が照れるのを楽しむように煽った。

「はっ、はっ、はっ…」

「えっ?なに?」

「はっ、陽香」

「はい!」

陽香は笑顔になって嬉しそうに翔太郎に向かって返事をした。

(呼んでくれてありがとう。嬉しい。)

翔太郎と陽香は見つめ合い

(そんなに嬉しいか?これからはこれでいこう。なっ、陽香)

(うん!)

(陽香、もう今までとは違うんだよな…)

「そうよ…」

(これからもよろしくね、あなた)

「うん!こちらこそ」

「…?」

香菜と彩香は会話の不自然さに気付く

「なっ何?この会話…会話になってないわよ」

彩香がビックリして声を上げる。

「なに?この会話…あなた達…お互いに何言ってるのか分かっているの?」

香菜も驚きながら二人に問いかけた。

「うん」二人が同時に返事をする。

さらに

「会話のどこが?」

と、またも同時に訊き返してきた。

香菜と彩香は二人のシンクロ具合に驚愕した

「すっ、凄い…」

「なっ、なに?これ…」

香菜と彩香は息ピッタリの言葉に驚きながら二人を見る。

陽香と翔太郎は何のことか分からずに同時に首を傾げた。

「えっ!動きまで一緒?…」

彩香がさらに驚いて声を上げた。

「なっ、何なの?この二人は…」

香菜も驚きを隠せない。

香菜は続けて

「今まで、そこまで同じことはなかったと思うのよ…婚約してから急に、二人って一心同体よね…やっぱりツインレイ?よね?」

確信したように言葉を口にした。

そんなこともありながら食事も終わり

「彩香は私が行くから、翔太郎と陽香ちゃんは美香と一緒に行ってね」

そう、僕、翔太郎と陽香は高校の入学式。妹の彩香は中学の入学式が同日にあったのだ。どちらの父親も入学式の間だけ仕事を抜けて来るらしい。

さて、僕達新入生は家の前で記念撮影をする。

美香も駆けつけて携帯電話のカメラで、香菜がデジタルカメラで撮る。高校生になった陽香と翔太郎は入学式前日に買ってもらった携帯電話のカメラで彩香に撮ってもらい、僕もまた彩香を撮ってあげた。

記念撮影も終わり、中学と高校に向かう。

高校に着くとお約束の校門前での写真撮影などのお約束を済ませると陽香の両親とは一旦別れて、教室へと向かった。入学式前の、担任教師やクラスメイトとの顔合わせをするのだ。クラスは校舎入口に貼り出されているのを確認して向かう。高校も陽香と同じクラスだ、それにバンドメンバーも中学では違うクラスになったりしたが、全員揃って同じクラス1年6組になった。気になる陽香との席はというと…隣になっていた。

「ねぇ…友達には言っといていいでしょ?」

陽香が翔太郎の目を見つめて言うと、翔太郎も陽香に目を合わせて

「ああ…言いたいんだろう?…いいよ」

「ありがとう!」

僕は嬉しそうにしている陽香の姿に何故か見惚れる

(可愛いよな…)

そして、6組の教室を見つけると、開いていた前の扉から入る二人。

教室に入るなり

「久しぶりー!元気だった?」

バンドメンバーの早見奈々(はやみなな)が呼びかけた。

そこには四宮桜季(しのみやさき)と神城由美(かみしろゆみ)が揃って談笑していた。

「久しぶり!みんな元気だった?」

陽香と翔太郎が同時に返事をした。

「???…」

三人が黙り込む。

「あれっ?なに?」

またまた同時に言う二人。

「いっ…いや…二人って…双子?になったの?」

「なにが?」

またまた同時に言う。

「ええっ!!春休みに何かあったの?…まっ、まさか…」

「んん?」

陽香と翔太郎は何のことだか分からずに首を傾げる。それも同時に。

「合体でもしたの?」神城由美がボソリと呟いた。

それを聞いた奈々と桜季は顔を見合わせ顔を赤くする。

翔太郎は何のことだか分からずに顔を傾げたままだったが、陽香は気付いた様子で

「そっ、そんなこと…ないわよ…本当に…」

と、その言葉で想像をしてしまい。顔を赤くしながら言った。だが、陽香が顔を赤くしたせいで、さらに誤解を招く結果になってしまい三人は大騒ぎに。

「うわぁー!できちゃったの?」

「ついにやっちゃいましたか…」

「どうだった?…」

奈々、桜季、由美はニヤけながらも陽香の体験談に興味津々な様子で訊いてきた。

「ちっ、違うんだから…もう…なにも…なかったんだから…」

焦った感じの陽香の言い方に

「誤魔化しても無駄よ!」

奈々は確信してるように言う。

「それにしても陽香…いつもとなんか違うわよ…なんていうか…朝霧くんと息ピッタリの話し方といい」

桜季は何かを感じ取っているようだった。

「隠そうとしてもダメよ!何?さっきからの二人…一心同体じゃないの!…絶対に何かあったに決まっているわ!」由美が先程の言動にトドメを刺すように言った。

「このピッタリっていうか…ユニゾン?シンクロ?なんか…心が通じ合っているっていうか…」

奈々も気付く。

「もおー!二人に婚約のお祝い言おうと思ってたら…こんなに息が合ってるんだもの…絶対に何かあったに決まっているでしょ?」

由美がさらに仲良くなったと思って二人に言う。

それを聞いていた翔太郎と陽香は目を合わせると

「何もないって!」

とまたも同時に三人に言う。

その言動に同じ中学だったクラスメイトも注目し始めてきた。

「おっ!久しぶりー!メンバー諸君!」と火野考平が入ってきた。

考平はみんなが何を話していたか気になり

「どうしたんだ皆!」

尋ねた。

「もぉ!いつもタイミング悪いわね!」

奈々の言葉に

「なんか…邪魔したようだな…すまん!」

と、理由が分からず、ただ謝った。

「いいんだけど…考平は知ってる?この二人のこと…」

「なんだ?翔太郎と水森さんか?ゴールインでもしたのか?」

割と声の通る考平の言葉が教室を通り抜けた。

クラスメイトの全員ではないが、大半が来ていた教室内は大騒ぎになってしまった。

「陽香、どうする?婚約のこと言う?」

「うん…恥ずかしいけど…翔太郎に近づく女子達を無くしたいから…」

翔太郎に聞こえないほどの小声で奈々に言う。それを確認して皆に

「注目ー!いいですか?ここの二人、朝霧くんと水森さんは婚約しましたー!どうか温かく見守ってあげてください!」

奈々の言った言葉に、教室内は更に蜂の巣を突いたかのように大騒ぎになる。

「こっ、婚約?」

「ええっ!婚約って…もう?」

「高校生になる前に婚約かよー!信じられねえ!」

「嘘だろ?もしかして許嫁ってやつか?」

教室内では婚約したという事に皆が驚いていた。

「この件はこのクラスだけの秘密でお願いします!先生達にも内緒で!」

大騒ぎになってしまったクラスメイトに桜季が慌てて叫んだ。

考平もその話しを聞いて驚いていた。

「こっ、婚約?…早っ!お前達いつから付き合ってたんだ?」

驚く考平。

クラスメイトに婚約を公表した事に唖然としていたが、考平が訊いてきたことにようやく言葉が出る

「…多分付き合った覚えなんてない…」

身に覚えのない翔太郎は陽香に目を向けながら言った。

「多分?付き合った覚えがない?…なんで婚約するんだよ!…」

考平は混乱していた。

「まあまあ…落ち着いて!」

それを聞いて陽香は今、気が付いて

「そう言えば付き合うの忘れてたわ…」

それを聞いて翔太郎は

「だろ?だから朝食の時に訊いたろ?」

「ああ、そう言えば言ってたわよね…でも早くしなきゃって思って…」そう言って陽香は翔太郎と目を合わせた

(あなたと早く結婚したいから…そればっかり考えてて付き合うの忘れてたの。ごめんね)

(そうなんだ、いいよ…もう婚約したしなあ?)

「うん…」

陽香の返事に

「なに?この返事!…目で会話してるの?」

由美が驚いて言った。

「長年連れ添った夫婦みたいじゃないの…」

桜季もその返事の不自然さを感じていた。

「もういいでしょ?とにかく婚約したんだから…おめでとう!」

奈々の言葉に続いて三人が揃えて言う

「おめでとう!」

「ありがとう!」

合わせて言う陽香と翔太郎。

笑いながら四人が話しているとクラス全体も収まってきた。

入学式も無事に終わり、ホームルームも終了、やっと帰れる。

(さて、早く帰ってギターの練習しよう)

と考えながら歩いていた僕と陽香。

校舎を出たところで陽香の両親と合流して車で帰る。

その車内で

「さあ!早く家に帰って行くわよ!」

陽香の嬉しそうな顔に思い出す。

「あっ!バースデープレゼントなっ?」

今思い出して少し焦り気味になってしまった。

「今思い出したでしょー?」

陽香のニヤけた顔に

「い、いや…そんな事は…」

図星だった僕は誤魔化そうとしたが心を見抜かれていたのに言葉が詰まる。

「隠さなくてもいいのよ!なんか、翔太郎のこと全部分かるの…」

そう言われて翔太郎も気付き

「なんだろう…僕も陽香の考えていること全部分かるんだ」

そう言われて前席の両親に聞こえないように翔太郎に近寄り左耳にそっと囁いた

「…エッチ…」

陽香は頬を色づかせながら俯いた。

「えっ?…なんだ?何か変なことでも考えていたのか?」

翔太郎も陽香に小さな声で尋ねる

「…もぉっ…秘密…」

頬に赤みを帯びたままの陽香は小さな声で翔太郎の耳元に囁いた。



陽香の家に着いた僕達はそれぞれの家に帰って買い物に行く用意をする。

小六から毎年恒例の行事の一つでもあるバースデープレゼントを一緒に買いに行くためだ。そして誕生日にはお互いに渡し合っている。

服を着替えて行く用意ができたところでギターを出して弾き始めた。数分たっただろうか、陽香が部屋に入ってきた。

「お待たせー!行こっ!」

元気な陽香の声に返事をする。

「おう!行くか!」

早速家を出て買い物に行く。

今日は家の近くの駅から電車に乗って横浜駅近くで買い物をする。

川崎駅の方が近いが今回はこっちでと陽香の希望で行くことになっていた。

向かう電車に乗っていて、同乗している女子高生達が陽香を指差して何か話している。それも皆顔を赤らめて何度もチラッと陽香の方に向いているのが分かった。

(ん?なんだ?陽香がどうしたんだ?)

電車のドア近くに立っていた僕と陽香。僕は陽香を見た。僕の様子に気付いた陽香は

「なに?」

「いや…な、なんでもない…」

「どうしたの?あなた…」

その様子を見ていた女子高生達には会話が聞こえたのか、さらにテンションを上げて僕達を見て騒ぎ出していた。

僕は陽香の言葉に恥ずかしくなり、目線を逸らした先には太陽の光に反射して美しく七色に輝くものが見えた。

(ん?なんだ?陽香の手に光るもの?…あっ!指環!)

心の中で呟いていたが最後の方は声に出てしまった。

「あっ!指環!」

女子高生達が目を輝かせていた先が指環にあることに気付いた。

「指環?ああ、しているわよ…今日から家に帰ったらするの…」

「そうなんだ…」

恥ずかしそうに話す翔太郎と、直ぐ側の、それも同じ高校の制服姿の女子高生達の興味津々な目線が向けられていたことに気付いた陽香。

「ねぇ、やっぱり目立つのかしら?…」

指環を見つめながら囁く。

陽香には嬉しさと幸せいっぱいの笑顔が、太陽にも負けないほどに輝いて見えた。その輝きに勇気を貰えたのか翔太郎は堂々と口にする

「美人だからどうしても目立つもんな」

「…もう…」

は堂々は翔太郎の堂々とした言葉に恥じらいながらそっと彼に、照れを隠すように優しく身体を当てた。そして周りにいた、色恋に敏感な女子高生達からは「キャァーッ!」と声が艶やかに出ていた。

二人は関目しながらも自然に腕組みをして電車を降りて陽香の行きたがっていた雑貨屋に入る。店までの間、二人は赤面しながら会話もなく歩いていったのである。

店に着いた二人はようやく落ち着いてプレゼントする商品を探す。購入する商品は三千円までと決めている。あとはお互いが相手に対してどのようなものを買うかはセンスになる。何を買っていいかわからない時は相手に訊いてもオッケーだ。

僕は小六から毎年陽香に訊いていた。

だが、今回は自力で選んだ。陽香も決まったみたいだ。それぞれが購入してプレゼント用に包装してもらう。

「これで明日のプレゼント交換が楽しみね!」

「うん!楽しみだよ!」

「そういえば今回は初めてあなたが選んだものよね?」

「そうだよ、婚約したから今回は頑張ってみた。あまり自信ないけど…」

「うふふ…いいのよ、あなたが選んでくれたのなら嬉しいもの…」

初めて翔太郎が選んだものをプレゼントされるのがよっぽど嬉しいのか、それとも照れているのか、陽香はいつもよりも、もじもじと恥じらいながら告げてきた。

いつも通り談笑しながら帰ってきて陽香の家の前で

「明日からいつも通りに朝起こしに行くわよ!」

陽香がいつもの笑顔で言ってくれた。いつものように…



四月十日の朝、誕生日の朝!心地よい布団の暖かさにとても気持ち良く眠っている僕。そして…いつもの声が部屋に響き渡る。

「起きてー!朝よー!あなた…」

最後の『あなた』のは今日が初めてだ。その言葉に目が開く。

「ん?…あなた?うおっ!!ビックリした!」

「おはよっ!…何が?」

「今なんて言った?起こす時!」

「『起きて、朝よ、あなた』だったかしら?」

陽香は何に驚いているのか分からずにいた。

「やっぱり…呼び方を変えたんだな?」

「当たり前でしょ!呼ぶの慣れてきたし、今日は誕生日だから呼ぶようにしたの…誕生日おめでとう」

「誕生日おめでとう」

言いながら陽香は翔太郎の頬にキスをした。

翔太郎は突然のことに言葉を失って固まっていた。

翔太郎は彼女を見つめたままになっていると

「さあ!朝御飯よ!行こっ!」

といつも通りにしているように装っていたが、陽香はかなり照れているようだ。顔も明らかに赤くなっている。そして、少しぎこちない挙動不審な動きで部屋を出ていった。

今日からは朝食も一緒だ。着替えて降りていくと、

家族三人の、いつもの食卓に陽香が混ざっている。なんだか違和感もなくすでに溶け込んでいた。まるで今までずっと一緒にいるみたいに会話もしていた。食事も終わり準備もすべて完了!学校に向かうため二人共に玄関で靴を履いて、さて、行こうと立ち上がった時に僕に向いた陽香は両手をそっと僕の頬にそっと添えると

「あなた、行きましょう」

と目を閉じながら言った。

そして僕の唇に暖かく柔らかい感触が…

僕の脳を刺激した。全身に電気が流れ身体は固まって、そのまま、その感触を受け入れていた。

ほんの少しの間だったが僕には一時間、二時間にも感じられた。生まれて初めての出来事に頭の中は何が起こったのか理解できなかった。

「どうしたの?早く行きましょ!」

朝の日の出の太陽よりも真っ赤な顔が眩しく見えた。

「…陽香…」

「…どうしたの?…」

「…そっ、その…」

翔太郎も真っ赤になった顔をして二人は見つめ合う。

「今日からは…朝の挨拶にしようって思ったから…」

「朝の?…」

「そう…いってらっしゃいの…もう…言わせる気?」

彼女の俯き恥じらいを見せる表情に言おうとしたことが頭の中に突然現れた。

陽香は僕と目を合わせると頷き、僕も頷いて返事をした。

「あのぉー後ろ渋滞してますが」

と、今玄関に来た彩香がニヤニヤしながら言ってきた。

「もう…朝からこんなところで見つめ合って…そういうのは兄ちゃんの部屋で…でも見たいなぁー!お熱いの」

妹の冷やかしに二人は狼狽していた。

「さ!早く学校行きなさい!」

二人に指示するように妹が叫ぶと、慌てて玄関を出た。妹も一緒についてきていたが途中で中学校に向かう妹と別れて二人っきりになって歩く。

いつも通りの談笑しながらの登校だった。

いつも通り…

二人仲良く、笑顔の…登校のはずだった…

あの事がなければ…

楽しい一日が…

誕生日パーティーが…

プレゼント交換が…

楽しみな一日を大きな音で全てをかき消されてしまった…

学校近くの交差点で信号待ちをしていた僕と陽香。

「今日は学校終わったら誕生日パーティーね?」

「楽しみか?」

「うん!だって今日は…」

そんな話をしていた二人だったが突然

「危ない!」

と話の途中で陽香が何かに気付き、突き飛ばされて転ぶ。僕は空を仰いだ。その途端に

「キー!ドン!ドン!ドン!ガシャン!…シュー…」

大きく鈍い音が空に木霊した。

僕には何が起きたのか理解できなかった。

「何だ?何の音だ?」

起き上がって周りを見ると…そこには何人か倒れている人が…

僕のすぐ横にいたはずの陽香がいない…

僕のすぐ横には陽香の鞄が置かれているのに気付き、その場の状況に…身体から血の気が引いた。そしてすぐに身体中が震えだした。

僕は自然と声が出ていた

「陽香!どこだ!陽香!」

周りを見渡すとすぐに陽香を見つけた。

倒れている陽香を…

見つけた途端に溢れ出るものが視界を遮ってくる。

見えにくくても一直線に駆け寄ると、目を閉じている彼女の顔を見つめ、ただ、叫ぶしかできなかった。

「陽香ー!」

その声を聞いて気がついたのかゆっくりとと瞼が半分だけ開いてくれた…

「陽香!大丈夫か?陽香!…陽香!…」

僕は何度も叫んだ…

「陽香!死ぬな!今日楽しみだったんだろう?」

「…う…ん…」

いつもの元気な声からは程遠いほどの囁く言葉に、溢れ出て止まらなくなったものが視界を歪めてくる。陽香の顔が歪んでハッキリと見えなくなる…

「陽香!陽香!…」

何度も呼び叫ぶ言葉に弱々しく反応する

「…す…き…い…しょ…に…な……………」

弱々しかった言葉が…どんどんとフェードアウトしていく声に僕は本能的に

「陽香!好きだ!死なないでくれー!」

周りの状況などお構い無しに叫んだ。

弱々しくなっていく陽香の顔がだんだんと笑顔に変わり、僕と目を合わせて

「…わ…た…し…も……す……き…」

そして目が合うと

(結婚したかった…)

その言葉が心の中に、それもいつもの陽香の声で響き渡った…

そして静かに目を合わせ閉じた。閉じた陽香の瞼から光ったものが流れ落ちていく…

もう言葉にできなく只々陽香を見つめているだけだった…

救急車に同乗している僕は酸素マスクをしている陽香から目が合離せない…

まったくピクリとも動かない…陽香…

しばらく走ってドアが開き、ベッドが移動していく。救急外来に多くのスタッフに囲まれ奥へと吸い込まれるように運ばれていった…

僕は病院のスタッフから軽い処置を受けて指示されたところで椅子に座って待っていた。

僕は陽香に突き飛ばされた時にできた傷のところをじっと見つめて…頭の中は真っ白になっていた…



美香と香菜は総合病院の椅子に座っていた…

救急車のサイレンも響く病院の椅子に。

ソワソワしている二人。

会話もなくただ座っているだけだった…



…大丈夫ですか?微かに聞こえてくる言葉に何も反応できないでいる陽香。そして周りの音がどんどんと小さくなり目が開いた。

医師の呼びかけに何の反応もない自分の姿が下に見えた。そして自然と身体は廊下の椅子に座っている翔太郎の前に来た。「翔太郎!私…どこか行っちゃうの?…探して!絶対にまだ一緒にいたいの!絶対!…」

そう言うと美香と香菜の前にスッと移動する。

「お母さん!香菜さん!私…」

言葉を言い終わる前にまた移動した。

そこは真っ暗で何もない闇の世界に入ってきた。音も光もない真っ暗な闇の中。

「私、どうなるの?」

怖くなってきた。

「私…死んじゃったの?」

何もない闇の中で…


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