最終回: 告白と承認役不足だった聖女
魔王の懺悔
国際協定締結が目前に迫り、リリスがまだ妊娠を知る前の夜。聖女フィオナは、リリスの戦略司令室を訪れていた。フィオナがコーヒーを淹れようと背を向けている時、リリスが静かに、そして深く頭を下げた。
「フィオナ様。貴方の大好きな人を奪って、申し訳ありません」
フィオナは、淹れていたコーヒーカップを置き、ゆっくりと振り返った。リリスの言葉は、突然であり、驚くほど「魔王」らしからぬ感情を帯びていた。
「リリス様。今更、どうしたんですか。貴方とシオン様が夫婦であることは、もう政治的な事実です」
リリスは頭を上げず、震える声で告白を続けた。
「ええ、最初は政治でした。私がシオン様の平和への渇望を利用し、彼を道具として使うための戦略でした」
リリスは、自分の頬に手を当てた。
「ですが、私はもう引き返せない。ここまで来たら、私自身がシオン様に惹かれてしまっている。彼の命がけの愚行を見るたび、彼の軽薄さと本質的な優しさを知るたびに……私はもう、シオン様の手を離すことができない。これは政治という政を抜きにしても、です」
彼女の瞳は、苦悩と真摯な愛情に揺れていた。
「それは本来、私ではなく、フィオナ様だったはずなのに。貴方こそが、彼を支え、救うべき存在だった」
聖女の痛烈な自己評価
リリスの告白を聞き終えたフィオナは、静かに頷き、リリスの向かいの椅子に座った。その表情には、嫉妬や恨みではなく、深い諦観と、自己への痛烈な反省が浮かんでいた。
「……いいえ、リリス様。貴方がシオン様の相手で良かったのです」
フィオナの言葉は、リリスの予想とは全く異なっていた。
「リリス
様が捕まり、シオン様が『自分の一族を粛清してでも貴方を助ける』と暴走した時のことを、思い出しました。あの時、私は心底、悟ったのです」
フィオナは、静かに、しかし決然とした口調で続けた。
「私じゃ、役不足だった」
「私は、シオン様の『戦争で疲弊しきっていたあの人』を支えられなかった。彼の苦悩と絶望を、聖女の正義と道徳という言葉でしか包み込めず、結局、彼の自殺に追い込んでしまったのかもしれない。私は彼を『勇者』としてしか見られなかった」
フィオナの目には、過去の苦しみが蘇っていた。
「でも、貴方は違った。貴方は、突然帰ってきた彼を『町娘の婿』として受け入れ、『政治の道具』という名目で彼のそばに居座り続けた。そして、彼が暴走した時も、貴方の『自己犠牲の策略』と、彼の『非合理的な愛』が真正面からぶつかり合った。貴方たち二人は、同じ深淵を知っている」
奪われたものと減った寿命
フィオナは、微笑んだ。それは、諦めと、清々しい解放感が混ざった笑みだった。
「リリス様。貴方は、私の愛した人を奪った。ですが、同時に、私には支えきれなかった、彼の命を救ってくれた」
フィオナは、冗談めかして、シオンとの日々を振り返った。
「本当に、貴方たちは狂っている。急に帰ってきたかと思えば『結婚』とか言い出すし、捕まったかと思えば『勇者の一族を粛清する代わりにリリスを解放しろ』と暴走するし、メタルゴーレムドラゴンに突っ込んで瀕死の重傷を負うし」
フィオナは、大袈裟にため息をついた。
「もう、私の中では、貴方たちと一緒にいるだけで、どれだけ寿命を減らしたか数えたくもないわ! でもね、リリス様。その『狂気』こそが、シオン様の隣に必要なものだった。貴方は、彼の唯一の対等なパートナーよ」
リリスは、フィオナの深い理解と、痛みを受け入れた愛情に、今度は心からの安堵の涙を流した。
「フィオナ様……ありがとう」
聖女の承認を得た魔王は、政治を超え、愛という名で、勇者と共に未来へ歩む決意を固めたのだった。
これにて、物語は完結を迎えます。
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