カレン誕生:聖女の押し付けと魔王の反発
勇者の涙と聖女の微笑み
それから数か月。外交問題の最終調整を終え、ようやく自宅で静養する時間を得たシオンは、リリスの第二子の出産に立ち会うことができた。
シオンは、自らの命を懸けた戦場では一切の涙を見せなかったが、小さな命が生まれる瞬間に、ぼろぼろと涙を流していた。隣のリリスに「おい、リリス、頑張れよ!」と声をかける彼の顔は、かつての悪魔のような勇者の面影は微塵もなかった。
やがて産声が響き、リリスの腕に抱かれたのは、再び女の子だった。この子も、姉のルナと同じく、勇者の金色の髪と魔族の深紅の瞳を受け継いでいた。
分娩室の後ろに控えていた聖女フィオナは、シオンの涙でぐちゃぐちゃの顔を見て、クスクスと笑いながら言った。
「まったく、いつまで泣いているのよ、シオン様。貴方の武力が、この子の遺伝子に組み込まれているのだから、心配いらないわ」
姉と両親の悩み
五歳になったルナが、母親の近くに駆け寄り、リリスの手の中の妹を覗き込んだ。
「私も、私も! 私の妹なんだから、私も抱きたい!」
ルナの無邪気な声が、部屋の空気を和ませる。リリスはルナを抱きしめながら、その小さな命をシオンと共に愛おしそうに見つめた。
フィオナが、赤ん坊の愛らしい指先にそっと触れながら尋ねた。
「今回も、名前はもう決めてあるの?」
シオンは、顔についた涙を手の甲で拭いながら、渋い顔をした。
「それがな、フィオナ。候補はたくさんあるんだよ。『ウォーシールド(戦盾)』とか、『エコノミア(経済)』とか、『フツウチャン(普通ちゃん)』とか……」
リリスは、ため息をつきながらシオンを肘で小突いた。「シオン様が、『フツウチャン』などと馬鹿げた名前を提案するから、話が進まないのよ。前回、ルナの名前を決めた時のように、人の世と魔界の世を照らすような、素敵な名前を探しているんだけどね……これと言って、しっくりくるものがなくて」
二人は、世界を変える設計図は完璧に描けるのに、娘の名前という一つの決断で、深く悩んでいた。
聖女の命名と魔王の反発
その様子を見たフィオナは、一瞬の閃きを得たように、パッと顔を輝かせた。
「もう! そんなに悩むことないでしょう!」
フィオナは、満足げな笑みを浮かべ、誰も否定できない聖女の権威をもって言い放った。
「それじゃあ、この子の名前はカレンで決まりね」
シオンとリリスは顔を見合わせ、戸惑った。
「カレン? なんでだよ、フィオナ」シオンが尋ねた。
フィオナは、自信満々に胸を張り、自身の美しさと清らかさをアピールした。
「決まっているでしょう? 私(フィオナ)のように、清らかで美しい顔になるはずよ、きっと! 『カレン』という響きは、この子の聖女的な美しさにぴったりだわ!」
その言葉を聞いたリリスは、すぐに頬を膨らませて反発した。
「待ちなさい、フィオナ! 私の子よ! なぜ貴女が勝手に決めるの! 私の子は、私のように冷徹で美しくなるの!」
シオンは、義肢を動かし二人の間に割って入った。
「ほら見ろ、また始まった。カレンか、フツウチャンか……」
結局、聖女の権威と魔王の反発、そして勇者の諦めが混ざり合った結果、第二子の名前は、「カレン」に落ち着いた。新しい命の誕生は、世界を救った三人の最高指導者による、愛情とユーモアに満ちた日常を、さらに賑やかなものとしたのだった。
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