魔王の妊娠と勇者の大絶叫


最後の砦と魔王のプライド

シオンがメタルゴーレムドラゴンの爆発から生還し、ベッドの上で覚醒した翌朝。シオンの全身は魔力治療と義肢の調整で動かせず、聖女フィオナこそが、国際会議の最終局面に残された最後の砦だった。


フィオナは、リリスが徹夜でシオンの治療と義肢の調整、そして崩壊した国境の再設計図作成にあたっていたことを知り、疲労困憊の魔王に休息を促した。


「リリス様。貴女は一睡もしていない。私が外交の全てを引き受けるから、今は少しでも休んで」


リリスは、掴んだシオンの腕を離さず、冷たい眼差しでフィオナを見返した。


「舐めないで」


リリスの言葉は、魔王としての強いプライドを滲ませていた。


「シオン様が命を懸けて、『戦争の向こう側』の設計図を託した女は、こんなことで休みを貰うほどか弱い女じゃありません。それに」


リリスは、軽く首を傾げ、シオンを一瞥した。


「私が居なかったら、義肢に仕込んだ魔力制御の安全装置の暗証番号をシオン様に教える前に、誰かに暗殺されますよ?」


シオンの命は、依然としてリリスの掌中にあった。

フィオナは、その圧倒的な覚悟と、暗殺の可能性という現実に、深い溜息をついた。


「もういいわ。分かった。貴女が動くなら、私も動く。まったく……シオン様には早く回復してもらわないとね」


フィオナは呆れたように言いながら、国際会議の書類を手に取った。


突如の激痛と衝撃の告白

フィオナの言葉を聞いたシオンは、ベッドの上でぼやいた。「おいおい、少しは休ませてくれよ。義肢の魔力回路がまだ馴染んでねえんだから」


シオンがリリスの方を見ると、リリスは突然、「くっ……」と小さな声を上げ、掴んでいたシオンの腕から手を離し、身体をうずくめて激しい痛みを訴え出した。その魔王の顔は、昨日の羞恥心とは違う、真の苦痛に歪んでいた。


フィオナは驚愕し、書類を投げ捨てて駆け寄った。

「リリス様! どうしたの!? どこか義肢の調整が失敗したの!?」


リリスは、冷や汗を流しながら、フィオナの手を掴んだ。そして、消え入りそうな声で、信じられない告白を口にした。


「フィオナ様……私、実は……子供が……」


シオンは、ベッドの上で「は?」と間の抜けた声を上げ、完全に思考が停止した。


デバガメ軍団の登場

その瞬間、隠し扉の向こうから、複数の人影が飛び出してきた。


メイド長がタオルを片手に、「ああ、リリス様!やはり!やはり、この時が!」と泣き崩れる。


その後ろからは、シオンの両親――元王妃と元国王――が、感極まった表情で飛び込んできた。


「リリス殿!やはりそうか!我々の直系の血筋が、ついに……!」


「ああ、おばあちゃんになるのね!勇者の血統は絶やさせないわ!」


部屋は一瞬にして、魔王の妊娠という国際級の危機から、家族の大騒ぎへと変貌した。


シオンは、自分の命がけの戦いの裏側で、自分のプライバシーが、メイド長と両親によって筒抜けになっていたことを理解した。


シオンは、義肢の魔力回路を無理やり起動させ、ベッドの上で半身を起こすと、大絶叫した。


「おいコラ! てめーら! デバガメしてんじゃねえよ! 何が勇者の血統だよ、恥ずかしいから出てけ、このクソッタレ共が!」


勇者シオンの咆哮は王城に響き渡り、平和への道筋は、魔王の妊娠という最も非合理で、最も強い絆によって、一層強固なものとなった。

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