帝国の陰謀と突然の侵入者


帝国の密議

聖女フィオナが国際会議で外交の最前線に立ち、王国が内政改革を進めている頃、かつてシオンに「誤射」による牽制を受けたガルディア帝国は、報復と勇者の血統奪取の機会を虎視眈々と狙っていた。


帝国の軍事評議会。皇帝直属の重鎮たちが集まる会議室には、地図や家系図が広げられていた。


「魔王リリスが正体を現し、地下に潜ったことは、我々にとって神の恵みだ」


「その通り。これで『勇者を騙した魔王』という構図が完成した。外交上、我が国が王国を糾弾する口実ができた」


彼らの議論の中心は、シオンの究極の脅迫にあった。


「勇者シオンは、自分の血統を人質に取った。しかし、裏を返せば、彼の一族を確保すれば、勇者は完全に我々の所有物となる」


「シオンの言動から、彼の一族の末席は把握できた。勇者の血を絶やさせないために、彼らは必ず『隠された血筋』として存在する。これを密かに攫い、保護する。我らが『新しい勇者の保護者』となれば、王国からシオンの地位を剥奪できる」


彼らは、シオンが勇者の地位を放棄することなどあり得ないと考え、彼の「血統への執着」を逆手に取ろうとしていた。周到な計画が練られ、次の満月の夜に極秘部隊を王国の親戚の隠れ家へ派遣することが決定された。


空間の断裂

緊迫した会議の最中、部屋の中央の空気が突然、重く、粘つくように歪んだ。


「な、なんだ!?」


「魔法か!?」


空間に青黒い亀裂が走り、次元の扉が開く。それは、魔王リリスの得意とする高度な空間転移魔法だった。


亀裂から最初に現れたのは、魔王リリスの真の姿だった。彼女は地下の司令室から、シオンの「血統」を守るという名目で、直接敵の中枢へと奇襲を仕掛けたのだ。彼女の深紅の瞳が、会議室の全員を睥睨する。


そして、その魔王の隣に立っていたのは、いつものようにどこか抜けた顔をした元勇者シオンだった。彼は、愛用の剣を肩に担いでいた。


勇者と魔王の奇襲

シオンは、会議室の重鎮たちを見回し、軽く手を挙げた。


「よお、悪だくみ大好きおじさんたち。今夜はご多忙のようで、申し訳ないな」


その瞬間、会議室の緊迫感は最高潮に達した。


「ま、魔王リリス! なぜここに!?」


「そして勇者シオン! 貴様は王城にいるはずでは!?」


リリスは、冷徹な声で言った。

「あなたたちが私と夫の『私的な結婚生活』を詮索し、夫の『大切な家族』を脅かす計画を立てていると聞きました。これは、私的な侵害です」


シオンは、肩の剣をゆっくりと下ろし、嘲笑を浮かべた。「そいつは大問題だぜ。俺たちが今、国の未来のために愛の共同作業(改革)をしてるってのに、裏で俺の一族を誘拐する計画だと? ふざけているのはアンタたちの方だ」


シオンは、剣の切っ先を会議室のテーブルに突き立てた。


「なあ、お前ら。俺は愛なんて生易しい言葉は好きじゃねえ。だが、俺の家族に手を出そうとする奴は、たとえ過去の仲間だろうと、未来の敵とみなして潰す。それは、戦争の向こう側でも変わらない、俺のたった一つのルールだ」


「今、ここで、血統を狙った計画の全てを白紙に戻せ。そして、二度と俺の家族に触れるな。さもなくば、この場でガルディア帝国の軍事評議会を、永久に解散させてやる」


元魔王リリスの空間転移魔法と、元勇者シオンの圧倒的な武力と冷徹な意志。二人の「非合理的な愛」に支えられた最強のコンビは、外交交渉が及ばない帝国の最も深部で、報復を狙う者たちを潰しにかかった。

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