エピローグ:お嫁さん×勇者=最強




「よもや……、これは―――、まこと、君という男は……! 成程、とうとうここまでやらかし始めたかッ」

「本当に何が何なのだか分からなくなってきましたね。義弟と関わり始めてから、私の華麗な人生設計が次々に改変されているようだ」



 だから褒めてないよね? この人ら。

 

 本来、花嫁の衣装合わせの為だけに用意した空間。

 僅かばかり前までは女性のみが入室を許されたような空間に在って、現在の比率的にはむしろ男の方が多かったと言える。

 オクターヴ公と、その長子たるルクソールさま。

 つい先程をもって僕の血のつながらない親族になってしまった二人が、ここ数時間の間に変わり果ててしまった状況を整理する。



「……して、レイクアノール伯爵。……娘婿よ」

「えぇ、義父上」

「……。今更、君と娘が下らぬ虚言を申すとは思っておらんが……、直接見せてくれてもいいのではないか?」

「右に同じく。そもそも私とマリーは実の兄妹だ。遺憾の意を表し、全力で抗議するぞ義弟よ」



 ………。



「―――お断りします。彼女は……マリーは既に私の妻です。妻の肌をみだりに他人へ晒そうなどと言う夫はいません。詰まる話、お見せできません」

「「ローゼ(マリー)」」

「申し訳ありません、お二人共。夫たるレイク様がこう仰っているので……」

「私は父親だぞ!」

「そして実の兄だが!?」



 余計マズいって事もあるだろう?

 実の父親と兄から「身体が見たい」と言われる女性の気持ちも理解してあげて欲しいものだ。


 ………。

 お嫁さんの背中に現れた紋様を見たいという父兄の方々と、絶対に見せたくない僕の熾烈な攻防。

 これは非常に高度な政治的問題で。



「今更疑う余地はありませぬか。旦那様が写した紋様。そして、先の不可解な光の現象……。紛れもなく―――六神の加護を受けし、勇者の証」

「「……………」」



 この場で唯一となる完全な部外者。

 僕の最側近であるユスティーア伯爵家家令ヴァレット・シュタインが告げたその言葉が静かにこだまする。

 お嫁さん……マリーの背中を見た段階で、すぐに僕はその結論に到った。


 それは他の皆も同一だったようで。

 先の現象……、大空を舞っていたあの光が何であったのか、それもまた真相を知った誰もが確信したことだった。


 ―――勇者。

 ハッキリ絵物語の存在であり、神話の存在であり、事実としてこの世界に現在も存在し続ける英雄たちの名。

 この世界において、勇者と呼ばれる存在は二種類がある。


 一つは異世界の神の加護を持って100年周期に召喚される、異界の勇者。

 そして、六大神の加護を持って生まれてくるこの世界の勇者。

 

 六神の加護とは即ち、大神が自ら選定し与えた己が代行者の証明。

 したがって同時期に同じ神の加護を持つ勇者は、決して二人と現れない。

 同世代に最大でも六人……その概念すら、歴史上では一度として六人の勇者が同じ時代に揃った例はないとされる、神話にも近しい存在。

 現時点で分かっている事は、そんな物語の登場人物たる「勇者」に、僕のお嫁さんがなってしまったという純然たる事実のみで。



 それも―――、これは。


 地母神フーカ……大地の恩寵を象徴する、角の紋様。

 叡智神ミルドレッド……数多の叡智を象徴する、翼の紋様。


 彼女のそれは、二神を象徴する紋様が重なり合うようにして一つの紋章を形作っているのだ。

 皆が大急ぎで駆け付けるまでの間、その僅かな時間で僕がイケメン貴族技巧をもって描き上げた写実的な複写―――それを見た誰もが目を点に変えて。



「……む、む……。これは―――」

「やはり直接……」

「却下します」



「ふむ……叡智神、そして地母神。二柱の女神は、六大神の中でも親友の間柄とされております」



 ヴァレットが呟く一つの仮説。

 相性の良い神同士だからこそ、与えた加護が反発し合うことなく溶け合っているのだろう……と。


 事実、歴史上を返せば世界で唯一地母神フーカの加護を受けたとされる存在、現在大陸に四人存在するすべての聖女の根源である【初代聖女】は、加護を受けると同時に叡智神の力の片鱗を持っていたともされている。


 ……つまり。

 二種類の神の加護を同時に受けるのは、あり得ない話ではない?


 

「いや。しかし、ヴァレット……」

「はい、旦那様。それでも二柱の大神の加護が完全な均衡を取るままに一人の人間に宿るというのは、大陸の歴史上で一度として確認されたことはない未知数……と。えぇ、そのような認識は誤りではありませぬな」



 六神の加護を受けた存在が現れたってだけで大陸を揺るがす大事件なのに、それが同時に二神の加護。

 話があまりに大きすぎる。


 こんなの、もしもアトラ教の中枢たる神殿協会連盟にバレたら―――。

 いや、多分すぐバレる。

 結婚式の立会人アトラ教の高位司祭だったし。


 しかも、これでももしも式の参列者があまりに多かったとしたら―――。

 いや、実際滅茶苦茶人数多かったから多分そっちでも勘の良い人は気付く。


 結論……、詰んだ。

 今に大陸中が新たに覚醒した勇者の存在を認知し、またあり得ざる二柱の大神の加護というとんでもないネームバリューに沸き上がる。

 


「まこと、まっこととんでもない事をしてくれるな、伯爵。いや、娘婿よ」

「責任はどうとるつもりだい? レイク。妹にこのような―――これはもう、背中に刻まれた紋様を実際に見せてもらうしか……」



 無視だ、無視。

 今はそれが許される状況だ。

 僕自身、今口を開けば何を言ってしまうか分からない。



「あなた様……? 私が身を晒すことで事態が落ち着くのでしたら……」

「頼むから盛り上げないでくれ」



 どうなってんだこの親子の胃は。

 真金か天銀で出来てるのか?

 僕はあくまで「顔に出ない」というだけで、怖いものは怖いし胃潰瘍にもなる―――そういう意味で、人生の経験値が違う大貴族っていうのは本当にこういう状況に強いらしい。

 何なら遊び始めてすらいるらしく。


 しかし、当事者たる僕の心中はまさに大荒れ。

 本当なら今に全力で暴れ回りたいくらい感情の大嵐、濁流に満ち満ちていた。


 そんなに嬉しいのかって? 



 ―――ふざけろ。 



「ヴァレット、彼女の容態に本当に変化はないんだな!? 危険な事、これからの予測―――何でも良い。もし彼女に何かあれば……」

「旦那様。現状、全てが落ち着いております。問題はありますまい。何より、奥方様はご自身で精神鑑定ができるほどの知識をお持ちだ。まるで心理学、医学の心得があるような」

「少しの経験があるだけですよ」



 ……主治医も出来る完璧執事ヴァレットが鑑定するところによると、現時点で彼女の身体には何の問題もないらしく。

 いや、ここ数秒なかったからと言って、いまこの瞬間に何もないとは……、くそッ。



「……ッ」

「義弟よ。何故そこまで取り乱す? 君らしくもない」

「……それは」

「私からご説明しましょう、ルクソールさま。通常、六神の加護は大きく二つに分けられます。それは戦の技能であるか、それ以外か」

「―――うむ、シュタイン殿。それくらいであれば当然に理解しているが……」



 六大神の加護を受けた勇者は、その神々の性質によって様々な特異能力を授かるとされる。

 例えば武戦神であれば武器術の才や天与の肉体。

 海嵐神であれば軍勢を率いるカリスマ。

 これらは戦の技能。


 逆に、地母神の加護は治癒能力といった、あくまで他者を癒す力。

 淵冥神、叡智神、天星神……他の神々の権能も、大別すれば六神の力は戦いを前提としたものか、それ以外かに分かれ。



「そして、こちらはあまり一般に浸透していない部分。大いなる神の加護は、時として人の身体をむしばむ。強力な加護であれば、肉体の脆弱な者では命に係わる程に」

「……なに?」

「また、その傾向は武戦神や海嵐神といった戦の技能であるほどに顕著になります。……何故、歴史を返し主神たる天星神の加護を授かった存在がたった一人であったか。この答えもまた同じ。与えられた加護に肉体が耐え切れぬという事は、決して不自然ではありませぬ」



 ……。

 そうだ。

 まして、彼女は誰がどう見ても分かる非戦闘者……、魔素の適合率だってそう高くはないと聞いた。

 そんな女性に、二柱の大神の加護を同時にだと?


 ふざけてるのか!?


 

「しかし、奥方様のそれは地母神と叡智神……。どちらも、比較的穏やかな性質を持つものです。強すぎる加護に身を侵されるという事……少なくとも現状ではその心配はないように愚考します」

「本当か!? 二神の加護だぞ……!? 今までにないイレギュラーだ!」

「あなた様……」



 いや、無理だ。

 落ち着いていられるか。

 只でさえ空想してた素敵な人生設計を完全にボロボロにされ、彼女が何処の馬の骨かも分からないような奴らに狙われる可能性ができたっていうのに、そこへ更に加護そのものが彼女を圧し潰す可能性すらあるんだ。

 リターンもあるだろうし、対象が彼女でさえなければ―――アノール領の他の誰かだったら、僕だって大喜びの狂喜乱舞だっただろう。


 つまり、今の気分は最悪だ。

 幸せの絶頂から、いきなり冥府の奥底へ叩き込まれたようなクソッタレの気分だ。

 


「今までの勇者達は……六神の加護は、過去に幾人もの勇者たちを殺してきた……! 彼等の英雄譚、その晩年は悲惨なものばかりだ! 妻が……彼女が、そんな英雄という愚者共と同じ事になる可能性が僅かにでもあるんだぞ!? それこそ、初代聖女の最期のような……ッ」



 あの後、暫くする頃マリーの瞳の光は再び失われた。

 目が見えるようになったのは、本当に一時的な症状のようなものらしかった。


 彼女が幾ら瞼を開いても色は元の薄桃色だった。

 けど、それでも……。

 もしも彼女が本当に加護に身を潰されでもしたら―――、僕は。

 マリーを失ったら……。



「ふぅ……成程。そういう事か。どうやら彼は我々より余程現実を見ていたらしい。年甲斐もなく舞い上がっていた己を心底恥じることになろうとは……うむ、とんでもない事になってしまったな。娘よ、今からでも婚約破棄して戻ってくるのは……」

「もう遅いです、お父様。先程式も終わりました」

「……くっ」



 ……。

 ねぇ。


 色々混じってるって。

 何なの? 親子ジョークなの? ってか余裕なの?

 こっちが何処までも平静を欠いてるからって、その分余裕になる必要は―――。



「あなた様」



 焦燥のままに思考を巡らせる中、不意に掌へひんやりと……柔らかな感触があった。

 彼女が僕の手を握ってきたんだ。



「―――マリー……。私は……」

「私はずっと御傍に。ずっと一緒です」



 ………。



「お父様たちのお考え通り。神さまがお与えくださった加護。きっと、有効活用できる機会もあるでしょう」

「「……………」」

「力を得た。名声の機を得た。今は、それこそが重要です。伝説に語られる初代聖女様も、一度として武力で戦いを止めることはなかったと。彼女は、言葉によって……説く事によって戦争を止めたと。でしたら、私も同じです。勇者になったからと、何を誇示する必要もありません。ただ、己が身の丈の範囲で力を操れればいいだけなのですよ。ヴァレットさま、招待状の件はありがとうございました」

「ほほっ。奥方様はまことしたたかなお方だ」



「……マ、マリー、さん?」



 もしかしてヴァレットが僕に繋がりがないところまで色んな人に招待状スパムしてたのって、老いぼれの独断専行じゃなく……。


 本当にこの女性は……、いや。

 今更ながらに、納得しかない。

 智慧の一族の当主をして「特別」と言わしめた彼女は、紛れもなく叡智神の加護を授かるに相応しい聡明で強かな女性なのだ。



「ふ、ふふ……」

「はははッ! それでこそ……! 流石は我が娘よな!」

「有り難うございます、お父様。けれど―――私はこの方を。レイク様を愛します。生涯、この方に愛を捧げます。それを忘れないでくださいね。お兄様も」

「……あの女の娘よな」

「……母上の子ですね、間違いなく。或いは最悪の政敵になる可能性……」



「しかし、ですよ。……つまりです、父上」

「あぁ、息子よ」



 ……親子そろっていきなりこっち見るじゃん。

 なに?



「義弟よ。二人の婚姻が、我が家の名声にも繋がるのは間違いなさそうだ。むしろ、距離感としては丁度良いのかもしれない」

「勇者の血が、我がオクターヴに生まれたという意味でもな。こうなった娘の意志を変えることができぬのは当然として……、無理やり連れ戻して機を失うのも困る。ならば、道は一つよ」



 ……?



「というわけで」

「今晩からでも全力で励んでくれることを―――」

「皆さん、お二人をつまみ出してください、今すぐに」



「「……………」」



 今に呼び出された彼女の侍従たちが、僅かな抵抗の意思を持った大貴族たちを無理やり部屋から追い出す。

 雇い主よりお姫様の方に従うのね。



「では、坊ちゃま。私も暫し席を外しますゆえ……、ごゆっくり」



 ……やがては最後まで残っていた家令も、したり顔でいなくなり。

 部屋には僕と彼女だけが残された。


 静寂の気が強くなった部屋で鏡に映った自分の顔を確認した僕は、よくよく状況を再認識し。

 完全に頭に血がのぼっていた事を理解して、崩れかけた鉄仮面を取り長く……、それは長く息を吐き出す。


 やがて彼女の隣へ椅子を用意して座り込むまま、謝罪の言葉を探す。



「……すまない、マリー。完全に動転していた」

「それが普通の事なのだと。……逆の立場であれば、私もきっと同じようになったかと思います」



 ………。

 彼女の話と僅かな記憶から、多分僕の前世って碌な死に方じゃなかったんだろうけど。

 それが今回も加護に押しつぶされて死ぬってなったら、本当に泣いちゃうかもね、僕も彼女も。


 いや、あり得ないから良いんだけどさ。



「―――私が武や海の神の加護をって? んなバカな」

「うふふっ。確かに海嵐神さまの加護はあり得ませんね。既に、今代はギルド理事―――青海卿シンク・オルターナ様が選ばれているのですから」



 いや、そうじゃなくて……。



「武器術も、魔術の素養もない。そんな役立たずの私が勇者など、笑い話も甚だしい―――と。それだけの話なのだが……」

「あら。あなた様ったら……。―――んっ」

「―――――!」



 ………。

 本当に骨抜きの役立たずになるって。


 正確に捉えてくるの、本当に聴力とか空間把握能力が発達してるんだろう。

 不意打ち気味に頬へ放たれたお嫁さんの柔らかなキスに、僕は例え何が来ても役に立たないであろうグズグズの置物に成り下がる。

 ついでに口紅の痕も残った。



「あなた様は、ずっと……、ずっと、私の勇者ですよ?」

「……………」

「ずっと昔から。世界が変わっても。きっと、これから先も。ずっとです」



 「それに―――」と。

 彼女はまるで小さな少女のように無邪気に微笑む。



「例え悪い人が来ても、私が守ってあげますよ。だって、私は勇者ですから。お嫁さんで勇者……最強になったんですから……!!」

「……!」



 ………。

 ……………。




『―――あ。けど、勇者はお嫁さんには勝てないんだよね?』  





『―――じゃあ、勇者でお嫁さんなら、最強って事だよね!?』




 ………。

 ……………。




「―――、ふ……ふふっ。はははははッ!!」




 ………。

 そうだね。

 ……あぁ、そうだとも。



「間違いない……。きっと、今の君は―――いや。私たちは、最強だ」

「二人で最強、ですね?」



 並び椅子に腰かけたまま、今度はどちらか一方ではなく、双方から示し合わて口付けを交わす。

 やっぱりこういうのは二人きり……。公開なんてもうこりごりだ。



 ………。

 やろう、行こう。

 なにがあっても護るし、何があってもやり遂げて見せる。


 たとえ死んでも……。



「―――生涯、君を守り続けるよ、マリー」

「はい……信じてます。ずっと一緒に……あなた様」

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