第12話:季節の代わりに品評を
オクターヴ公爵領で開催された二度目の祝宴からまたふた月が経ち、季節は淵冥神が守護星となる終の月に突入。
六大神でも冥府と死を統べる大神の特徴通り、大陸中央部では肌寒い気候が続いた。
そんな中での領の状況としては、非常に落ち着いたもので。
南側とはいえ空気もやや乾燥気味で気候変化も落ち着いているから、屋敷の者たちもカビが発生せず掃除が楽と言ってたし。
村民などは畑仕事も閑散期となり、貯えもしっかりとしている事から比較的穏やかな生活を送っていて。
あっちの世界で言えば12月とかそこらで……師走とは言うが、この時期にアノール領であっちこっちへと奔走しているのなど、恐らく領主くらいなものなのだろう。
あ―――そうそう。
畑仕事が閑散期とは言ったけど、実のところこの寒い時期に作物の調子を見てほしいと連絡を送ってきた村が一つだけあって。
「……、うむ……、うむ……、むッ!!」
ウマい……!
三メートルほどの木々に実った桃色の果実グルシュカ。
洋ナシのような味にマンゴーを思わせる濃厚な甘みが加わるのは、この果実本来の味わいではあるけど……。
「まさかこの時期にも収穫とはな。それも通常より二回りは大きく、ずっしりと……色つやも良い。何より、この甘味……。このような出来は見た事もない」
「お気に召して頂けましたか?」
「お代わりもありますよ! 領主様!」
ここは聖国プリエールと隣接する秘境たる大森林の傍。
彼女ら、三十人余りのリアノールのエルフたちが村を創り始めている地帯。
力になりたいと、色々と試行錯誤してくれているのは知ってて、援助できる物資などはないかとこちらも色々便宜を図ったりした。
最近では何やら小麦だの砂糖だの明らかに農作物用ではないアレコレが注文申請に載ったりもしたけど、そこもまた必要経費。
その全ては常識的な範疇であり、むしろ控えめなくらいの要求なので大体は気前よく用意してやってた。
それだけ信頼されてる証でもあるし。
がしかし、今回作物ができたと聞いて来てみたわけだが、まさに想像の斜め上。
「―――素晴らしいな。短期間でこれ程の……」
「領主様、こちらも食べ頃です!」
「……あの……領主様、こっちも召し上がっていただけますか……?」
「全部頂こう」
美男美女から次々にお勧めされる果物。
成程、天国とはどうやらここにあったらしい。
オプションで美人エルフの「あーん」とかない?
しかし、このグルシュカ……本来は参、四の月に収穫できる果物の筈なのに。
今回彼等の作ったものは、見た目も形も結構変わってくるもので。
皆、それぞれが思い思いの方法で生育や改良をしているのか、木々ごとに特色もあって……、まるで夏休みの自由研究だな、これは。
ひとまず、一人が差し出してくれたカットされた状態の果実を口に運び―――お、けっこうガリっと歯ごたえが強くて……ん?
―――すっっっぱ!?
「ぬ……、ぬぬッ」
「ふ……、ふふふっ、ふふふ」
「あ、あははははッ」
「「―――――」」
「おのれ……、図ったな?」
「ふ、ふふ……申し訳ありません、領主さま」
「「申し訳ありませんでした!」」
やや口をとがらせるような顔を作り言葉をやれば、先頭の村長さんは面白さ半分、申し訳なさ半分の顔で謝罪を述べ、彼等も笑顔でそれに続く。
かなり打ち解けたもので、こんな悪戯ができる程度には信頼されたらしい。
「だが見たか、領主さまの顔を」
「あぁ……。スィドラ樹を相手にしているのかというくらい表情を崩さないあの御方でさえ、酸味に口をとがらせていたぞ……」
「我ながら恐ろしいものを作ってしまいましたね」
マジかよ。
やり方次第でこんな酸味の強いグルシュカすら作れるってのか。
流石は農耕に長けたと言い伝えのある一族―――けど……誰得?
「……しかし、実際このような酸味の強いものをどう使えば……」
「その事なのですが、領主さま。こちらを」
いや、どうやら彼女たちに秘策ありらしい。
不意に眼前に現れたのは、綺麗な焼き目が付いたケーキ。
いやパイだな、グルシュカパイ。
艶があって実に旨そうだが。
匂いがなかったのは、既に冷めているから。
冷めているのにべちゃついてないのも、最初から冷製に仕上げる前提と見えるし。
「―――ほう。パイか」
「頂いた材料でシアさんの作った窯焼きパイです!」
「村長の母さまはパイづくりの達人で、村長も物凄く上手なんですよ! 私達も大好きです!」
うん、ぼくもぱいすきー。
……今となっては、決して会う事は叶わなくなった人たちの話もぽつぽつとしてくれるようになった。
村長……パトリシアさんの母上殿は元々の里の長で、誰からも慕われる存在だったと。
100年以上を生きた知恵者だった、とも。
「領主様。召し上がって……いただけますか?」
「無論頂こう」
そして宜しければついでにそっちのたわわなパイも―――。
……。
疲れてるのか? 僕。
それともまさか焦り始めてる?
いや、何にせよまずは一口―――。
「これは……。―――旨い!」
「「おぉぉぉ!」」
いや、マジでうまいよ。
生のグルシュカも勿論慣れ親しんだ好物だけど、それはさておきこのパイは本当にうまい。
冷めてるけど生地はサクサクだし、中の果肉もしっかり調味されているけど歯ごたえは残しているベストな状態、食べれば食べるほどサクシャキと食管が楽しい。
甘さも全然くどくなく、甘味がそこまでという人でもお勧めできる逸品だ。
数回程度行った事のある大きな催しで食べた最高級スイーツと比較しても遜色ない。
「では。まさかこのパイは先程の酸味果実から……?」
「はい。実のところ、このようなパイに向く果物というのは、酸味の強い方が良いのです」
「……成程。甘味がくどくなく、また食感が残る故の旨さか、これは」
「その通りです」
とろける食感と濃厚な甘みが特徴の果物に在って、対極に位置する歯ごたえと酸味。
しかし、だからこそこの絶妙なバランスのパイができたと。
「生で供するのであれば、確かに最初に召し上がっていただいたような品種が良いですが、製菓や加工品として出すのであれば、こういった種類も売れるかもしれません。贈答用には高級志向の柔らかく甘みが強いもの、加工用にはこのような硬く酸味の強いものを……と。いかがですか?」
「素晴らしい……、いや素晴らしい!」
ブラボー、いやホント、お世辞抜きで。
どうやらパトリシアさんにはセールスの才能もあったらしい。
思いがけず彼女の両手を取ってしまう。
「都市に店を出してもいいかもしれないな。目指すはビジネスパートナー。フランチャイズのロイヤリティでウハウハ生活だ」
「あ、あの……! ぁう……ろ、ろいやる……、ですか?」
「ろいやり、じゃないか?」
「ふらんちゃいずって?」
「やはり領主さまは難しい言葉をご存じだ」
………。
そんなこんなで贅沢な果物バイキングを楽しんだわけだが、ここで品評大会は一度きりあげだ。
彼等の果物生産に関しては、あくまで試験段階。
再現性とか連続性とかをちゃんとしないと安定した製品とは呼べないし、これをうまく商品にして行くためにまた彼女たちには頑張ってもらうとして……。
「パトリシア殿」
「……? はい、領主さま―――。……何か、あったのですか?」
僕の雰囲気が変わったことを感じたんだろう。
彼女は口元を引き締めて僕の眼を真っ直ぐに見る。
どうやら、彼女自身も長として成長しているらしいな。
負けてはいられない。
「うむ。母屋に、話し合いの中心になっている年長の者らを集めて欲しい。これからの事で重要な話がある」
「―――はい、直ちに」
………。
……………。
「君たちがこの地へ定住を開始してから、ある程度の期間が経った」
「「……………」」
「私は、そろそろ頃合いだと感じている。君たちの発展を。居住のレベルをあげる試みを、だ」
屋内に集めた美形集団。
通常人間国家ではまず見る事のない半妖精天国の中で、真面目な話に入る。
文化レベルの向上。
通常であれば住居が住みやすくなると言われれば喜ぶようなもの。
しかし、僕のその言葉に彼等は顔を見合わせて。
「……その、恐れながら領主様。この地はとても豊かで、住みよい場所です」
「我々は、もうこれ以上森を拓くつもりは……」
ある程度予想してたけど、彼等はそう言うのか。
狩人の系譜―――エルフは、狩猟と農耕を司りながらも、調停と自然を尊重し続ける。
己らが必要な分だけ。
本当に最低限、他の生物の環境を尊重して共存する。
だから、僕が頼もうと効果は薄いし、脅しを掛けようものならそれこそ逆効果……。
まぁここも少しは想定してたよ。
「我ら人間がそうであるように、君たちには君たちのやり方がある。あぁ、それについては私も理解している。ならばいいだろう。君たちには、これ以上の開墾を強要するつもりもない」
だが、その代わり。
「代わりに、ひとまずは先の生産物だ。より、質を。栽培範囲はそのままに、より品質の良いものを生育する事に注力してもらいたい。まずは味を、色を。そして大きさを。次第に形を。より大きく、より旨く。―――また、その中で安定して同じ品質を撃ちだせるようにもだ」
「……………」
「諸君には不可解なものであろうが、我々人間、特に貴族という生き物は見栄にこだわる。それが腐り行く定めの食材であろうと、より良いものはどれだけの大金も積んでも買うのだ。自然、君たちが育てたあの素晴らしいグルシュカの顧客は位の高い商人へ渡り、貴族の口に入るだろう」
耳触りの良い言葉を使って褒めながら話してるけど、正直あんまり想像しきれてないと思う。
委託とかその辺を知らない閉鎖的な環境で育った彼等は、そもそもお金で物を売り買いするというのも慣れていないかもしれないし。
「……人間の金は、あまり好きではないだろう」
「「……………」」
それは、無言の肯定。
鳴りを潜めたとはいえ、彼等が人へ持つ憎しみは完全に失われたわけでは決してないのだ。
……でも、だからこそ。
「だが、それ等は今の君たちに必要な物だ。何故なら、私は諦めていないからだ」
「領主様……?」
「それは、一体……」
「君たちの同族」
「「……………!」」
「散り散りになった君たちの里の仲間らだ。君たちと同じく逃げ延びた者は必ずいる。だが、或いは、筆舌に尽くしがたい辱めを受けているかもしれない」
彼等の顔が歪む。
それらは忘れていた怒りであったり、胸の奥に秘めていた悲しみであったり、失った痛みである。
憎しみはあるだろう、むしろあって然るべきだ。
その怒りの火が、彼等の原動力にもなり得る。
「―――これより、私は動く。君たちが生産した農作物の収穫、その利益から半分を。君たち一族の散り散りになった者への捜索へ充てる。作物の質が高くなれば、その分充てられる費用も高くなっていくだろう」
「そんな……、まさか、領主様はずっと……」
「俺たちの為にそこまで考えて……」
考えているさ、ずっと。
全ては帝国―――ひいては、僕の領が滅びないために。
「君たちの働きに応じ、私も応えよう。働きの分だけ、対価を与えよう。閑散期ならば、志願した者を
利用できるだけ利用する。
彼等の労働で得た金を帝国の為に用い、帝国の為に一族を見つけ、合流させる。
全ては帝国と僕の領の為だ。
「―――領主様っ。私達は……家族に……!」
「会える」
「「!」」
「必ず、会える。私が会わせる」
………。
「ぅ……、ぅぅう」
「う、ぁ……ぅああぁ……」
「兄さん、母さま……」
「何でもします! 私にできる事なら、なんでも! だから……どうか、どうか……!」
「既に、小規模ながら捜索は開始している。私に、賭けてはくれないか。この地に、君たちの第二の故郷を作り、仲間たちを迎え入れるのだ」
「「おおぉぉ……!!」」
利用できる者はすべて利用する。
その代わり、自分の掌に乗った者は最後まで守り抜く。
それが僕の代からの家訓。
弱った人心に漬け込み、扇動する―――こんなやり方、正直自分でも悪役が似合うと思うけど、ね。
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