第11話:内緒話、内緒話




「―――よもやスクロールとはな……」

「これまで様々な貴族と出会ってきましたが、個としての突拍子もなさは彼が最も優れるかもしれませんね、父上」

「うぅ……む、確かに……。どれも突き抜けているにもかかわらず、方向性すらまるで安定せん。さながらビックリ箱……、叩けば叩くほど鳴る鐘」

「ですね。であれば、更に圧を掛ければもっと……」



 聞こえないように話してくれねぇかな。

 褒められてるのか何なのか。


 こちらを伺いながら卓の上に置かれたソレを眺める親子は、まさしく超上流階級。

 今年で59歳となった公爵と、僕と同年齢の跡取り。


 で、彼等に見せているのは僕の領……っていうか僕と協力者が共同で開発した(ということにしてもらってる)魔道具のサンプルで。


 封じたのは、モノの実像を誤魔化す“幻惑”や一定量の水を呼び出す“発水”など。

 比較的修得が簡単とされる部類の魔術。



「ひとまず、簡単な魔術が封じられたものをいくつかお持ちしました。こちらの製法まではお話しする事はできませんが。メインの材料はアングィス種の革です」

「ほう……? 道理で……」

「中々質感も良く、見栄えもする。貴族にも売れるでしょうね、この華やかさは。スクロールとはもっと武骨なものだと思っていましたが……」



 言葉を交わしながら、いつしか僕たち三人の視線が真横に向く。

 道理で見覚えがあるわけだ、と。

 そちらの方角―――広い応接室の一角には様々な美術品、工芸品などが設置されているが、中でも目を惹いたのは体高三メートルはあろうかという蛇の剥製。


 まるでシルクのように継ぎ目の見えない鱗は灰褐色、丸太のような胴部……人の腕程もある長い舌。

 そして牙すらも、大振りの短刀よりも余程大きく、鋭く……。


 偶然にも、僕が製品サンプルとして持ってきたスクロールの素材と同じ魔物。

 アングィス・ロード。

 蛇型の魔物の中でも特に狂暴性が高く、ランクで言えばC級にもなるその怪物は多くの従属種の蛇を伴って現れる事からロードと呼ばれている。

 もし地方になど出没すれば、たった一匹で村一つを一晩に壊滅させる害獣だ。

 およそ、今のアルベリヒでも一人では勝機は皆無に等しい。



「―――圧巻ですね。冒険者、或いは公爵家の騎士が? あのような怪物をも容易く狩る訳ですか……」

「くくくッ。らしいぞ? ルクス」

「いや、伯爵。アレをのしてやったのは私なのだ」



 ルクソールさまが? ……マジかこの嫡男。

 強い強いとは思ってたけど、C級の魔物を単身で?

 あなたって僕たちの代の首席卒業者だよね? 勉強も出来ておまけにそれって、どんだけパワフル文武両道なのさ。

 となれば彼の実力は紛れもなく上位冒険者……B級レベルって事になるし。


 アルベリヒより当たり前に強いじゃん。

 適合率も40以上あるのか……?



「いや、はや……。公爵家の黄金期は、まさしく永遠のモノであるようです」

「君の黄金期も近いようだがな」

「ウム、楽しみにしているとしようではないか。差し当たっては、これを「見せた」という事は、我々としても期待して良いのだろう?」

「―――えぇ」



 向けられた挑戦的な眼差しを真っ直ぐに返し、不敵に笑っておく。

 どのみち今の僕は彼等と少しでもパイプを強化しておく必要があるんだ。


 あの件を秘密裏に、穏便に上へ押し付けてもらう為にも、胡麻を擦っておいて損はない。



「近いうちに、公爵領へも安定供給が出来ます」

「では、そのあかつきには私たちにもいくらか買い付ける権利を譲ってほしいものだな。個人的なモノとして」

「贈り物として差し上げますよ、そのくらいであれば」

「そうか? では言質は取った。……ふふ。いっそ、君ごと欲しいものだが」



 ―――え、告白?



「良いですね。彼が手に入れば、自動的に今までの成果、そして処刑人殿さえ付いてくる」

「うむ。やはりあの男は惜しい。是が非でも……」



 ……処刑人。

 ―――ヴァレットか?

 上位冒険者にはその性質になぞらえた二つ名が贈られるとされているけど……いや。

 およそイメージに合わない物騒な名前はともかく、やはりあくまで僕はオマケでしかないらしく。


 メインの当主がオマケとはこれ如何に。

 天下統一系のゲームでよくある展開かな。

   


「ふ……。丁度、妹も。マリーも君の事を気に入っているようだからな、伯爵」

「―――光栄な事です」



 ………。

 確かにローゼマリー様とは一年を通して何度も手紙のやり取りをした。

 けど、正直あり得ない話だろう。

 いかにかつての名家とは言え、今の僕と公爵家の娘さん……形ばかりとはいえ帝位の継承権すら持っている彼女と僕とではあまりに釣り合わない。



「光栄、か……さても。何処までが君の計算通りなのであろうな、ユスティーア伯爵よ」

「買いかぶりですよ」



 言外に「俺の娘狙ってるよな?」って圧かけられてるな。

 正直これに関しては狙ってるってよりその場の流れ―――どうしても彼女の事が放っておけなかったゆえの諸々なんだけど、それをそう解釈されてもまるで否定できないのが現状。

 僕の内心はともかく、客観的に見て涎だらだらで逆玉狙ってるようにしか見えないのは貴族としても男としてもそうだから。



「私としては悪くないと思っていますよ、父上。伯爵自身もまた惜しい。なんでも、一年前に伯爵を招待した時、彼は会場の令嬢たちからも大人気だったとか。他の家のモノになるくらいであればいっそ……、手に入れるか消し去るかです」

「―――だそうだが。どうする? 伯爵。どちらが好みだ?」

「……はは」



 流石に笑ってごまかすしかないのは当然だが、せめて親子二人だけの時の会話にしてくれ、それ。

 お茶目か? この親子。 

 流石は帝国にオクターヴありとされた外交の名家……どれだけ強力なカードを手に乗り込んだとて、何かしらの手痛い反撃を見舞われるね。



「さて、そろそろ時間であるな」

「参りましょうか、父上。―――伯爵、上手くやれよ」



 やがて訪れる時間。

 元より、僕たちがここにいるのは今年の豊穣祭の為で。

 今回も昨年と同じように祝宴に参加しようと思ったんだけど、他ならぬ公爵自身に止められたのはつい先程。

 しかし、それは貧乏貴族がお呼びじゃないから―――というわけではないらしく。


 どういうわけか、祝宴の間に娘さん……詰まる話ローゼマリー様の話し相手になってやって欲しい、と。



「本音を言えば、君が娘とどのように接するのか、是非その場で見ていたい所なのだがな」

「君と踊った令嬢たちは皆、まるで術にでも掛かったような恍惚の様子だったと。若い娘に、伯爵がどのような歯の浮いたセリフを掛けていたのか―――。その話術を見られぬのは確かに実に残念な所ですね」

「……………」



 去り際に誰かを揶揄からかわないと死んじゃうのか? 上位貴族ってやつは。




   ◇




 祝宴が催されるのは別宅。

 それゆえ、僕がいる公爵家の本宅は台風の目のように静かなもので。


 僕の文通友達、公爵家第三令嬢ローゼマリー・オクターヴ。

 彼女は四階……自室に設えられたバルコニーに居た。

 夜の風を感じる外付けの屋外空間―――今宵は星空もよく見えるし、祭りを祝う賑やかな都市風景もあって中々のシティービュー……だけど。


 その全てが霞むのが目の前の女性。



「お久しぶりですね、伯爵さま」

「えぇ、昨年の参の月以来ですから、一年ぶりになります。送られてくるお手紙、いつも隅から隅まで拝見させて頂いておりますよ、ローゼマリー様」



 以前と変わらず彼女は車いすに座っていて、膝の上には足元まで届くかという厚手の毛布。

 あの時と違う事があるとすれば、複数人の侍従が部屋に控えている事くらいか。



「どうやら、お変わりはないようだ。―――あの時から時間が止まったかのようにお美しい」

「うふふっ。お手紙の上でも、直接お会いしてもお上手ですね、伯爵さまは」



 ………。

 お世辞でもなんでもなく、本心なんだけどね。

 相も変わらず彼女は華だった。


 現在の令嬢様は19歳。

 長い薄桃色の髪は宵の風に揺れ、まるで桜の花びら。

 柔和に垂れたまなじりは初対面の時のような警戒心は少しもなく、まるでこれからの事に心を躍らせてすらいるようで。

 どれ、ここは一つ手袋の上からでも彼女の手の甲にキスを……。

 


「ユスティーア伯爵、こちらへどうぞ」

「えぇ、有り難うございます」



 彼女自身には近付く間もなく、侍従さんの一人に促されるままテーブルを挟んだ令嬢様の対面に腰掛ける。

 相変わらず、彼女はニコニコと嬉しそうで。

 ……にしても。  

 やっぱり上流階級の人間って凄く良いもの食べてるんだろうな。

 この前は宵の薄暗い部屋の中だったことと服の性質が違ったから気付かなかったけど、今のゆったりした服の上からでも分かるとても素敵なふかふか。

 グルシュカ、つまり大人の拳大より一回り―――どころか二回り以上は大きい。

 病弱で常に車いすに座ってるような生活の筈なのに、中々どうして肉感的で魅力的な山脈が……。



「「……………」」



 ヤッベ殺される。

 見なくても分かる、四方から突き刺さる侍従さん達の視線。


 唯一の救いは、彼女の目が見えてない事。

 ―――最低すぎるな田舎貴族。



「アンナ、皆さんも。この御方と、二人きりでお話がしたいのです。下がって大丈夫ですよ」



 え。



「……。では、何かございましたら呼び鈴を、お嬢様」

「「失礼致します」」



 えちょまって。

 やめてーー!

 こんな下賤な田舎貴族と大切なお姫様二人っきりにしないで!?


 令嬢様の信頼がどうしてか強すぎる……。

 

 ………。

 それに、侍従さんたちのあの身のこなし―――服の下やらなんやらに色々入ってるよね? 絶対。

 彼女たち、世話役というのもあるけど、護衛という意味合いも強いんだろう?

 じゃあダメでしょ下がらせちゃ、ここ一応屋外だよ?


 非力な田舎貴族と宝物みたいな令嬢だけって、それもう攫ってくださいの現場よ?

 悲鳴に突入した時には既に遅く、血だらけになって転がった僕だけが残されてるパターンじゃん。



「ふ、―――よろしかったのですか? 私とて、健全な男の端くれですよ」

「うふふ……。大丈夫ですよ。伯爵さまがそのような御方ではない事は、目を見ればわかりますから」

「左様で。目を―――……」



 ……。

 目を?



「……! ―――よもや」

「―――。えぇ。ある種初めまして、ですね? 伯爵さま」



 表情には出さなかったが、あまりに動揺して言葉に詰まってしまった。

 彼女のまぶたが。

 瞳が、開かれていたのだ。



「……。ローゼマリー様。これは? 貴女は、確かに……」

「驚かれましたか? えぇ。通常、私の眼は見えていません。おおやけに知れている噂は、決して誤りではありませんよ」



 そこに存在していたのは、宝石の如き桃色の瞳。

 柔和な眼差しは彼女の髪色も相まって統一感があり、更に魅力的なモノとして纏まっていて。

 令嬢の瞳は、今まさに真っ直ぐと僕を捉えているのだ。


 ……だが、何故?



「ある種、六神さまの祝福、というべきでしょうか」



 六神……或いは六大神。

 この世界の創世神話に伝えられる、神々の総称。


 王である天星神アヴァロンを筆頭に、地母神フーカ、叡智神ミルドレッド、海嵐神バアルキアス、武戦神ペンドラゴン、そして淵冥神デストピア。

 それらは暦の上でも六つの季節と密接に関わっており、今現在行われている豊穣を祝う祝宴も地母神の齎す恵みに感謝するもの。


 その神々の祝福だって?

 目が見えない事が何の祝福だって―――。

 


「……。有り余る智慧の代償、とでもいうのですか?」

「かも、しれません」


 

 古来より神々は人々に祝福や加護を与えてきた。

 大陸中の人間国家、その主君が我こそは神々の化身の血縁であるとか名乗っていたのはよくある話で、異界の勇者ではないこの世界生まれの勇者達もまた、その加護として特別の力を手に生まれてくる。


 だが、彼女は勇者ではない筈だ。

 勇者がその力を自覚すれば、必ず何らかの方法で「それ」が生まれたとアトラ教の神殿協会連合が認知する筈だから。

 ……だからこその代償。

 過ぎたる力を手に入れた只人に対する罰、だと?


 勝手に与えて勝手に奪うのは邪神だろ、ふざけろ。



「実のところこの症状は、我が家にとってはそう珍しくないのです。智慧の一族……帝国ではそう呼ばれていますが、一族には稀に生まれつき視力が悪いものが生まれてくることがある。……全く見えないという前例はなかったようですが……」

「……………」

「私は生まれつき目が見えませんでした。それは、お父様やお母さまが世界中から探してくださったどのような名医でも、術師でも。決して見えるようにはならず」



「ですが、唯一。この季節だけ。豊穣の季節である肆の月、その間だけ、私の眼は世界を見ることができるのです」



 ………。

 本当に、存在が確かな神っていうのは。

 おおよそ、中途半端な記憶を残して僕を世界に放り投げやがったのもそういういい加減な神なんだろうな。


 ―――良いさ。

 今だけはアンタ等に感謝してやる。

 


「では……、話は早い。共に本が読めますね?」

「……。ふふっ」



 今は小難しい話は良い。

 今だけ目が見えているというのなら、これ程嬉しい事はないのだから。

 是非とも、彼女には僕のこの輝くお顔を存分に覚えて行ってほしいところで。



「私、星を見るのが好きなのです。昔は、それしか出来なくて。ずっと覚えている本を読むか、星を見上げるか……。それしかなくて」



 桜色の瞳で空を見上げ、彼女は儚げにつぶやく。

 現在も座っている車いすから、足が不自由だというのは真実なのだろう。

 けど、目が見えない筈が見えている事……それがノイズになって、まさかそっちもいきなり立ち上がって歩き出したり―――とか考えたけど……。



「伯爵さま? 実は、感想を共有したいお話があるのです」

「ほう?」

「テーブルの上に置くにはちょっと重くて。申し訳ありませんが……」

「えぇ、お待ちを。すぐに……」



 急ぎ席を立って卓を大回り、対面の彼女の方へ回り込む。

 いいね、良いね。

 一緒に感想戦……そういうの期待してたんだ。



「こちら、なのですが」

「では、拝見しま―――」



 ………。

 膝の上の毛布が取り去られ、現れた書籍を拝見、と。

 さぁ、どんな……。



 そこには、確かに本はあった。

 だが、それを見ることによって、自然と同じ視界に入った「その下」も露わになって。


 近付いて初めて気付く、捲れる前の毛布に感じた違和感。

 ソレを己の肉体のように深く理解している僕だからこそ分かるその感覚は―――刻印、か?

 そして、この毛布に刻まれたその術式の波長―――認識疎外たる“幻惑”


 例えば「ない」ものを「ある」と周囲に錯覚させる、“幻惑”の術式……、!


 ………。

 ―――ちょっと……、待て。

 何だよソレは。

 色々と、得心が言ったが……そんな事、何故……?

 であれば、彼女は生まれつき足が不自由なわけではなく、そして決して病弱というわけでもなく。

 膝から下を隠していた理由……そもそも二度と己のソレで立つことが……は―――。


 ………そうじゃ、ないだろ!!



「―――ほほーう、帝国建国紀。白公と初代皇帝陛下の御話ですか……!」

「……ぁ」

「私も、昔はよく読んだものです。とても、考察のし甲斐があり、そして我が執事から仕入れた小話も併せれば、まさしくこの上ない面白さ」

「……………!」

「えぇ。建国時よりの家として、この話に関しては私も文字通り一家言ありまして、ね? 是非ゆっくりと意見を交換したい所ではありますが―――夜風が強くなってきました。寒くはありませんか? 宜しければ、私めが室内までエスコートしますよ」



 ………。



「……はい。お願いします、……レイク様」



 初めて彼女に名前で呼ばれ、一瞬ドキリとしたが。


 では、少し後ろを失礼しまして、と。

 彼女の座る車いすの後ろに回り、持ち手を握りゆっくりと車体を進める。


 そして屋内に入っては彼女の隣に席を置き、隣り合って語らう。

 こうして、卓などを挟まずに会話するのは初めてで。


 ……本当に?



「私自身の不満はですね? 無論、当然に、我が家の始祖の事が歴史の教科書から廃されていた事で―――」

「そうですね。私も、元々の知識との間に齟齬があったので調べて初めて知ったのですけれど。何もそのような事をする必要はないのにと当時は……」



 こうして話すのは初めて。


 初めての筈なのに。

 ……何故、だろうな。



「憤り通り越して憤怒、怒髪天ですよ。唯一手放しで尊敬できる祖先ですから。他の当主? はて」

「まぁ……! レイクさまったら……」

「ふふっ、私は正直な性分でして。例えば、執事がもう長くないかもと言った日には即座に思ったまま、「だろうな」と言い返し……」

「うふふふっ、―――あははっ」



 ………。

 やはり。

 この女性を前にすると、いつにも増して理性の歯止めが利かなくなる。

 決して過ちという方向ではなく―――自分でも理解できない程に、彼女を護らねば、安心させてあげねば、って。


 この女性の笑顔を見たいって……。

 どうしてか、常にそういう気持ちになってしまうんだ。

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