第4話:世の中そう上手くはないもので 




「へへへッ……。ではでは行ってらっしゃいませ、領主様……! お土産は期待してても良いんですよね」

「……………」



 髪を整えさせ、新しい服をやり。

 失った手が目立たないように肩掛けを貸し出してやったけど、身なりが戻って来るにつれて態度も戻ったな。

 ニヤニヤと笑いながら送り出す男、アルベリヒを華麗にスルー、馬車に乗る。



「ヨーゼフ。今日は―――」

「果樹園、ですね。承知いたしました、旦那様」



 ……。

 ふぅ。

 


「ヴァレット、どう? ……アレ」

「家が二割ほど明るくなったのは確かですな。彼が居ると、駄々広いだけの屋敷も小さく感じるようです」

「……。イモの皮剥きも楽になったってエイサムが言ってたしね」



 流石に刃物の扱いには長けているってコトか。

 まぁ、問題はその剥いた芋を一番多く食べなきゃいけないくらいに燃費が悪いのが当の本人って事だけど。

 今のところ、彼を雇ったのはマイナス方面に働いてる事の方が多いし。

 面倒ごとも問題ごとも多いけど、暫くは様子を見るしかないかなぁ。


 ガッデム、これだから縁故採用ってやつは。



 ………。

 ……………。



 ………。

 ……………。



「ウム、ウム……うん?」



 口当たりは若干の歯ごたえがありつつも滑らか。

 シャクッっていうよりはトロッって感じ。 

 滴る果汁の甘みは濃厚で、ほんのわずかに加わる酸味がウレシイ。


 ―――旨いね。

 少なくとも、村々に持っていったら皆喜んでくれるだろう出来ではある。

 甘味を滅多に味わう機会のない彼等としては、とてもうれしい土産だろう。


 今度役人に持たせてあげよう。

 まぁ、それはそれとして……。



「フーム。……どう? ヴァレット。新しいグルシュカ」

「悪くはありませんな。しかし、敢えて申し上げますなら他の領のそれと比べて、僅かに優れていても、突出しているという程ではありません。従来品と比較して、そこまで釣り上げられるものでもないでしょうな」

「だよね。変に吹っ掛けて他所に乗り換えられても困るし」



 アノール領でも中央。

 歴史だけはあり、初代だけは大人物だった影響で無駄に広い屋敷を中心とした、領でも唯一の都市の傍には先々代の時代から始めた事業があって。


 そこを一言で例えるなら、果樹園と言える。

 三メートルほどの木に大小成った桃色の果実……名はグルシュカ。

 見た目で言えば一番近いのは桃だけど、味として一番近いのは洋ナシだろうか。

 どうしてだか、どちらも向こうでは沢山食べた記憶あるけど、食べ応えのあっておいしい果物だ。


 グルシュカの大きさは、成熟したもので大人のこぶし大。

 皮は剥かなければいけない程度に厚く、種はかなり小ぶりなものが一つ二つ……原種はもっと沢山種があって酸味が強い事を考えれば、これだけで十二分に美味しくなってはいるけど。


 他の場所では、もっと甘かったり、もっと大きかったり、そもそも種がない品種だってあったりする。

 変わり種だと桃色じゃなくて白とか黒だったり、逆に酸味に特化させたものとか。

 その上、お隣の国プリエールなんかは美食の国……果物の生産にかけては大陸でも屈指で、マンゴーに似たアンマンとか、王室にも献上されるような最高級の果物も生産している。


 多少出来が良い程度では、まるで太刀打ちできない。


 

「このままなら田舎のちょっとした特産で終わるよね」

「終わりますな」

「グルシュカ狩り体験とか、どう?」

「この辺境に人が来るとお思いでしたら、実行するがよろしいでしょう」



 うーん、このノーイエスマン。

 僕の執事なら少しは太鼓持ちしてくれても良くないかな。

 老人だから重いもの持ちたくないの?

 てんでいう事聞かないならバチで叩―――こうとしたら逆に黙らされるね、辞めておこう。



「ポテンシャル自体は悪くありますまい。今は様子を見るのが良いでしょうな。生産量は年々向上しておりますし、年二回も収穫できるのです。食べ慣れた味というのもございますが、他の領から買い付けられてくる果物等と比べても、都市での売れ行きで言えばこちらに若干の分がありますので」

「……ん。そうだね」



 もっと大きく、もっと甘く……そして、色つや形よく。

 目指すは高級ブランド化。

 その為には。



「如何でございますか、伯爵さま……」

「良い出来だ。この調子で改良にも力を入れてほしい」



 そう、専門家へ丸投げするがよろしい。

 ノウハウっていうのは実際に何年もかけて試行を重ねていく中で積み上げるもの。

 最初こそ只の雇われ農家だった彼も、今では専門家みたいなものだし……絶対に手放したくはない。

 飴は多めに与えておくが良いだろう。



「何年掛けても構わんし、積極的に新しい事に挑戦するが良いだろう。より良いものが出来たならば、また連絡をくれ。相応の対価を約束する」

「は、はい!!」



 去り際に、期待しているという旨を言葉で伝える。

 何でも、ちゃんと言葉にする事は大事だ。

 んで、用事が終わったのならとっとと帰ろうという事で御者を待たせていた馬車へと乗り込み。



「何にせよ一次産業だ。僕が死ぬまでに盤石に出来ればそれで良い」

「食べるという楽しみは上の者であればある程に金や権力などより余程も価値のあるものとして位置づけられますからなぁ、ほっほっほっ」

「金持ちの道楽とも言うけどね」



 食とは生命の根源。

 金があればご飯は買えるけど、ご飯がなければ金なんてゴミだ。 

 賢い人はそれが分かってるからこそ、最初にソレを追求し、最後にソレを残す。


 実際、政界や財界の権力者に留まらず、最上位の冒険者とかも美食家揃いって言うし、より魔素に適合して人間離れした存在ほど大食漢になるという確固たるデータもある。

 あくまでヴァレットからの伝聞だけど、八英雄の一人……最上位冒険者【竜喰い】なんかは、ウソかまことか十メートルを超えるような竜を一晩で骨だけにしたって話すら。


 魔物の肉には毒素がある。

 人外染みた彼等だから出来る技で、何の抵抗力も専門の技術も持たない常人なら、ステーキサイズを食べただけでお腹を壊すだろう。


 凄いね人体。



「―――てかさ。話変わらないけど、やっぱりここ最近の食費おかしくない?」

「当然……アルベリヒさまの所為ですな」

「あの冒険者崩れめ……」



 彼の適合率、20ちょっとあるらしいんだ。

 中途半端に魔素に適合した結果、大喰らいなだけの穀潰しが一匹産まれたって事ネ。




   ◇




「旦那様。申し訳ありません」

「ん……。どうした、マリア」



 果物狩り―――もとい、果樹園の視察から数日後。

 完璧メイドのマリアが僕の執務室を訪れたのは、丁度宵の仕事も落ち着き、皆が寝静まり始めたころ合いで。



「成程。……紛失、か」

「はい。今月に入り、これで三件目です」



 どうにも、家の中にねずみが居るらしい。

 わざわざ貧乏な家に入り込んで狼藉を行うようなモノ好きなネズミさんが。


 被害に遭ったのは持ち運びが比較的楽な調度品やら、銀製の小物やら、食器やら……。

 その多くは前の時代から受け継がれてきたような骨董品で、僕の家では僅かに価値があるものばかり。

 表情を崩さないながらも、不安げな侍従長の感情が伝わってきて。

 彼女なら再雇用先には苦心しないと思うんだけどね。



「旦那様、申し上げにくい事なのですが。彼は……」

「……………」



 あ、そうそう。

 因みに、紛失が起き始めたのは、アルベリヒが領主館の衛士になってからだ。

 けど、すぐじゃない。

 彼が来てから、一か月ほど経ってからだ。

 僕が領主になってからこの館で働き始めた人間は何人もいるけど、どうやら彼女の予測では被疑者の該当は一人らしく。



「働きそのものは悪くないのですが、それでもコレは」

「……ん、むぅ」

「―――旦那様?」

「……ぅ。あ、あぁ、分かった。だが、もう少しだけ様子を見て欲しい。私自身、既に手は打っているのだ」

「左様でございましたか。出過ぎた真似を」



 妖しくきらりな彼女の眼光。

 ―――ガッデム。

 謝罪されてるのに怒られてる感覚なのはどうしてなのやら……、油断して変な声出したのを咎められたな。

 僕が手放しで信頼してる二人だけど、そのうち一方は油断したら咎めてくるタイプの罠遣いメイドさんだ。


 ……慇懃に礼をして退出したメイドさん。

 彼女を見送った後、入れ替わりのようにぬらりと入ってくる老執事。


 

「壁に耳あり障子にメアリー、ってね……。ヴァレット。向こうの出方は?」

「はい、坊ちゃま。今日は間違いなく動くでしょうな。つい先程までマリア殿が動かなかったことに油断している様子なので」

「ガッデム」



 暫く大人しくしていればいいものを。

 どうやら歳末決算売り尽くしセールか何かと勘違いしているらしい。

 チーズはチーズでも、蛆虫で熟成させた特別なのをくれてやろうか?



「良いだろう―――。あれがその気なら、相応の準備をする。……ヴァレット。悪いが、残業でちょっとしたセッティングを頼みたい。なに、幾つか備品と消耗品を準備してもらうだけだ」

「夜分遅くまで起きているのは老骨には堪えますな、ほほっ」



「仰せのままに、旦那様。しかし……あまりは使われぬように。倒れられては困ります」

「分かってる。善処するよ」

「ほっほっ……しないやつ」



 善処する方向で審議はするけど、倒れないかどうかはまた別さ。

 それは向こうの出方次第であり、ヴァレットの前以外で完璧な領主であれるのなら、僕は迷いなくそれを使うんだから。

 使えるものは全部使う―――僕の方針ね、これ。

 適当に筆を走らせて……と。



「ハイ、これ。用意するものリスト」

「……。確かに」



 手早くメモしたソレを渡せば、彼は一礼して部屋を出ていき。 

 僕もまた自分に何かがあった時の保険として、明日に回そうと思っていた書類を先んじて攻略するという作業に掛かる。


 ………。

 そして時間が過ぎ、老執事からの報告によりゆっくりと行動を開始するわけだ。



「―――偽典……“消音”」



 久々に行使するは初級の無属性魔術。

 魔術への才能が僅かにでもあるなら、誰にでも使えるのが初級魔法……消える照明と共に、音を消す。



「で……セット、と……、ッ」



 そうだ。

 これは僕の問題……過去の清算。

 僕が進むべき道であり、領主になる時に定めたルールでもある。


 塞がるものは排除する。

 例えそれが―――それが、かつての親友であっても。



「……………」



 音をたてず、降り立つ。

 暗い、僅かな灯りだけが頼りとなるエントランス。

 不意に僕が現れた事で、驚いたネズミは息を潜めるも、そそくさと退散するようなことはせず隠れてやり過ごす算段のようだね。


 無論、そんなのは認めない。

 遁走が嫌なら大人しくムンズと掴まれるのがネズミの運命なのだから。



「さぁ、館の主の登場だ。居るのは分かっている。ソレを……、君のを解除してくれないか? アルベリヒ」

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