第3話:友、遠方より 




「豊作、豊作……、ふふふッ。はははははっ……!!」

「坊ちゃま」



 月日が経つのは早いものでございまして。

 僕が新任領主としてアノール領の領主になってから、あれよあれよと4年が経過したよ。


 いつの間にやら僕は21歳になっていたし、イケメンぶりにも磨きがかかってきた。


 ここ直近の数年で試行したことといえば、やはり村々へのノウハウの積み上げ。

 学生時代に必死で調べた他領の経験則を踏まえ、各村から働きに来て経験を積ませていた侍従たちを今度は教導の名目で村々へ派遣し、最低限の計算といった学を教え。

 そこで見つけた出来の良い者を領主館で働かせつつ更に鍛える。


 彼等を村へ赴かせまた手本とする。

 面倒だし彼等にとっては重要な働き手を取られる痛手だけど、それもこれも今後の為の投資。


 甲斐もあり、一々僕が20あまりある村全てに行く事が激減したし、ようやく農作物も実用段階。

 更には特産品である果物を纏めて輸出できる段階に到達し、ようやく世間に「あ、まだあの領残ってたんだ」とか、「え? そんな領あったっけ?」と認知してもらえた段階となった。


 ヴァレットの持ってた(元)冒険者のコネって凄いんだなぁ。

 流通関係で本当に有難かったし、相も変わらずアノール領は施設の空き状況待ちの家令で成り立ってると言っても過言じゃないよ。

 これが人脈チートってやつなのかな。

 普通序盤では絶対に雇えない強キャラで強くてニューゲームな気分。

 

 ……と。

 一仕事終えてヴァレットの淹れてくれた美味しいお茶を楽しんでいる中、ノックが。

 


「―――誰だ」

「恐れ入ります、旦那様。マリアです」



 入室を許すと、小さな音と共に扉が開き、現れるまま優雅に一礼する苔色の髪の女性。

 身の丈は160センチ程、年の頃は40も半ば……年齢相応に皺があり、恐らく若い頃の容貌も素朴そのものだったろうと感じさせる女性だ。

 マリア……両手の数で数える程度の使用人しか抱えていない僕の館の侍従長。

 成程、確かに容姿こそ平凡だけど、礼儀作法に関してはヴァレットをして「天井」と言わしめる程。

 礼儀が外面の美しさだというなら、間違いなく絶世の美女に当たる女性だ。

 彼女も経営系のゲームならSSRの存在なんだろうね、恐らく。


 礼作法においては僕の教師でもあり、ある意味母親同然……先代から家に仕えてくれている、心から信頼できる数少ない一人。

 っていうか現状ヴァレットと彼女の二人だけだ。


 良いと思ったことはちゃんと褒め、悪しき部分はきっちり叱ってくれた。

 ……結婚するなら彼女のような女性が良いかな、やっぱり。

 年はまぁ当然に合わせるとして、だけど。



「どうした。茶なら既にヴァレットが淹れてくれたが」

「はい、旦那様。旦那様のご学友を名乗る冒険者……が、いらしておりまして」

「―――学友?」



 で、本当に本当に珍しい事なんだけど、完璧メイドのマリアが言葉を若干詰まらせたぞ。

 天地災害の前触れか?


 学友、という言葉。

 学園に通う中で、当然僕にはある程度の交友関係は出来たけど。

 同世代の中では自分が一早く……止むにやまれず領主となった現状で、いまだに連絡を取り合う仲の友人というのは、あまりに少なく。

 ってか音信不通になってるのも結構いるし。

 増して増してや、わざわざ僕の所に赴いてくる学友だって?


 ……商人のアレ?

 いや、今確かに彼女が言ったのは……、冒険者の。



「はい、アルベリヒと言えば分かる、と申しております」

「……成程。では、応接室に通してくれ。私もすぐに行く」

「―――……畏まりました」



 ……二回目だと?

 またもや返答までに間があったな。

 彼女程にもなると、本当に並大抵の事では動じない筈なのだけど。

 

 しかし、それでも見惚れる程の一礼と共に、無音のままに扉が閉まり。

 微かな足音が遠くなる。


 そんな中での、溜息……そして頬杖。



「―――アイツか。……アイツかぁ……。本当に何の用だ? まさか、金の無心に来たわけじゃないだろうな」

「アルベリヒ様、とは。これまた懐かしい名前ですなぁ」



 確かに、その名は僕の学友を名乗っていた男の名だ。

 アルベリヒ・ダインス。

 帝国西部の都市に居を構える領地をもたない貴族家……ダインス男爵家の三男坊であり、数少ない友人関係に強烈に刻まれたお調子者。

 学生時代は、よく彼ともう一人を加えた三人―――学園物の背景にいるようなモブトリオで行動してたけど……。

 卒業以来、とんと名を聞かなかったな。

 冒険者になってブイブイ言わせる……、みたいに言って姿を消したけど……。

 結局、何処で何をしていたやら。



「……。こればかりは会ってみるしかないか。取り敢えず、一緒に来てくれる? ヴァレット」

「えぇ、参りましょう」




   ◇




 歴史だけは長いうちの家だ。

 時が経つにつれて色々な担保として年代物を売却した中にも、まだ価値のある物品、調度品の幾つかは存在していて。

 その多くが置かれているのが、領主館の中でも通路と並んで金を掛けている応接室。

 所謂、見栄……対外用の空間だけど。


 そこに、確かに僕の知る男はいた。



「―――ぁ、っと……」



 ………。

 ……否、彼は僕の知っている彼ではなかった。


 胸を覆う粗末な革鎧に、何かを吊り下げるためにか存在する腰の革ベルト。

 それら装備を覆い隠すような汚れた外套。

 半生で幾度か目にしたような、冒険者が纏うような簡素な旅装に身を纏った長身痩躯の男は……。

 赤銅色の髪はボサボサで肩まで伸び、服の生地はボロボロで、血痕らしきシミが幾つも。

 引き裂かれて縫い合わせた痕跡もある。


 頬はややこけ、かつて愛嬌のあった黒眼の目元は年齢を重ねて大人びた以上にやつれて見える。

 ―――何より。

 男の利き腕である筈の左腕は……肘から先がなく、薄汚れ、黄ばんだ布で覆われていたのだ。


 しかし、今となっては痛むものでもないのか。

 結構なお金を掛けてあるふかふかソファーで茶を一杯空けていた男は部屋に入った僕の姿を認めると、ぎこちない動きで立ち上がり腰を折る。



「―――これは、ユスティーア伯爵。お目にかかれて光栄です」

「………。マリア。外してくれ。追加の茶も必要ない」

「畏まりました」


 

 男の言葉に返答をせず。

 僕は、この空間に存在する四人目、応接室の扉を開けてくれた唯一の女性へ声を掛け。


 一礼と共に出て行く彼女。

 その姿をゆっくり数十秒見送った後、ようやく男へ向き直る。


 どれだけ変わったとて、彼は……。

 これで、なんだ。



「アルベリヒ。随分と男前が上がったみたいだね」

「……は。―――ははッ、お前もな。入ってきた時の雰囲気が領主領主し過ぎて、別人かと思ったぜ。……けど、やっぱりお前かよ、レイク」



 そりゃあ、領民の前では領主領主しないと。



「っても美味いな、このお茶。アステールか?」

「そ、帝都で売ってる上等なやつ。淹れ方も最高だ。なんせマリアが淹れたんだから」

「……あーー、さっきのご婦人?」

「奇麗な女性だろ? 何度か話してた、僕の礼作法の先生だ。領主領主してないと後で怒られるかも」

「はっはっは! そらいい! 是非特等席で見せてくれや、伯爵さまが怒られる様ってのを」



 ………。

 傍で見守るのはヴァレットだけ。

 その彼だって、学生時代のアルベリヒとは幾度と面識のある慣れた存在で。

 この三人しかいないのであれば、一時だけでも僕は学生時代に立ち返り。


 暫し、過去に立ち返ったように話しにふけり。

 彼が僕のために用意されていた茶をも空けたあたりで、一度それが途切れる。



「………。で―――何も聞かねぇんだな」

「驚きはしてるさ」

「本当かよ。お前って奴は、いっつも俺たちのドッキリを鼻で笑いやがって」

「顔に出したら、貴族としての格も知れたものと見せつけるような物だ。いつだってそう言ってただろう?」



 無論、この上なくドキリとしたさ。

 学園時代、毎日のように行動を共にした学友が、ボロボロの風体で、しかも腕を欠損して現れたのだから。

 けど、僕は。

 小さい頃から、ポーカーフェイスはヴァレットから叩き込まれてね。



「―――冒険者に、なったのか、結局」

「……見ての通りさ。貧乏貴族の三男坊でまともな職にもつけなくて、あれよあれよと堕ちるところまで、ってな」

「じゃあ、敢えて聞くよ。お望みなんだろう。……ここへ来たのは?」

「……………」



 二つの意味で、ここに来て。

 ようやく、彼の表情に黒い感情が映る。

 それはもう、色々な負の感情がぐちゃぐちゃに交じり合った、複雑なモノが。


 暫く黙り込んでいた彼は。

 やがて、震えるような声でぽつりと話し始める。



「頼む……、頼むよ。後生だ、―――レイク。俺を雇ってくれないか!」

「……………」

「侍従でも、衛士でも、何でもやる! だから、頼む……!」

「やはり、か?」

「……ッ」

 


 想像通り、と言うべきか。

 彼は、領地も持たない、階級上では最下級である男爵家の生まれで、しかも三男。

 当然家督は継げず、学園時代に何らかのコネクションでも繋げれば良かったが、彼はそんな器用な男ではなく。


 ―――冒険者。

 僕も幼い時から本や歌物語で聞いた、世界を旅し人々を助ける強き者たちの職業。

 大陸ギルドに属する、魔物狩りの専門家であり何でも屋。

 無論、その殆どは「虚構」だ。

 

 ほんの一握りの上位冒険者と呼ばれる者たちは、只の例外。

 中位の者たちでも、到れる存在なんて言うのは全体で言ってごくごく僅かな……明日をもしれない世界。

 第一に、一般的な貴族は冒険者という職そのものを忌避している。


 冒険者というのは、結局の所……職を、食べる術を失い、行き場をも失った者達の掃き溜め―――何とか食い繋ぐために存在する、最後の手段、受け皿。

 夢物語に踊らされた子供が目指した場合、その末路は語るにも酷で。

 ヴァレットのように引退まで五体満足なら奇跡。

 憧れなどと軽々しく語れるようなものでは、断じてなく……憧れによって突き動かされてきただけの彼の末路は、むしろ当たり前の帰結とさえ言えた。


 ………。

 


「ね、アルベリヒ」



 なるべくしてなった末路。

 それは僕も、そして本人も理解している筈だ。


 ……それは互いに同じだ。



「キミは、昔から剣術が強かったよね」

「……、ぁ」

「実技で組み合わせられてもさ? 結局、一度も勝てなくて。仲間内ではいつだって一位だった。剣術だけなら、君は誰にも負けなかった。僕達の剣聖シディアンだった」


 

 いいとも。

 今現在で募集はかけてなかったけど、実は僕の生涯やりたいことリストの一つには、確かにそれがある。

 騎士団……即ち独自戦力の保有、だ。



「―――――仕官、良いとも。僕の元で働くか? 貧乏ゆえ、給料は応相談だけど。三食コーツ麦の粥くらいなら付けてあげても良い。あとは……グルシュカ食べる?」

「………! あぁ、あぁ! 全力で働かせてもらう!」

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