第13話:虐殺しすぎな転校生


 肩透かしな形で終わった裁判の翌日、転入してからの2日間は授業どころではなかった王女シオンが初めて授業に参加する日が訪れた。


 もっとも、それは九分九厘俺のせいだ。

 王女シオンが転入してきた日にはその付き人である赤い髪の女剣士クレアを半殺しにし、付き人なしでは基本的に城外への外出を禁じられている王女シオンは即刻帰宅する必要が生じた。

 そのあおりで逮捕された俺を弁護するため、王女シオンはその翌日、つまり昨日は王城にとどまり、裁判に参加する必要があった。


 それについて『責任取って』などと言う誤解を招きかねない言葉で押し切られた結果、俺は王女シオンの付き人として同じ授業を受ける羽目になっている。


 不本意だが、自業自得だ。受け入れるしかない。


 …いや、理不尽な言いがかりをつけながら俺に斬りかかってくる赤い髪の女剣士クレアのような奴を付き人にしていたのは王女シオンの人選ミスであるし、俺が逮捕される原因となった赤い髪の女剣士クレアへの暴行も王女シオンの指示だ。


 俺のせいというより王女の自業自得であり、今の俺の状況はとばっちりなのではないだろうか。


 などということに気づいても、時すでに遅し。


 今の俺が王女シオンの付き人として、迷宮探索実習で護衛をやり遂げなければならない立場に置かれている現実はもはやどうしようもない。


 ついでに言えば、ちょうど今、王女シオンがオークに剣を弾き飛ばされ、絶体絶命のピンチだということも。


「王女! 下に回避!」


 俺は怒鳴りながら、即座にしゃがむ王女シオンを飛び越えて飛び蹴りをぶちかます。

 『必殺の誓い』の威力をもってすれば、助走なしの飛び蹴りでオークを粉砕する程度は朝飯前だ。

 逆に、攻撃力がありすぎて訓練にならないので、戦闘はまず王女が単独でやれるだけ頑張り、駄目だと判断したら俺が介入する、という、連携もくそもないやり方に落ち着いている。


「クロウ、また王女って呼んだ」


 降りしきるオークの血の雨の中、剣を拾い上げた王女シオンは不満そうに口を尖らせた。

 なぜかこの王女様は、付き人になるからには名前で呼べ、敬語は使うなとしつこく言ってきているのだ。

 どうやら、敬意と忠誠心が異常なほど高く、それゆえに問題が多すぎた赤い髪の女剣士クレアの逆をやらせることで再発防止に努めているようだが、何事にも限度はある。


「へいへい。それより、今ので討伐は目標数、採取は戦闘の間に俺が済ませてるし、もう帰っても及第点だけど、どうする?」


 こんな口を王家の人間相手にきいていると知れたら、今度こそ死刑を言い渡されそうだ。

 その時は正当防衛の名のもとに王都を更地にするつもりだが、それはそれ。


 波風は立たないに越したことはない。


「制限時間は?」


 王女シオンの問いに、俺は学園から貸与されている時計に目を落とす。


「あと4時間。時間での加点も期待できそうだ」


 俺の返答に、王女シオンはぐっ、とこぶしを握った。


「4時間あったらデートできる」


 俺は頭を抱えてしゃがみ込みたくなった。

 本気にせよからかっているだけにせよ、真に受けるわけにはいかない。

 そういう悪質な冗談を何度も繰り返されては、こちらもさすがに思うところはある。

 もし、本気だったとすればなおのことだ。


「しません」


 家族を殺さなかったことを後悔するような外道の俺に、誰かを大切にして家族を作る、などという営みができるとは思えない。

 王女シオンにはぜひとも自分をもっと大切にして、お互いを尊重できる恋人を見つけていただきたいものだ。

 愛を理不尽な暴力を正当化するための欺瞞と信じて疑わない俺ではなく、俺の知らない何か素晴らしいものだと思っている誰かを。


「振られた」


 相変わらず読めない表情でそれだけを言い、王女シオンは迷宮の奥に向かって歩き出した。


 どうやら、まだまだ探索を続ける気らしい。

 その直後、俺はまた危険を感じ取った。


「左に回避!」


 王女シオンが気づいていないらしい物陰から飛び出してきた狼のような魔物に空中からかかと落としを叩き込みながら叫ぶ俺。

 とっさに横転する王女シオン。


 こういう瞬間だけを切り取れば、俺と王女シオンは完全に息ぴったりな良コンビなのだが。


「魔物、多くない?」


 こてん、と首をかしげて訊ねてくる王女シオン。

 だが、俺はその問いに対する答えを持っていない。


「さあ。俺も実習はじめてだし、こんなもんなのかも。討伐数は自動で記録されてるから、あとで先生が見たらわかると思う」


 何しろ転校初日に空間破砕事故を起こし、二日前まで空間修復魔術の習得に全てを捧げた挙句二日前に暴行事件を起こして逮捕されているのだ。

 俺も王女シオンもまともに授業を受けるのは事実状況が初めてと言っていい


「わかった」


 王女シオンはそれだけを答え、振り向きざまに背後から不意打ちを試みていたゴブリンの首を刎ねた。


 こんなに殺意マシマシな魔物の群れが絶え間なく襲ってくるようでは、実習中に命を落とす学生もいるに違いない。

 さすがは英雄候補生学園、英雄になる資格がない弱者には全く優しくないようだ。


 …と、思っていたのだが。



「えーと、クロウ・アレスターとシオン王女殿下のペア…帰還時間、評定A、採取数、評定A、討伐数…え、なにこれ」


 帰還した俺と王女シオンは、実習監督をしていたオーガの剣術教師オニマル先生がドン引きする数の魔物を叩き殺していたらしい。


「多いんですか?」


 俺が訊ねると、オニマル先生は多いなんてもんじゃない、と深くため息をついた。


「A評定を取れるラインの100倍殺してるな。運悪くモンスターハウスに何度も遭遇したとか?」


 本当に多いなんてレベルをはるかに超越していた。

 なんだよ最高評価の100倍って…。


「いえ、普通に通路とかでひっきりなしに襲われて…」


 しかも、オニマル先生が言うような不運に恵まれたわけではないのだ。

 討伐数を稼ぐのに最適な魔物の無限湧きポイントに遭遇したなどということもない。

 ただ、ずっと魔物に襲われながら進んでいただけ。


「えぇぇ…」


 オニマル先生はもはや言葉も出ない様子だった。


「もしかしたら、クロウの『必殺の誓い』を警戒して、気が立っていたのかもな」


 やがてオニマル先生が絞り出した仮説は、かなり説得力があるものだった。

 どんな動物も、危険が近づけば警戒心から気性が荒くなるものだ。


 それが俺だというのは、なんとも面倒な話だが。

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