第12話:裁判沙汰な転校生

 王女様が転入してきた日の夜、俺は学生寮ではなく、王城の地下牢で一晩を過ごした。


 容疑は貴族への暴行。

 王女様の許可があったとはいえ、俺は赤い髪の、おそらく近衛と思われる剣士を半殺しにしている。

 近衛でなくとも、王女の付き人という時点でまず間違いなく貴族だし、俺もその確信を持って意図的に叩きのめしている。

 被疑事実にも犯行の意思にも間違いがない以上、俺は裁きを受けなければならないのだ。


 もちろん、周辺事情を一切考慮せず問答無用で死刑!とか言ってくるようなら、じゃあこちらも問答無用♡と実に軽いノリで『必殺の誓い』が火を噴くことになる。

 この国の貴族全ての首が空に舞い、更地になった王都に『世界の裏側の色』がひしめく光景はちょっと見てみたいが、それはそれ。


 俺は理由もなく気分で破壊活動を楽しむような見境なしではないので、ぜひとも裁判では言いがかりで死刑を言い渡してほしいところだ。


 そうすれば俺は嬉々として王都を更地にするだろう。


「おはよう、起きて。裁判の時間」


 やがて俺を迎えに来たのは、意外にも王女本人。

 俺が王女を人質にとって逃げる可能性を危惧するとかそういう想像力が貴族には欠如しているのだろうか。


「王女様御自らとは恐れ入ります」


 俺がそう言うと、王女はふんす、と胸を張った。


「キミの弁護は私がする。牢に犯人を迎えに行くのは弁護人の役目」


 そういうしきたりらしい。

 被疑者を庇うのだから、牢の前で二人きりになっても無事でいられる自信を持って臨め、という覚悟を問う意味で、合理的と言えばそうかも知れない。

 逆に言えば、自分のためにその覚悟をしてくれる人がいなければ、どんなに望んでも弁護人がつかない被疑者が存在するということになるわけだが。


 まあそこは、ファンタジー世界に被疑者にまで適用される先進的な人権の概念を求めるのはさすがに無理があると納得しておく他ない。


 それよりも、昨日少し話しただけの俺をそうまでして王女が弁護するということのほうを俺は気にするべきだろう。

 何か裏があると見ておくのが妥当だ。


「そうまでする利用価値が俺にあるんですか?」


 開けられた牢の戸をくぐりながら、どうにも表情が読めない王女に訊ねてみる。


「あるかもしれないし、ないかもしれない。それは重要じゃない」


 王女は首を振りながら、訳の分からないことを言い出した。


「と、おっしゃいますと?」


 分からないことは聞くしかない。

 俺が訊ねると、王女はわずかに表情を変えた。

 だが、その変化が小さすぎてどういう変化なのかが読み取れない。


「一目惚れ、と言ったら、笑う?」


 やがて帰ってきた言葉に、俺は肩をすくめることしかできなかった。


「ご冗談を」


 王女はまたわずかに表情を変えた。

 戻しただけかもしれない。


「振られた」


 …からかっているのか本気なのか、全く分からないな、この王女様は。



 王女様に連れられて謁見の間に引っ立てられた俺は、周囲を近衛兵に囲まれた状態のまま、玉座に座る国王陛下を見上げた。


「お前がクロウ・アレスターか。近衛騎士クレアよ、お前に重傷を負わせたのはかの者に相違ないか?」


 国王陛下は俺を一瞥すると、原告用の席らしい場所に座っている赤い髪の女剣士に目を向けた。


「はい。間違いありません」


 赤い剣士の首肯を受け、国王陛下は俺にもう一度目を向けた。


「では、クロウ・アレスターよ。申し開きはあるか?」


 それに答えたのは、俺の隣にいた王女。


「私が」


「聞こう」


 国王陛下の許可を得て、王女は端的に答えた。


「クロウは臣民として私の命令に従っただけ」


 なるほど嘘ではない。重傷を負わせろという命令ではないが、懲らしめろとは確かに言われたし、俺はあの剣士を叩きのめしたあと、このくらいでいいかと王女に確認している。


「何故、クレアを負傷させるよう命じたのだ?」


「クレアがあまりにも理不尽なことをしたから」


 問いと答えは非常に端的。

 それは裁判というより、親子の普段の会話のようにスムーズなやり取りだった。


「それはどのようなことだ?」


「クレアがクロウに斬りかかった理由は、私が薬草をクロウに食べさせたから」


 国王陛下は王女の答えに首を傾げた。

 俺も、その言葉だけでは理解できなかっただろう。

 赤い髪の女剣士が言う、下郎の分際で王家の薬草を云々、という言葉がなければ、なぜ王女に薬草を食わされただけで斬りかかられなければならないのかなど、今でもわからなかったに違いない。


「意味が分からんな。どういうことだ?」


 当然と言えば当然の問い。

 首をかしげる国王に、王女は頬を膨らませて応じた。


「クレアはそんなのばっかり。だからクロウに懲らしめてと命令した」


 ここで、国王は少し考え込み、原告である赤い髪の女剣士に目を向けた。


「ふむ、クレアよ、シオンの言葉に偽りはあったか?」


 どうやら王女の名前はシオンというらしいが、まあ、それはさておき。

 赤い髪の女剣士は、苦虫を噛み潰したような顔で、しかし首肯を返した。


「…ございません」


 どうやら、不利になると分かっていても、自分が仕えるシオン王女が嘘をついている、などという不敬極まる嘘はつけなかったらしい。


「では、なぜシオンがかの者に薬草を与えたことが、剣を抜く理由になるのだ?」


 少しだけ顔をほころばせて訊ねる国王に、赤い髪の女剣士は胸を張って答えた。


「下郎の分際で王家の薬草を口にするなど、それだけで万死に値します」


 衒いも何もないその様子は、本気で平民を下に見ているということがよくわかる。


 そして、その言葉を聞いて、国王は納得したように何度もうなずいた。


「よくわかった。沙汰を言い渡す」


 …裁判、短くね? 被告人の俺何一つ喋ってないよ?


 そんな俺の内心を置き去りに、国王は判決を読み上げた。


「クロウ・アレスターを無罪放免とする。近衛騎士クレアは今をもって一族すべての爵位を剥奪、近衛騎士の任を解く」


 ざわつく傍聴人の貴族を見渡し、国王陛下は呆れたように言葉を続けた。


「この国を建国した伝説の英雄ヴァンガードも元は平民だ。このような差別意識が我が国にはびこっていることに、余は強い危機感を覚えておる」


 どうやら国王はすごくまともな人だったらしい。


「…残念だが、王都を更地にするのは諦めるとしよう」


 俺はため息をついた。


「勝訴。ぴーすぴーす」


 シオン王女は無表情な割に物凄くひょうきんな人らしい。

 これからの学園生活が悪い意味で楽しみだ…。

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