第22話 戦争の名は

 荒野をトレーラーの群が砂塵かき分け走る。

 コンテナを牽引している車両もあり、内部には争奪戦にて負傷した者たちが収納されていた。

『今んところ、静かだね~』

 ダブルは内部カメラの映像をのぞき見ながら、他人事のように呟いた。

 静かにしているが、どの表情も安堵より不満と怒りが多い。

 顔認証によれば不満八割、怒り一割、残る一割は諸々だ。

『やっぱり、保険かけといて正解だったわ。うん、ボクすごい、ボク偉い!』

 自画自賛するダブルは、記憶領域にある出来事を再確認する。


 恐怖と不安に押しつぶされた負傷者がホムラに向けて発砲した。

「ホムラさん!」

 ミカがホムラを守らんと身を盾とする。

 凶弾は既に放たれ、このままでは胸部を鮮血の花を咲かす。

 命守る者が、命助けた者に命を奪われる。

 珍しいことではない。

 レベル四患者を切除たる形で殺害してきたからこそ、命を奪われる。

「あ、あれ……?」

 だが、花は咲かなかった。

 ミカの前には鋼鉄の五指が広がり、壁となって放たれた凶弾を防いでいる。

「勝手に、いえ、まさか自動で動くようにプログラムされていたの?」

 誰が、と愕然と言葉をミカは、震える唇から漏らす。

 機械鎧は事故防止として、未搭乗では稼働しない仕様だ。

 腕間接一つ、指先一つ動かない。

 だが、現状は違う。

 鋼鉄の五指を引っ込めれば、右腕部より、一対の金属部位を展開させていた。

 バチバチと走るプラズマにミカは絶句する。

「みんな、伏せて!」

 ミカが叫ぶよりも、プラズマが負傷者たちに向けて迸るのが先であった。

 放射線状に広がるプラズマは、否定の声さえ飲み込み沈めてしまう。

 ついでに、プラズマの一端がホムラをかすめ、全身を一瞬だけ痙攣させた。

「ホムラさん!」

「だ、大丈夫!」

 ホムラは顔を苦痛でしかめていようと、受け答えするだけの意識を維持している。

「暴徒鎮圧用のスタンボルトまで作動するなんて」

 血の気過多な負傷者は、ホムラと違って、まともに受けたため、意識を昏倒させている。

 黙らないならば、黙らせるのは定石。

 実際、異常なまでに興奮した患者に鎮痛剤を投与するのは珍しいことではない。

 珍しくはないが、負傷者に向けて使用する装備でもない。

 ミカは血相を変えてタブレットをタッチする。

 装着されたVギアを介して昏倒した者全員のバイタルをチェックした。

 両目見開き、チェックを重ねるが、昏倒以外、問題ないことに胸をなで下ろす。

「こんな芸当ができるのは、ダブル、お前の仕業か!」

 ホムラが勘づこうと、当人(?)は既にトレーラーの中だ。

 次いで、ミカは目があった。

 双方とも九死に一生を得たとはいえ、想定外の事態に、その瞳は困惑に染まっている。

 ただただ誤魔化すように、揃って愛想笑いを浮かべている。

 それが強がりなる虚勢に見えて仕方がなかった。


 時は戻り、トレーラーの一室。

 記録再生を終えたダブルは、人間くさく嘆息した。

 鼻(?)らしき部位からは、吐息なる廃熱を漏らす。

『まったく感謝感激どころか、お叱りなんてひどいもんだよ』

 ちらり、とダブルはベッドにツインアイを向ける。

 人間サイズに盛り上がったシーツの中には当然のこと、ホムラがいる。

 助けた人間に銃口を向けられ発砲された。

 結果としてダブルの保険が利いたとはいえ、ままならぬ現実を目の当たりにすれば、誰であろうと寝込むものだ。

 一歩間違えば、助けた人間に殺されていた。

 それもホムラではなく、ミカが。

 自責の念に苛まれ、以後、悔恨で過ごすのは明白だ。

『ヒーロー、ミーロー問わず変身せねば、ただの人か』

「聞こえているよ」

 シーツの中より、か細くともはっきりとした返答があった。

『なんだよ、起きてたのか、元気~?』

 脳天気な言葉をダブルがかけるのは、一応の心配しているからだ。

 シーツから声は出ようと、顔は出ない。

 合わせる顔がないのか、恥ずかしがり屋だなと相棒の知らぬ一面にダブルは、内心ほっこりである。

 心配はしている。

 出会いから今に至るまでの期間は短いが、それなりにホムラの人となりは理解しているつもりだ。

『まあ、<ヒギエア>の誰もが、経験していることなんだし、寝てるのは棺桶じゃなくてベットだから一皮むけたと思えば気が楽になるもんよ? 脱童貞したとかさ? あ、童貞だったらごめんね? モテなさそうな顔しているけど、世の中、顔じゃないよ?』

 次いでの平謝り。

 一応、謝ることができるのは偉いだろうと、相手を重んじていないのだから、質も悪い。

 なにより質が悪いのは、ダブル当人(?)は、善意で慰めている点である。

 この手の場合、そっと見守るのが最善なのだが、ズケズケズカズカと言っている時点で、独善であり無自覚な悪意であった。

「失礼な! チョコレートぐらい毎年貰っている!」

 シーツの中より抗議の声。

 ダブルは思わぬ反応に驚き、ツインアイを丸くする。

『ちょこれーとってなんだ?』

 データベース検索、該当項目なし。


 ホムラはベットから起き上がる。

「惑星ガデンにはチョコレートはないのか」

 ふて寝しているのが、馬鹿らしくなった。

『んで、ちょこれーとってなに?』

「甘いお菓子、以上」

 現物実物がない以上、ホムラは短絡的にしか答えられない。

 溶けやすい、硬い、虫歯注意、甘いと説明すれば、原料のカカオから説明しなければならぬと手間の手間がかかる。

 コーヒーや紅茶はあるのに、チョコレートはないと、ホムラはつくづく、文明の違いを痛感する。

『ねえねえ、ちょこれーってなに?』

 しつこく聞いてくるダブル。ホムラは顔を背けたまま、無言で左右の五指をワシワシ動かした。

 効果はバツグンのようで、お喋り謎構造物を黙らせることに成功する。

 ただ目は口ほどに物を言うとおり、ツインアイ(?)から不満の光を宿している。

 業を煮やしてビームくらい出してしまいそうだ。

「えっと、これで、いいのか?」

 ダブルを放置して、ホムラはベッドの壁際に設置されているコンソールを操作する。

 タッチパネル式のようだが、タッチパネルなど銀行のATMでしか操作したことがない。

 触れるだけで押せるのは便利だが、押した感覚がなく、触れた位置が少しでもズレれれば別のが作動する。

 ただ各車両へ迅速に通信できるようショートカットが用意されているのは助かった。

『はい、こちら一号車、どうしましたか?』

 一号車両の通信スタッフと繋がったことに、ホムラはひとまず安心。

 次いで顔を引き締めてから深呼吸、ミカを呼ぶよう頼んだ。

『どうしましたか、ホムラさん?』

 音声通信のみだが、ミカの声音には疲れが隠れていなかった。

 当人からすれば代表の立場として、隠しているつもりのようだが、先の件が尾を引いているのは間違いなかった。

「少し、思い出したことがあるんです」

 きっかけは些細なこと。

 異常興奮した患者たちを鎮めるために使用されたスタンショックの余波を受けた時のこと。

 電流が走り抜けた衝撃により、呼び覚まされた記憶であった。

『ミカさんだけでなく<ヒギエア>スタッフ全員に話しておきたいんです。四〇〇年前、地球で何があったのか、機械遺構の正体、その暴走の原因、今の僕が知る全てを』

 ホムラは語り出した。

 四〇〇年前、地球圏で起こった<キ人戦エキ>について。

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