第48話 家族とは

「なるほど、なんとなくだけど見えてきたぞ」

「ホムラさん?」

「なんで身体をとっかえひっかえしているのか」

 疑問だった。

 人間の定義と何か。

 何を持って人間と定義するのか。

 人の皮をまとえば人間か。

 法的に人権を会得すれば人間か。

 哲学的に人間と唱えれば人間か。

「ダブル、あえて聞くけど、ご先祖様はどんな手段で四〇〇年もの間、生きてきたんだ?」

『身体の機械に置き換えたこと? あんまりオススメできないよ?』

 データが網膜に投影される。

 特殊撮影ドラマの設定のように外科手術で機械に肉体を置き換えるのではない。

 自己修復ナノマシンが内蔵された特殊な機械服を装備。

 次いで加齢による記憶劣化と健忘症防止のため、記憶のプログラムデータ化処理。

 仮に肉体の細胞が損傷や劣化しようと、ナノマシンにより自己修復され、記憶もデータ化されているため、己が消えることはない。

 死なない身体というより、死ねない身体であった。

『致命傷を受けようと素粒子レベルで即座に完全修復させるから、当時の技術はハンパない。並の人間なら、発狂して自我崩壊しているレベルだよ』

 意識が永遠に続けば拷問である。

 四〇〇年、四〇〇年もの間、ただひとつのAIと相対するために自らを機械化した。

 凄まじい執念と精神力だ。

「どうして、そんなことを? 家族だっていたのに」

 ちらり、とミカの視線がホムラを捉える。

『地球という家族を守るために自ら志願したんだ』

「地球にいるじゃなく、地球という家族か」

 ああ、ご先祖は歴史に記されたとおりの人物であった。

 家族愛に溢れ、誰よりも家族を愛していた。

 愛がなければなせない。文字通りに。

 その愛があったからこそ、ホムラは今、遠く離れた惑星ガデンにいる。

「だから地球に行きたい、いや帰りたいのか」

 リリの瞼が片方だけ瞬くのをホムラは見逃さなかった。

『正解。QCのハードウェアは機械部品だけど、演算処理の脳髄はナマモノだからね。基幹システムが元から違うのさ。トオミネ博士のように自己修復ナノマシン使っても劣化は避けられない。なら劣化した脳髄をメモリのように交換すれば、って話になるけど』

 交換すればいい。

 効率性を求めるAI故の問題だった。

『博士によると地球人とガデン人ってさ、端と見て同じ人類だけど、びみょ~にDNAが似て非なるんだって。もう0が一億ぐらい飛んでコンマ一%の違いでさ、セックスはできるけど、繁殖はできないみたいなの』

「種族として子孫は残せないと?」

『皮肉なことにさ、こいつ、地球人の脳髄使って誕生したせいか、ガデン人の脳髄使うと接続エラー起こすみたいなのよ』

 機械的理由か、生物学的理由か、あるいは両方かとダブルは語る。

「材料の脳髄は、外界に捨てられた子を使えば事足りるか」

 おぞましさが出る。

 だが人的感情を機械は抱かない。

 単に外に捨ててあった部品を拾って再利用した程度の認識のはずだ。

「でも目の前のリリは……」

『本体コアと人間を直に繋いでるから、現状、リリの脳髄一つで演算処理を代用している状態だよ。元々頭良い人みたいだからね、二〇の脳髄以上の働きをしているみたいだし、でも』

「相性のせいで時間がないと」

 ふたつの意味で。

 ひとつは惑星ガデンの残された時間。

 もうひとつはQCそのものの連続稼働時間。

『んで、地球に戻り次第、今度はガデンから持ち帰った七晶石ゲミンニュウムを使って、愛の実験を開始するつもりみたい』


「そんなこと、僕たちがさせると思った?」

 心は怒りに猛り狂おうと、ホムラの頭は驚くべきほど冷静だった。

 いや怒りすぎて冷静になりすぎている、が正解だろう。

「いいえ、下準備は既に終えているわ。人形ごときが抗うのは無駄なこと。後は細かな位置座標の調整だけ。アステロイドベルトに突撃して失敗するのは避けたいもの。ワームホールを応用したワープ航法を使えば、地球まで三〇分もかか、ぐふっ!」

 リリの発言は背後から飛び出した金色の影に遮られた。

 背面から胸部を貫くのは見覚えある獅子の爪。

 虚ろな目をしたラオが、右手の爪でリリの胸を背後の浮遊装置ごと貫いていた。

「ば、バカな、Aギアは破壊した。鉱石生物としての機能も強制停止させている! な、何故、動ける! 何故、動く!」

 爪が引き抜かれたリリは仰向けに倒れ込む。

 浮遊装置の機能が同時に消失、床に落下する。

「か、かえ、せ、かぞ、く、かえ、せえええええええええ!」

 幽鬼のように譫言を発しながらラオは像に爪を立てる。

 特に猛禽と鮫の頭部がある部位に爪をしきりに立てている。

 破壊している、いや助け出そうというする光景に見えた。

「や、や、やめて、下手にギアを破壊すれば!」

 倒れ伏すリリが呻く。

 ダブルが異常事態を感知して叫んだ。

『像からとてつもないエネルギー臨界反応を確認! これヤベーよ、このままだと大爆発するよ! 移動都市一つ消し飛ぶレベルだよ!』

 ならば長居する理由などない。

 だが脱出しようにも、そもそもこの施設の出入り口がどこかわからない。

(こっちへ)

 声が、した。

 優しい声がホムラをとある方向に振り向かせた。

「こっちだ!」

 ミカを有無をいわさず抱き抱える。

 駆け出したホムラは別なる扉を蹴破った。

 巨大なリング型オブジェクトが設置されている。

 オブジェクトは誰一人操作していないにも関わらず、空洞部に荒野を映し出す。

「飛び込むぞ!」

「きゃっ!」

『突撃、ヒャッハー!』

 オブジェクトの正体がわからない。

 ただ踏み込むのに躊躇する時間はない。

 後方ではラオがまだ像に爪を立ている。

 そして救い出した家族二人の頭部を抱きしめ、流れぬはずの涙を流している。

「おれ、たち、ずっと、いっしょ、かぞ、く」

 ホムラたちがオブジェクトに飛び込んだのと、像から溢れんばかりの光が放たれたのは同時だった。

 怪物となり、人間の意思宿す機器を破壊されたラオが何故、涙を流したのか、光に消えたことで最後までわからないままであった。

『やむを得ん、廃棄したを使うしか』

 光がリリを完全に包み込む寸前であった。

 電源が切れるようにしてリリは動かなくなった。


 爆発は地表を揺るがすどころか、荒野に大穴を刻んでいる。

『うっひょ~でけえ穴が開いてら!』

 大穴から龍の如く立ち上る黒煙にダブルは驚嘆する。

 今、ホムラたちは大穴近くにある岩場の上にいた。

「た、助かった」

 飛び込んだのがよもや転送装置だった。

 リリ、いやQCが実験の一環で制作したものか、それとも四〇〇年前の地球産転送装置だったのか今ではわからない。。

 もし飛び込んでいなければ、ホムラたちは生きていなかった。

「しっかし、ここどこだ?」

 見渡す限りの荒野。

 土地勘のないホムラには進むべき方角が見あたらない。

 星を頼りに方角を確かめたいが、空高くには太陽が燦々と煌めいている。

「困ったわね。端末があればヒギエアのみんなと連絡が取れるのだけど」

 生身のミカにVギアがあろうと外界の過酷な環境は死に直結する。

 あれほどの大爆発だ。

 原因を調査せんと各移動都市から調査隊が派遣される可能性が高かろうと、たどり着く頃にはミカの身体がもたない。

『むむ、ピコーン! 接近する信号を確認! 識別コード照合、照合しているよ!』

 見れば砂埃を巻き上げながら大穴に接近するトレイラーの一団がある。

 まだ距離があるため所属は不明だが、敵でないことを祈りたい。

『照合確認! ヒギエアだ! あのトレイラー、ヒギエアのキャラバンだよ!』

 地獄に仏とはまさにこのこと。

 ホムラは組織の迅速な行動に感謝する。

 ただこの惑星ガデンに仏という概念があるかは言わずもがな。

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