第36話 この人が、リリよ

 医療用ベッドの上でホムラは死んだように眠っていた。

 析出せきしゅつした結晶体にて穴だらけとなった衣服は、薄っぺらい検査着へと着替えられていた。

 症状はパーティクルレベル四を超えた未知の危険域。

 かといってイルクス化せず、如何なる原理か、人としての姿を維持している。

 医療に携わる者として、不明慮な点が多すぎる故に、経過観察しか手がなかった。

 変化が現れたのは、移動都市を発って六時間が経過した時だ。

 身体より析出していた無数の結晶体は、時間経過と共に縮小する形で消え失せていた。

『ぺっ! ぺっ! かぁ~ぺっぺっぺっ!』

 痰でも吐き出すような音がバックルからする。

 正確には、はまったままのダブルからだ。

 一度ではない。

 二度三度、いや六度と立て続けに起こる。

 口らしき部位より確かにモノが吐き出され、床の上を転がり落ちた。

「こ、これは、七晶石ゲミンニュウム?」

 ミカは用心して手袋をした手で拾い上げる。

 七色に輝くエネルギー鉱石。

 虹死病イリーテムの原因。

 見慣れた七色の輝きのはずが、どこか違和感を覚えていた。

「この石を検査機に。なにか分かるかもしれないわ」

 スタッフの一人に排出された六つの石を渡す。

「彼、目覚めませんね」

「現時点でレベル四からレベル0への推移を確認したわ。血液中の微粒子濃度も0。体内体外共に結晶体なし。至って健康体であり深い睡眠状態にいるわ。六時間前までレベル四を越えた危険な状態だったなんて、とても信じられない」

 機器が計測不能を引き起こす症状レベル。

 レベル四を越える未知なる状態に警戒はしたが、時間経過で鎮まっていく。

 いや怪物に変身する時点で、おかしいのだが、人としての姿を保ち続けている時点で謎が増す。

 一時は<バンデント>の仲間と警戒したが。

『ふあ~疲れた~』

 ダブルが背伸びするような声でJギアから剥離する。

 そのまま風船のように浮かび上がっては、近くの机の上に降り立った。

「ダブル、あなた、大丈夫なの?」

『おう、なんとかな、というか気づけば終わってたし、ボクだってなにが起こったのか、ログ見てようやく判明したんだぞ』

 ダブルはない肩をすくめるように返せば、ツインアイを明滅させる。

 机の端末が接続許可を問う信号を出しており、ミカはパネル操作で許可を入れる。

 瞬間、膨大なデータが端末に流れ込んだ。

『確かなのはEシステムってのがレベル四のイルクスから人間を剥離させる効果があること。ただ使うには膨大なエネルギーが必要で、Jギア内蔵の石じゃ力不足。パーティクルドレインを使用して補填。そっちのログ見たけど、なんか都市中の患者がレベル0になって大騒ぎだってな。恐らくだけど患者の中にある七晶石ゲミンニュウムを微粒子に変換して吸収したからだろうな』

「ええ、それどころか、<ヒギエア>スタッフ患者問わず全員がレベル0になっているわ」

 医療に携わる者としてレベル0は嬉しいが、現状、振り出しゼロに戻っただけ。

 原因である鉱石が存在する限り、再発症する可能性は高い。

「そのEシステムかしら、詳細なるデータがないのだけど?」

『いや、ブラックボックスでボクでもわからんのよ』

 困ったような顔をするダブル。

 自分の顔や内蔵は見れらないように、医者は自分自身を診察できない。

 正体不明、用途不明の謎の浮遊構造体ダブル。

 喋る浮かぶ機能以外に、虚像の投影や患者のレベルスキャンなど、隠された機能が判明しているが全容とは言い難い。

『ただ使用はできるけど鍵が必要なんだよ』

「鍵? パスワードかしら?」

『いんや、無機物なボクがいうのもなんだけどさ、こうさ、ん~誰かを救いたい感情かな。それが一定値以上、高まらないとEシステムは作動されないみたいなんだ』

「強い想いが解放の鍵……」

 非科学的だが、実際、強い感情が病を治した例は多い。

 笑いは心のビタミンだと誰かが言った。

 気落ちした時こそ、笑いたる外的刺激にて再動したなどよくあることだ。

『当然のこと、周囲にある七晶石ゲミンニュウムのエネルギーをまとめて体内に取り込むもんだから、Eシステムを使用した後は反動、つまりは肉体が結晶に蝕まれる代償ができちまう』

「でも、今はきれいさっぱり痕跡すらないわ」

『どうやらさ、Jギアの中にはちょーすごい浄化システムがあるみたいでさ、まず身体に生えた結晶を素粒子レベルに分解する。体内に溜まったままだから、ボクを介して再結晶化の形で外部に排出させるみたいなんだ』

「仕組みがキレート剤に近いわね」

『というわけで今判明しているのはそこまでだな。ボクがいうのもなんだけど、あれこれやってれば、あれこれ解禁されて、あれこれ分かるんじゃないの?』

「そう、ね」

 ミカの唇は重い。

 即座に解明できるとは思っていない。

 医療技術とは世代を跨いだ試行錯誤の積み重ね。

 患者救済は優先だが、救済による重荷をホムラ一人に背負わせすぎていると悔恨が走る。

 加えて、救済を求めて人々が押し寄せようならば医療は逼迫、最悪崩壊する。

 メカニズムも分からぬ治療法の運用は、医療従事者として看過できない。

 できずとも現状、彼に頼らねばならぬ苦肉の現実がある。

『問題は喋るレベル四の<バンデント>だな。あいつら、ホント、なんなの?』

「確かなのは、各都市に現れて患者を意図的に増やしていること。常に三人組で動いていること。通常のレベル四のイルクス以上の力を持っていること、腹部にVギアと違うギアを装着していること、くらいしか判明していないわ」

『ちょっと話したけど、愉悦犯だわ。楽しんでる悪ガキ感強いし、力得たから、いじめられた腹いせをしているみたいだったよ』

 ミカは唇を強く閉じて黙る。

 患者の差別・迫害が現実多い。

 レベル四に至らなければ、接触感染は起こらずとも症状を理由に迫害するケースは後を絶たない。

 世代を跨いで発症する故、子供の虐待や放逐が多いのもまた。

 先の移動都市ですら子供が患者であるのを理由に、店舗に対して近隣住民が執拗な嫌がらせを行っていた。

 子供ですら学校でいじめをうけている始末。

 一度植え付けられた思いこみの概念は容易く消しされず、患者を理由に迫害や差別が続く可能性は高い。

 残念だが、現状<ヒギエア>として干渉は出来ない。

 都市内の問題だからだ。

<ヒギエア>が世界の延命と治療を標榜にしようと、世界に住まう人々の概念意識まで治療できぬ現実問題があった。

『んで、部屋が揺れてるけどさ、移動中?』

「え、ええ、事態が事態だから、このまま<ヒギエア>本部じゃなく、本社の<パイエオン>に向かうことになったの」

 レベル四からレベル0に至らせる奇跡を起こせば、各移動都市側には悪いが戻らねばならない。

 親会社である<パイエオン>としては、解明することで治療法を確立させたい思惑があるのは必然。

 ミカ当人としても本社の設備ならば、詳細なる調査が行えると踏んでいた。

『えっと<パイエオン>、へ~製薬会社か』

 ツインアイを明滅させるダブル。

 どうやらデータベースに接続することで情報を会得しているようだ。

「ん~ミカにそっくりな人いるけど、誰だ? ん~どっかで見たことあるけどな~? あ~ブラックボックスだらけだからわからん!」

 企業紹介サイトに掲載されている一枚の写真。

 ダブルは、その写真を端末のモニターに転写する。

 髪色が金であるのを除けば、顔立ちや鼻の形などミカとよく似ていた。

「この人が、リリよ」

 重い口調でミカは語り出した。

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