第35話 奇跡の代価

 その頃、ホムラ(とダブル)は……。

「はぁはぁはぁ、ぐううううっ……があああああっ!」

 路地裏にて呻く人影あり。

 人影の正体は無論、ホムラだ。

 壁に背中を預け、苦悶の表情でもだえていた。

 衣服を突き破る形で結晶が全身を侵食している。  

 侵食は止まるどころか加速し、激痛となってホムラの意識を削っていく。

『フィルター稼働率九八%。完全除去まで推定六時間』

 ダブルは無機質な音声で報告している。

 そこにおしゃべりな面影はない。

 ホムラの意識を引き裂き、別物に塗り替えんとする苦しみと痛み。

 立つのも、呼吸するのもやっとだった。

「これが、力の代償!」

 EシステムのEがなにを意味するか分からない。

 確かなのは、レベル四を怪物から剥離し患者を救う機能なのは言える。

 奇跡の代償か、無数の結晶体が析出し服を突き破る形でホムラを浸食していた。

「ホムラさん!」

 倒れかかったホムラを抱き留める優しくも芯ある声。

 霞んだ視界が捉えたのはミカの顔だった。

「やあ、ミカさん、よく場所が、分かり、ましたね」

「端末の位置情報です。現場から突然消えた報告に心配したんですよ!」

「あははは、カッコよく、決めたんもん、だから、こんな姿、見せられなくてさ」

 強がるホムラに、ミカは声を膨らませる。

「意地を張らないで! すぐ搬送しますから、もう少しがんばってください!」

「うん、後は、任せ、た」

 安堵がホムラの意識を深遠に引きずり込んでいく。

『戦闘データにてEシステムをチューンナップ』

 ダブルの無機質な音声を最後に、ホムラの意識は途絶える。


 荒野に立つ怪物たちはいらだっていた。

 移動都市より遠くに飛ばされ、その身体は破損箇所が全身にあろうと健在だった。

「あああ、ざけんな! ゼロに戻すとか、ふざけてんのか!」

「チートだ! チート!」

「運営仕事しろしゃー!」

 パーティーを台無しにされた。

 仲間かと思えば、人間を助ける裏切り者だった。

「なにが助けるだ。なんなら俺たちも助けて欲しかったな!」

「そうだそうだ!」

「しゃああああっ!」

 三人の苛立ちは鎮まらない。

 鎮まるどころか猛り狂う。

 感染を理由に捨てられた。

 親からいたぶられた。

 住処を追われた。

 襲われた。

 奪われ続けてきた。

 だからイルクスたる力で奪ってやった。

 それが今、あり得ぬ奇跡で覆された。

「あ? なんだよ?」

 バックルを通じて届く通信。

 三人の姿が怪物であろうと、人として意識があるのも、このバックルがあってこそだった。

「戻れと? あ~はいはい、戻ります。戻りますよ。アジトにラオたち戻ります~」

 相手はバックルを贈呈してくれた大恩人だ。

 復讐できるのも、仲間を増やせるのも大恩人あってこそ。

 口では悪態つこうと、口端は愉悦で弾んでいた。

「まあいいさ、ただの人間や機械の遊び相手は飽きていたところだ。ストームなんたらだっけか、次会う時はギッタンギッタンにしてやる」

「ベコンベコンにする前にさ」

「しゃーしゃくしゃく!」

 不敵に微笑みながら、三人は目にも留まらぬ速さで荒野を疾走する。

 道中、機械人形を従えた人間の集団とはち合わせるが、すれ違いざまにて肉片一つ残さず消し去っていた。

「邪魔だっての!」

「ゴミめ!」

「しゃん!」

 運が悪かろうと、三人とも機嫌が悪い。

 悪いため、八つ当たりのサンドバックとなってもらう。

 死んだことすら気づかぬまま死ねるなんて、なんとまあ幸せなことか。

 そこに人間はいた足跡の痕跡はあろうと、人間はこの世にはいない。

「「「あはははは、ひゃっははははっ!」」」

 ただ荒野には、愉悦に弾ける哄笑だけが響いていた。 

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