第33話 羽化
青いのを貫いたはずだ。
だが手応えなく、すり抜けている。
逃げ場などどこにもない。
回避できるはずがない。
「くっそ、ふざけやがって! 爪、欠けたじゃねえか!」
「どこ行った! あ~もう自慢の羽が一枚飛んだだろう!」
「しゃああああああ! 歯ああああああっ!」
大の字に倒れた<バイデント>の三人。
三者三様、手足を暴れさせては、吠える悔しがる泣きじゃくる。
絶対無敵、天下無双の合体技がいとも簡単に破られた。
衝突が原因で、各々の身体の一部が欠けてしまった。
目を血眼にして探すも、青き影一つ見つからない。
「しゃっ?」
異変はシクから発せられた擬音だった。
アスファルトが削り取られた人工の大地。
半円状に伸びる窪地の周囲には、戦闘の余波で生じたいくつもの陥没痕、その一つから青き手が伸びて鮫の脚を掴んだのだ。
「しゃっ! しゃあああっ!」
青き手の正体に気づいた時、棍棒のように振り回され、仲間二人の殴打に使われていた。
「なあシク!」
「こいつ、瓦礫に潜って、ぐえっ!」
ホムラの予測した通りであった。
鮫の怪物だからか、鮫肌もご丁寧に表している。
どうやら同族同種ならば、同じ故に攻撃は通るようだ。
毒には毒を、鬼には鬼を、強大な力は強大な力こそが弱点となる。
先の仲間同士の衝突で欠損が起こったことが証明となっている。
『へっへーんだ。こういうことだよっ!』
鮫の怪物を鈍器に殴りつけるホムラの腹から、ダブルは勝ち気な声を出す。
ツインアイを光らせれば、もう一人のホムラの幻影を映し出した。
「はあああ! ふざけんじゃ、べぼ、ごぼ!」
「だが、げへ、どうやって、よけ、ぼこ!」
「上がダメなら下ってのは定説だ!」
言葉で力説しながらホムラは鮫を力強く叩き落とす。
左右上の回避も、防御もダメなら下に逃げればいい。
穴を掘って避ければいい。
単純であるが、行うには相応の労力と瞬発さが求められるも、この
特に人工物で構成された移動都市だからこそ、下への回避行動と隠蔽は容易だった。
「お前たちには聞きたいことが山ほどある!」
殴りつけ、叩きつけ、振り回す。
ホムラは鮫で殴打する中、強く問いただす。
端と見て、鮫で獅子と鷲を殴打する図だが、テロリストならば慈悲や養護は必要ない。
殴りつける度、結晶の破片が飛び散り、身体に亀裂が走ろうと関係がない。
『まあ、その腹のギア、置いていくなら、全力で見逃してやってもいいぜ~?』
状況好転でダブルは鼻先であざ笑う。
撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけと言うが、今回の場合、笑ったから笑い返してやると、子供染みた内心が丸出しである。
「しああああ! いい子にするから、叩くのやめてええええ!」
棍棒代わりの鮫から悲痛な涙がこぼれ落ちる。
どの口が、とホムラは内心苛立った。
好き放題暴れる存在が、今更許しを請うなど都合が良すぎる。
経験上、ホムラは知っている。
殴る、盗むを平然と行う輩は、露見せねば我が者顔で繰り返し、露見すれば謝罪の一言で済ます。
謝ったから終わり。
許す許さぬは被害者側が決めること。
加害者にそのような権利はない。
面倒事との自覚もないから質が悪い。
太古の時代、ニホンのカマクラ時代では、南無阿弥陀物と唱えれば殺人は許されると宣っていたそうだが、幾分マシに見えてくる。
「てめえ、シクをはな、ぐべ!」
「このばけも、ぐぼ!」
一方的にイタブっているが、
だが、鮫一頭を振り回し叩き続けたことで、ホムラの腕に疲労感がたまってきた。
「そろそろ終わらせる!」
現時点においてホムラの戦闘力では、撃破できぬと痛感している。
救急案件である以上、事態を収拾させる必要があった。
「ダブル、残存エネルギーを鮫に集中!」
『あいよっと、なにする気か知らないけど!』
強かに獅子と鷲を殴り飛ばし、道路にまっすぐ刻まれた半円状の窪地に落とし込む。
鮫を抱えたホムラは、距離をとる形で、窪地に入り込む。
鮫を頭上に高く抱えたまま、深く深くと身を沈み込ませる。
青きプラズマがホムラの全身から迸る。
伝達するように、半円状の窪地にも走り、青き燐光がレールを描く。
「待て、待て待て待て!」
獅子が気づいたようだが、口を大きく開けてたじろごうと、もう遅い。
「荒野の果てまでぶっ飛べえええええええっ!」
「ふしゃあああああああっ!」
ホムラは鮫をレールガンの弾に見立てて射出した。
電磁圧の反発で弾を撃ち出すレールガン。
レール代わりとなる半円状の窪地がある。
一瞬にして音速の壁を突き破った鮫は、大きな口をあんぐりあけて涙目だ。
その口が獅子と鷲を飲み込ませ、勢い殺さず、移動都市の外へと弾き出されていた。
「二度と、来るな!」
全身のアーマーが鉛化したような重さに苛まれる中、ホムラが強く吐き出した言葉。
どうにか立って動くのがやっとなほど、あの三人はふざけているまでに強かった。
慢心から油断を突かなければ、勝つどころか、負けないことすらできなかっただろう。
『ふん、次来るなら粉砕してやるからな!』
負けなかった故、ダブルの負け惜しみが腹に響くが、意識を保つ良い気付け薬となった。
「母ちゃん、母ちゃん!」
「そう、だ、オルン!」
子供の、パン屋の息子の声が、ホムラの意識を揺さぶり覚ます。
周囲一帯は、
非常線が張られ、周辺住民は既に避難済みだ。
ただ一人避難を拒むように、結晶体に張り付くのはオルンだ。
「ホムラさん、ご無事ですか!」
『これがご無事に見え、痛って!』
スタッフが身を案じているのに、失礼なダブルをホムラは、額(?)叩いて叱る。
戦闘は終わった。
終わったが、切除は終わっていない。
レベル三の結晶体となったパン屋の女主人ミチカ。
蛹から蝶に羽化するように、レベル三からレベル四のイルクスになる危険性がある。
規約上、レベル三は人間が結晶体に閉じこめられた症状である。
医学的には、まだ人間であるため切除は行えない。
現状、医療団体が行えるのは隔離処置だった。
「ミカさんは?」
「現在、都市代表とリモートで話をつけているところです」
理由は、レベル三の処遇だった。
ただでさえレベル四の襲撃に遭った。
レベル三とていつイルクスになるか分からない今、どこに隔離するか、問題なる。
『<ヒギエア>組織前なら、レベル三を都市外に強制廃棄など珍しくなかったからな。ついでに家族も感染拡大阻止名目でポーイと』
戦闘後の損耗した状態だろうと、ダブルは無神経に喋る。
『都市の衛生環境を保持するための、苦肉の策だったけど、今回はどうすんのよ? カレーパン食えないぜ?』
ダブルの疑問に<ヒギエア>スタッフの誰もが解答持つ故黙る。
現状、
何よりレベル三となれば、レベル四への症状変異をVギアで遅延できようと、止めることはできない。
時計の針は進むだけで戻ることはない、と同じように。
「やあ、オルン、ケガはない?」
今のホムラにできるのは、慰めだろうと優しく声をかけること。
疲労困憊により、変身解除をホムラは失念していた。
オルンはホムラの声に驚き、怯えた声を出す。
「に、兄ちゃん、兄ちゃんも感染者だったの? だから、俺を助けてくれたの?」
「感染者なんて言葉は使ったらダメだよ」
「で、でもよ! でも! 言葉違っても中身は同じだろう!」
「違う! 同じパンでもカレーパンやあんパンでも中身が違う!」
「違わない! 俺も最後はバケモノになるんだ! 母ちゃんと一緒に駆除されるんだ!」
迫害されようと涙一つ浮かべなかった子供が、現実を目の当たりにして泣きじゃくっている。
「きみのお母さんは<ヒギエア>の患者だ。だから」
例え慰めだろうと、医療機関としての責任を全うする。
Vギアの効果で症状は遅延できる。
遅延できたのならば、レベル三を治療できる術を見つけられるはずだ。
ホムラの身体には、その可能性がある。
希望的観測だが、絶望と倦怠に染まる世界だからこそ、前を向かねばならない。
この子は強い。
生きていける。
そう抱いたホムラの期待を打ち砕くのは、ままならぬ現実だった。
パン屋の店内から、不吉な亀裂音が走る。
ホムラの背筋に怖気が走る。
呼吸が緊張で圧迫される。
ダメだ、ダメだと叫ぼうと、亀裂走る音は止まらない。
「うわあああああああっ!」
砕け散る音とオルンの絶叫が交差する。
奥から無機質な足音がする。
パンを踏み潰した無機質な足先が見える。
無機質な石の鎌がへし折られた扉の縁を触れただけで切断する。
現れたのは当然、人間ではない。
昆虫、カマキリの姿をした人間だった。
レベル四の怪物イルクスだった。
もう人間としての、パン屋の亭主としての面影など微塵もなかった。
そして、レベル四は切除対象である。
ーー例外など、ない!
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